兪エツ

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本来の表記は「兪樾」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
晩年の兪樾
兪樾の肖像画(『清代学者象伝』)
曲園

兪 樾(ゆ えつ、Yu Yue1821年 - 1907年)。字は蔭甫、号は曲園末の考証学者。

浙江省徳清出身。1850年進士となる。この時の試験官は曽国藩であったが、兪樾の詩は大いに賞賛された。翰林院編修、国史館協修となり、その知識を咸豊帝から賞賛され、1855年には河南学政となった。しかし出題した試験の題について弾劾を受けたため、官をやめて二度と出仕しなかった。

1875年、友人の援助で蘇州の荒れ地を買い取り、湾曲した地形を自ら設計して庭園を造った。『老子道徳経』の「曲則全」の言葉から取って「曲園」と名付け、自らを曲園居士と号した。晩年は杭州の詁経精舍で講義した。学風は王念孫王引之を引き継ぎ、門人には章炳麟呉昌碩などがいる。

曽孫に兪平伯がいる。

著作[編集]

  • 『諸子平議』
  • 『群経平議』
  • 『古書疑義挙例』
  • 『春秋外伝国語平議』
  • 『爾雅平議』
  • 『墨子平議』
  • 『春在堂隨筆』
  • 『小浮梅間話』
  • 『右台仙館筆記』
  • 『茶香室雑鈔』
  • 七俠五義
  • 『内経弁言』

関連項目[編集]