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八事

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 天白区 > 天白町大字八事
日本 > 愛知県 > 名古屋市 > 昭和区 > (廃)天白町大字八事
天白町大字八事
八事霊園
八事霊園
天白町大字八事の位置(愛知県内)
天白町大字八事
天白町大字八事
天白町大字八事の位置
天白町大字八事の位置(名古屋市内)
天白町大字八事
天白町大字八事
天白町大字八事 (名古屋市)
北緯35度8分24.73秒 東経136度58分30.88秒 / 北緯35.1402028度 東経136.9752444度 / 35.1402028; 136.9752444
日本の旗 日本
都道府県 愛知県の旗 愛知県
名古屋市
行政区 天白区
人口
(2019年1月1日現在)[WEB 1]
 • 合計 785人
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
468-0071[WEB 2]
市外局番 052
ナンバープレート 名古屋
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八事(やごと)は、愛知県名古屋市天白区大字。現行行政地名は天白区天白町大字八事。14の小字が設置されている[WEB 3]。中部地方屈指の高級住宅街としても知られている。

当大字から分離成立した「八事」を含む町名として、八事山元八事八事石坂八事天道八事本町八事富士見がある。

地理

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天白町大字八事字裏山の丘陵地と道路
八事交差点。周辺はかつて天白町大字八事であったが、現在は八事石坂や八事本町など他の町名に置き換わっている。

本項目で解説する天白町大字八事は、町名整理により大部分が他の町名に編入されたため、現行の天白町大字八事は区北西部に存在する「裏山」と称される丘陵地と町名整理未実施の天白川の河川用地にのみ残存する。

字裏山は大部分が八事霊園の敷地と山林で、東に植田山天白町大字植田(字植田山)、西に八事本町・山手通・八事富士見、南に塩釜口大坪、北に田代町(字瓶杁)・東山元町がそれぞれ接する。

字山田は、字裏山の南端(天白渓下池公園の敷地)に僅かに残る。字赤土と字下流は、玉水町1丁目と元八事一丁目に挟まれた道路用地に僅かに残る。字ク子上は、国道153号線の道路用地に僅かに残る。その他の小字は天白川および植田川の河川用地と天白川緑地の敷地内に残存する。

かつて天白町大字八事であった地域も「八事」という名称で定着している。山手通等の幹線道路沿いは繁華街の様相を呈し、ブランドショップを中心とした多くの専門店、ブティックに加え、ショッピングセンター家電量販店ホテル病院、かつては中京テレビ放送が社屋を構えていた商業地区であり、通り沿いを中心に多くの高層マンションや商業ビルが林立する。その一方で、閑静な住宅街としての一面も持っており、大通りから離れた丘陵地には低層の高級マンションや広大な敷地の邸宅地も垣間見る事ができる。周辺一帯は名古屋市の特別用途地区による文教地区に指定され中京大学南山大学名城大学名古屋大学などがキャンパスを構えている[WEB 4]

字一覧

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天白町大字八事の小字は以下の通り[1][WEB 3] [WEB 5] [WEB 6]。消滅した字については背景色    で示す。

赤土(あかつち) 池之内(いけのうち)
石坂(いしざか) 一町分(いっちょうぶん)
杁ノ口(いりのくち) 裏山(うらやま)
大市場(おおいちば) 音聞山(おとききやま)
表山(おもてやま) 上沓打場(かみくつうちば)
上屋敷(かみやしき) 川田通(かわだとおり)
川ノ内(かわのうち) 沓打場(くつうちば)
ク子上(くねうえ) 庚申前(こうしんまえ)
下流(しもながれ) 下屋敷(しもやしき)
町田(ちょうだ) 鶴田(つるた)
天道(てんどう) 中市場(なかいちば)
中砂入(なかすないり) 中根前(なかねまえ)
西浦(にしうら) 西萱野(にしかやの)
西道明(にしどうみょう) 西広見(にしひろみ)
旗本(はたもと) 八幡山(はちまんやま)
東大塚(ひがしおおつか) 東大門(ひがしおおもん)
東萱野(ひがしかやの) 東道明(ひがしどうみょう)
東広見(ひがしひろみ) 深井橋(ふかいのはし)
富士見ケ丘(ふじみがおか) 宮脇(みやわき)
御幸山(みゆきやま) 八事前(やごとまえ)
柳原(やなぎわら) 山田(やまだ)
弥生ケ岡(やよいがおか) 与八池(よはちいけ)

池沼

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  • 天白渓下池

歴史

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猿投窯の西端付近に位置し、八事裏山1号窯から平安時代後期の須恵器などが出土している。

町名の由来

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江戸期愛知郡八事村を前身とする。語源については諸説あるが、「岩(や)が凝(こご)る」つまり地盤が固く、岩の多い山を意味するという説が知られている[2]。この他に八つの坂があることに由来するという説、周辺に古窯群があることから「焼事」の転とする説などがあるがいずれも確証はない[3]。後述するように、中世以前の「八事」は現在よりも広範囲を指していたことに注意する必要がある。

中世

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南北朝期から戦国期にかけては、現在の名古屋市東部から日進市長久手市瀬戸市[注釈 1]東郷町一帯が「八事迫」(やごとばさま)と称されていたことが知られる。「八事迫」は国衙領尾張国山田郡の一部であったが、戦国期に山田郡が廃止されると愛知郡所属となった。「八事」「八事迫」という地名の文献上の初見は、以下のような南北朝期の史料である。

尾張国八事迫内本郷之事 — 建武5年 土岐頼明寄進状

ここに見える「八事迫内本郷」は現在の日進市本郷のことで、美濃永保寺領として寄進されたようである。 室町期から戦国期の史料には「八事迫」内の地名として「社」「岩崎」「菱野」「山口」など現在の名東区、日進市、瀬戸市の地名が散見される。

近世

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江戸期には、現在の天白町大字八事から元八事にかけての一帯に愛知郡八事村が成立した。『寛文村々覚書』によると八事村は本田1119石余、家数98、人数466で台地上に開けた南北に長い村であった[WEB 7]。天白川の水害により田畑の半分が砂入となり、百姓が離散して上八事村・下八事村に分かれていたという[WEB 7]

江戸初期、徳川家康の命により名古屋城下から信州及び岡崎城下を結ぶ物流ルートとして飯田街道が開削された。同時代中期の貞享3年に八事山興正寺が飯田街道沿いに開かれ、周辺が門前町として形成され、八事山の代名詞となった。

明治40年に愛知馬車鉄道(後の尾張電気軌道)が開業した頃から名古屋の保養地的地域となっていく。名古屋財界の社交場である「八勝倶楽部」は明治43年八勝館として料理旅館の経営を開始[4]大正元年には尾張電気軌道の経営者・江口理三郎によって「八事遊園地(現在の天白区表山下池公園周辺)」、「尾電八事球場(現在の天白区弥生が岡一帯)」、「競馬場(現在の天白区表山一丁目一帯)」などの施設が建設され、馬車鉄道も延伸し路面電車化(後の名古屋市電八事線)され‟八事電車”の愛称で親しまれた。

八事はトヨタ自動車創業家の豊田喜一郎中日新聞創業家の大島家などの多くの実業家たちの別宅が多数立ち並び別荘地名所として発展した。大正時代に入ると区画整理が始まり、昭和時代に入った頃には名古屋市内有数の高級住宅街として知られるようになった。

そして太平洋戦争中である昭和17年に名古屋帝国大学移転に始まり、戦後の高度成長期には次々と大学キャンパスが作られ名古屋を代表する文教地区となった。また、地下鉄鶴舞線の各駅周辺は学生街を形成し、地元のとある大学はパンフレットで「名古屋のカルチエ・ラタン」と紹介していた。

行政区画の変遷

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出来事

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八事を冠する町名

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天白区

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昭和区

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周辺施設

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天白町大字八事

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交通

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鉄道駅として、八事日赤駅八事駅があるが、いずれも現在は天白町大字八事の域内とはなっていない。

脚注

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注釈
  1. ^ 旧愛知郡幡山村の地域。
WEB
  1. ^ 町・丁目(大字)別、年齢(10歳階級)別公簿人口(全市・区別)”. 名古屋市 (2019年1月23日). 2019年2月9日閲覧。
  2. ^ 郵便番号検索 愛知県名古屋市天白区の郵便番号一覧”. 日本郵便. 2021年4月17日閲覧。
  3. ^ a b 天白区 地番参考図” (PDF). 名古屋市公式ホームページ. 名古屋市財政局税務部固定資産税課土地担当. 2025年5月26日閲覧。
  4. ^ 特別用途地区の概要” (PDF). 名古屋市住宅都市局建築指導部 (2018年4月). 2019年12月30日閲覧。
  5. ^ 愛知県名古屋市天白区 町字マスターデータセット”. デジタル庁. 2025年8月28日閲覧。
  6. ^ 愛知県名古屋市昭和区 町字マスターデータセット”. デジタル庁. 2025年8月28日閲覧。
  7. ^ a b 八事村”. JLogos. 角川地名大辞典. 2025年8月27日閲覧。
  8. ^ 名古屋市天白区の一部で町名・町界変更を実施(平成20年11月10日実施)”. 2018年7月3日閲覧。
書籍
  1. ^ 愛知郡 1923, p. 68.
  2. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 695.
  3. ^ 名古屋郷土文化会 1999, p. 52.
  4. ^ 『古地図で楽しむなごや今昔』溝口常俊(2016)p.165
  5. ^ a b c d 名古屋市計画局 1992, p. 801.
  6. ^ a b c d e f g h i j k l m 名古屋市計画局 1992, p. 875.
  7. ^ 名古屋市計画局 1992, p. 68.
  8. ^ a b 「告示第八百九十五號」『愛知県公報』第784号、愛知県、953頁、1934年8月24日。 
  9. ^ a b 名古屋市計画局 1992, p. 793.
  10. ^ a b 名古屋市計画局 1992, p. 874.
  11. ^ 『広報なごや No.525(天白区版)』名古屋市、1991年9月1日、10頁。 
  12. ^ 『広報なごや No.538(昭和区版)』名古屋市、1992年10月1日、14頁。 

参考文献

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  • 名古屋市計画局『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年。全国書誌番号:93012879 
  • 「The Showa」委員会『ザ・しょうわ Vol.3 歩いてみませんか昭和区 八事山興正寺』2000年。 

関連項目

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外部リンク

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