全米女子アマチュアゴルフ選手権

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Golf pictogram.svg全米女子アマチュアゴルフ選手権
U.S. Women's Amateur
Nuvola apps kolf.svg トーナメント情報
創設 1895年
開催地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
開催コース 持ち回り
基準打数 持ち回り
ヤーデージ 持ち回り
主催 USGA
競技方法 ストロークプレー/マッチプレー
開催月 8月
Nuvola apps kolf.svg 最新優勝者
オーストラリアの旗 ガブリエラ・ルフェルズ(2019年)
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全米女子アマチュアゴルフ選手権 (U.S. Women's Amateur Golf Championship) は米国のゴルフトーナメントで、女子アマチュアゴルファーの最高峰に位置する大会。毎年開催され、全米ゴルフ協会 (USGA) が主催する 13 の選手権大会の一つに数えられる。あらゆる国籍の女性アマチュアゴルファーが参加申し込みをすることができ、年齢制限もない。1895年、ともに男子大会である全米アマチュアゴルフ選手権全米オープンが相次いで開催された1か月後にはこの全米女子アマチュア選手権第1回大会が開催されており、1946年に第1回大会が開催された全米女子オープンに比べてもはるかに歴史のある大会である。全英女子アマチュア選手権と並び、女子アマチュアゴルフにおいて最も高い栄誉を持つ大会であるとみなされている。しばしば「全米女子アマ」と略称される。

ロバートコックスカップ[編集]

勝者には1896年以降毎年ロバートコックスカップが優勝者に授与される。トロフィーはスコットランド エジンバラの英国議会議員でゴルフコース設計家であるロバート・コックスにより寄付された。これは USGA 開催競技で贈られるトロフィーの中で最古のものとなっている。金メダルとともに高さ2フィートのレプリカおよびエトルリア調の銀ケースが優勝者に贈呈される。オリジナルのトロフィーはUSGA博物館図書館に永久展示されている。このロバートコックスカップは USGA 主催大会の中で唯一海外から寄贈されたトロフィーである。

最初の大会の参加者は13名で、18ホールで競われた。男子の全米アマ大会同様、出場申込をするためにはプレーヤーは USGA に所属するクラブのメンバーである必要があり、これが1979年まで続いた。現在数千名の選手が出場申込を行っており、USGA は出場者をより管理しやすい数にまで減らすため、セクショナル予選 (Sectional Qualification) と呼ぶ予備予選を行っている。本戦は2ラウンドのストロークプレーを行い、上位の64名がマッチプレーによるトーナメント戦を行い優勝者を決定する。マッチプレー戦は18ホールで行われる(決勝戦は36ホール)。

1956年、インディアナポリスメリディアンヒルズカントリークラブで開催された大会で、アン・グレゴリーがアフリカ系アメリカ人として初めて優勝した。

出場申込に年齢制限はないがハンディキャップインデックスが 3.4 以下である必要がある。モルガン・プレッセルは2001年に13歳で予備予選を通過して本選出場し、2005年には17歳で優勝した。2006年の優勝者であるキンバリー・キムは14歳で、ローラ・ボーの持っていた最年少記録を更新した。2007年、パール・ジンアレクシス・トンプソンの二人はどちらも12歳で予備予選を通過し、かつ本選のマッチプレーまで進んだ。さらに二人はマッチプレーの3回戦で対戦を行った。この試合はトンプソンが勝利したが、次の準々決勝戦で敗れてしまった。

この大会がティーンエージャーやトーナメントプロを目指す大学生のプレーヤーで占められるようになったので、USGAは1987年に全米女子ミッドアマ選手権を新たに設け、出場申込年齢を25歳以上とした。これにより高年齢のアマチュアが戦う場が設けられた。出場申込のためのハンディキャップ制限は9.4以下となっている。

USGAはこの大会の最も特筆すべきチャンピオンは6回優勝したグレナ・コレット=ベアであると評価している。パティー・バーグベーブ・ザハリアスルイーズ・サグスベス・ダニエルを含むトッププロの多くはこの大会での優勝経験を持っている。

マッチプレーの決勝戦を戦った2名は全米女子オープンの本選出場資格が与えられる。優勝者は全英女子オープンの本選出場資格が与えられ、また、50歳になったら全米女子シニアオープンの本選出場資格が与えられる(プロに転向したものは1年、アマのままのものは5年)。

大会方式[編集]

大会は男子の全米アマ同様、2日間のストロークプレーのち、64名によるマッチプレーによるトーナメントに進む。準決勝までが18ホール、決勝は36ホールで争われる。優勝者と準優勝者には翌年の全米女子オープンの出場権が与えられる。

歴代優勝者[編集]

特に記載されない限りアメリカ選手

  • 1895年:ルーシー・バーンズ・ブラウン
  • 1896年:ベアトリクス・ホイト
  • 1897年:ベアトリクス・ホイト
  • 1898年:ベアトリクス・ホイト
  • 1901年:ジュヌビエーブ・ヘッカー
  • 1902年:ジュヌビエーブ・ヘッカー
  • 1909年:スコットランドの旗 ドロシー・キャンベル
  • 1910年:スコットランドの旗 ドロシー・キャンベル
  • 1911年:マーガレット・カーチス
  • 1912年:マーガレット・カーチス
  • 1916年:アレクサ・スターリング
  • 1919年:アレクサ・スターリング
  • 1920年:アレクサ・スターリング
  • 1922年:グレナ・コレット
  • 1925年:グレナ・コレット
  • 1928年:グレナ・コレット
  • 1929年:グレナ・コレット
  • 1930年:グレナ・コレット
  • 1931年:ヘレン・ヒックス
  • 1932年:バージニア・ヴァン・ウィー
  • 1933年:バージニア・ヴァン・ウィー
  • 1934年:バージニア・ヴァン・ウィー
  • 1935年:グレナ・コレット・ベア
  • 1936年:イングランドの旗 パメラ・バートン
  • 1938年:パティ・バーグ
  • 1939年:ベティ・ジェームソン
  • 1940年:ベティ・ジェームソン
  • 1946年:ベーブ・ザハリアス
  • 1947年:ルイーズ・サグス
  • 1956年:カナダの旗 マレーネ・スチュワート
  • 1957年:ジョアン・ガンダーソン
  • 1960年:ジョアン・ガンダーソン
  • 1962年:ジョアン・ガンダーソン
  • 1966年:ジョアン・ガンダーソン
  • 1968年:ジョアン・ガンダーソン
  • 1969年:フランスの旗 カトリーヌ・ラコスト
  • 1980年:ジュリ・インクスター
  • 1981年:ジュリ・インクスター
  • 1982年:ジュリ・インクスター
  • 1985年:日本の旗 服部道子
  • 1986年:ケイ・コッカリル
  • 1987年:ケイ・コッカリル
  • 1990年:パット・ハースト
  • 1994年:ウェンディ・ワード
  • 1995年:ケリー・キューネ
  • 1996年:ケリー・キューネ
  • 1997年:イタリアの旗 シルビア・カバレリ
  • 1998年:大韓民国の旗 グレース朴
  • 2003年:タイ王国の旗 ビラダ・ニラパスポンポーン
  • 2004年:ジェーン・パーク
  • 2005年:モーガン・プレッセル
  • 2006年:キンバリー・キム
  • 2007年:コロンビアの旗 マリア・ホセ・ウリベ
  • 2008年:アマンダ・ブルーメンハースト
  • 2009年:ジェニファー・ソン
  • 2010年:ダニエル・カン
  • 2011年:ダニエル・カン
  • 2012年:ニュージーランドの旗 リディア・コ
  • 2013年:エマ・タリー
  • 2014年:クリスティン・ギルマン
  • 2015年:ハンナ・オサリバン
  • 2016年:大韓民国の旗 ソン・ジョンウン
  • 2017年:ソフィア・シューベルト
  • 2018年:クリスティン・ギルマン
  • 2019年:オーストラリアの旗 ガブリエラ・ルフェルズ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]