光市母子殺害事件
| 光市母子殺害事件 | |
|---|---|
光市の位置
|
|
| 場所 | 山口県光市 |
| 標的 | 妻・乳児 |
| 日付 | 1999年(平成11年)4月14日 |
| 概要 | 主婦(当時23歳)が殺害後屍姦され、その娘(生後11カ月)も殺害された上、財布を窃盗した。 |
| 攻撃側人数 | 1人 |
| 死亡者 | 2人 |
| 犯人 | 犯行当時18歳1か月の少年F(現姓O) |
| 動機 | 強姦 |
| 謝罪 | なし |
| 賠償 | 死刑(少年死刑囚、未執行) |
| 最高裁判所判例 | |
|---|---|
| 事件名 | 光市母子殺害事件 |
| 事件番号 | 平成14年(あ)730 |
| 2012年(平成24年)2月18日 | |
| 判例集 | 集刑 第289号383頁 |
| 裁判要旨 | |
|
|
| 第三小法廷 | |
| 裁判長 | 金築誠志 |
| 陪席裁判官 | 宮川光治、桜井龍子、白木勇 |
| 意見 | |
| 多数意見 | 3人賛成 |
| 意見 | あり |
| 反対意見 | 宮川光治 |
| 参照法条 | |
| 強姦致死罪・殺人罪・窃盗罪 | |
光市母子殺害事件(ひかりしぼしさつがいじけん)とは、1999年(平成11年)4月14日に山口県光市で発生した少年犯罪事件。当時18歳1か月の少年F(現姓O)により主婦(当時23歳)が殺害後屍姦され、その娘である乳児(生後11カ月)も殺害された上、財布が盗まれた。Fは殺人・強姦致死・窃盗の各容疑の罪状で裁判となり、一・二審は死刑求刑に対し無期懲役判決を受けるも最高裁で破棄差し戻しされ、差し戻し控訴審で言い渡された死刑判決が確定し、現在再審請求中である。
裁判中はその残虐な事件内容と、Fを死刑にすべきでないと主張する弁護団の突飛とも言える弁護内容(後述)がマスコミで大きく取り上げられ、日本国内で論議を呼んだ。また被害者の夫が「犯罪被害者の権利確立」を訴えたことにより、この問題が大きく取りあげられるきっかけの一つとなった。
目次
事件の概要[編集]
以下、検察側主張、及びこれまでの判決が認定してきた内容に基づく事件の概要である。
1999年(平成11年)4月14日午後2時半頃、少年F(当時18歳、現姓O)が山口県光市の社宅アパートに強姦目的で押し入った。排水検査を装って居間に侵入したFは、女性を引き倒し馬乗りになって強姦しようとしたが、女性の激しい抵抗を受けたため、女性を殺害した上で強姦の目的を遂げようと決意。頸部を圧迫して窒息死させた。
その後Fは女性を屍姦し、傍らで泣きやまない娘(生後11カ月)を殺意を持って床に叩きつけるなどした上、首に紐を巻きつけて窒息死させた。そして女性の遺体を押入れに、娘の遺体を天袋にそれぞれ放置し、居間にあった財布を盗んで逃走した。
Fは盗んだ金品を使ってゲームセンターで遊んだり友達の家に寄るなどしていたが、事件から4日後の1999年(平成11年)4月18日に逮捕され、同年6月に公訴が提起された。
弁護側主張[編集]
上告審よりFの主任弁護人となった安田好弘は、接見内容をもとにFに母子を殺害する故意が無かったことを主張した。しかし、2006年に審理の差し戻しを決定した最高裁判所判決では「Fは罪の深刻さと向き合って内省を深めていると認めるのは困難」として採用されなかった。
広島高等裁判所での差し戻し審では、「母恋しさ、寂しさからくる抱き付き行為が発展した傷害致死事件。凶悪性は強くない」として死刑の回避を求める方針を明らかにした。
以下は、差し戻し審の弁護団によって引き出されたFの主張の一部である。
- 強姦目的ではなく、優しくしてもらいたいという甘えの気持ちで抱きついた
- (乳児を殺そうとしたのではなく)泣き止ますために首に蝶々結びしただけ
- 乳児を押し入れに入れたのは(漫画の登場人物である)ドラえもんに助けてもらおうと思ったから
- 死後に姦淫をしたのは小説『魔界転生』に復活の儀式と書いてあったから[注釈 1]。
Fは第一審当初はこのような主張はしておらず、弁護人による被告人質問で主張が変わった理由を「生き返らせようとしたと話せば、馬鹿にされると思ったから」「ドラえもんの話は捜査段階でもしたのだが、馬鹿にされた。だから、(第一審の)裁判官の前では話をしかねた」と説明している[1]。
被告人の書いた手紙[編集]
一審で無期懲役判決が出た後、Fは知人に以下のような手紙を、拘置所から出している。広島高等検察庁は、これを「被告人に反省の情が見られない証拠」として、広島高等裁判所に証拠提出した。
- 終始笑うは悪なのが今の世だ。ヤクザはツラで逃げ、馬鹿(ジャンキー)は精神病で逃げ、私は環境のせいにして逃げるのだよ、アケチ君
- 無期はほぼキマリ、7年そこそこに地上に芽を出す
- 犬がある日かわいい犬と出会った。・・・そのまま「やっちゃった」・・・これは罪でしょうか
- 2番目のぎせい者が出るかも。
被害者側の動き[編集]
被害女性の夫であり、被害女児の父である会社員男性は犯罪被害者遺族として、日本では「犯罪被害者の権利が何一つ守られていないことを痛感し」、同様に妻を殺害された元日本弁護士連合会副会長岡村勲らと共に犯罪被害者の会(現、全国犯罪被害者の会)を設立し、幹事に就任した。さらに犯罪被害者等基本法の成立に尽力した。
また、裁判の経過中、男性は死刑判決を望む旨を強く表明し続けてきた。例えば2001年(平成13年)12月26日に行われた意見陳述の際にFに対し「被告人が犯した罪は万死に値します。いかなる裁判が下されようとも、このことだけは忘れないで欲しい」と述べている。また一審判決後には「司法に絶望した、加害者を社会に早く出してもらいたい、そうすれば私が殺す」と発言していたが、二審判決に際しては「裁判官も、私たち遺族の気持ちを分かった上で判決を出された。判決には不満だが裁判官には不満はない」と発言し、犯罪被害者の権利確立のために、執筆、講演を通じて活動をしている。
裁判の経過[編集]
- 1999年(平成11年)6月 - 山口家庭裁判所が、Fを山口地方検察庁の検察官に送致することを決定。6月11日、山口地検はFを山口地方裁判所[注釈 2]に起訴した[2]。
- 2000年(平成12年)3月22日 - 山口地裁は無期懲役の判決を下した[2]。
- 2002年(平成14年)3月14日 - 広島高裁は、検察の控訴を棄却した[3][2]。
- 山口地裁および広島高裁の判決は、いずれも、被告が犯行時18歳1か月で発育途上にあったことや、殺害については計画性がないこと、不十分ながらも反省の情が芽生えていることなどに着目して判決を下した。ただし、広島高裁は更生の可能性について、「更生の可能性が無いわけではない」と曖昧な判断をしていた。
- 2005年 (平成17年)12月6日 - 最高裁判所第三小法廷は上告審口頭弁論公判の期日を翌年3月14日に指定した[2]。
- 通常、死刑判決に対する上告審を除いて最高裁で口頭弁論が行われる場合は控訴審の判決が覆る場合が多く、世論の注目を集めた。
- 2006年 (平成18年)3月14日 - 最高裁の弁論で、上告審から主任弁護人となった安田好弘弁護士と足立修一弁護士が欠席した[2]。最高裁はこれまでで初となる「出頭在廷命令」を翌日に発動した[2]。弁論が翌月に遅延したことについて、最高裁からも不誠実な対応であると非難された。一方、安田と足立が提出した裁判の延期申請について、通常は認められるものであり最高裁による不当な却下であるとする森達也[注釈 3]による指摘もある[4]。
- 6月20日 - 最高裁は広島高裁の判決を破棄し、審理を広島高裁へ差し戻した[5]。最高裁は判決の中で、一審及び1回目の控訴審において酌量すべき事情として述べられた、殺害についての計画性のなさや被告人の反省の情などにつき、消極的な判断をしている。
- 差し戻し審の第1回公判は、2007年(平成19年)5月24日に開かれた。
- 検察側は「高裁の無期懲役判決における『殺害の計画性が認め難い』という点は著しく不当」とした上で、事件の悪質性などから死刑適用を主張。弁護側は「殺意はなく傷害致死にとどまるべき」として死刑回避を主張した。
- 第2回以降の公判は6月26日から3日連続で開かれた。
- 一審の山口地裁以来7年7か月ぶりに行われた被告人質問においてFは殺意、強姦目的を否定した。
- 7月24日から3日連続の公判が行われた。弁護側が申請した精神鑑定人は被告の犯行当時の精神が未成熟だったと証言した。
- 9月18日から3日連続の公判が行われた。Fは一・二審から一転して殺意を否定したことについて「(捜査段階から)認めていたわけではなく、主張が受け入れてもらえなかっただけ」とした。20日の公判では遺族の意見陳述が行われ、改めて極刑を求めた。
- 10月18日に検察側の最終弁論が行われ、改めて死刑を求刑した。
- 12月4日に弁護側の最終弁論が行われ、殺意や乱暴目的はなかったとして傷害致死罪の適用を求めた。この日の公判で結審した。
- 2008年(平成20年)4月22日 - 差し戻し控訴審の判決公判が行われ、広島高裁(楢崎康英裁判長)は弁護側主張を全面的に退け死刑回避理由にはあたらないとして死刑判決を言い渡した[6]。弁護側は判決を不服として即日上告した。
- 2012年(平成24年)1月23日 - 最高裁判所第一小法廷での第二次上告審口頭弁論公判が開廷。検察側は死刑適用、弁護側は死刑回避をそれぞれ求めて結審[7]。
- 2012年(平成24年)2月20日 - 最高裁判所第一小法廷で判決公判。差し戻し控訴審判決を支持してFの上告を棄却、死刑判決が確定[8]。犯行当時少年の死刑が確定するのは大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件(1994年発生、2011年判決確定)以来であり、平成の少年事件では市川一家4人殺人事件(1992年発生、2001年判決確定)と連続リンチ殺人事件以来3件目、計5人目となる(これら2件はどちらも罪状に強盗殺人が含まる死者4人の事件なのに対し、単純殺人事件及び死者2人での犯行当時少年の死刑確定は平成の事件では初)。これを受け、毎日新聞を除く全国メディアは実名報道に切り替えた(#実名報道の節を参照)。
- 2012年(平成24年)3月1日 - 判決訂正の申し立てを行っていたが、3月14日付けで申し立てを棄却。Fの死刑が正式に確定した[9]。
- 2012年(平成24年)10月29日 - 確定した死刑判決に重大な誤りがある、として弁護団が広島高裁に再審請求を行い、法医学者や心理学者による鑑定結果などを新証拠として提出[10]。
- 2016年現在、Fは広島拘置所に収監されている。
補足[編集]
永山基準の枠組みでは、当該事件について誰が見ても死刑以外に選択肢がない場合だけ死刑に出来る、という基準によっていたが、本判決は「特に酌量すべき事情がない限り死刑の選択をするほかない」とし、本件のような場合は原則・死刑適用、例外・死刑回避という判断の枠組みを示した[11]。
死刑判決確定をめぐる動き[編集]
最高裁の判断[編集]
最高裁第一小法廷(金築誠志裁判長)は「何ら落ち度のない被害者の命を奪った残虐で非人間的な犯行で、犯行当時、少年であっても刑事責任はあまりにも重大で死刑を是認せざるをえない」とし、「Fは犯行当時少年で、更生の可能性もないとは言えないことなど酌むべき事情を十分考慮しても刑事責任はあまりにも重大」と述べ、被告側上告を棄却した。判決の中で金築誠志裁判長は被告の犯行を「冷酷、残虐で非人間的」と批判、「遺族の処罰感情は峻烈を極めている」と述べた[12]。宮川光治裁判官は「年齢に比べ精神的成熟度が低く幼い状態だったとうかがわれ、死刑回避の事情に該当し得る」と反対意見を述べた[13]。
確定判決を受けてのコメント[編集]
遺族は「決して嬉しいとか、喜びの感情はない。彼(F)にとっては大変残念かもしれないが、罪はきっちりと償わなければならない。判決を受け止めてほしい。自分の人生を絶たれてしまうような被害者がいなくなることを切に願います」と述べた。最高検察庁は「社会に大きな衝撃を与えた凶悪な事件であり、最高裁判決は妥当なものと考える」とのコメントを表明した[12]。
Fの弁護団は「判断を誤っており、極めて不当だ。強姦目的も殺意もないことは、客観的証拠や鑑定から明らかにされたのに、裁判所は無視した。被告は虐待で成長が阻害されており、実質的には18歳未満で、死刑は憲法や少年法に反する」との声明を発表した[14]。
識者の意見[編集]
- 佐木隆三(作家)
- 今回の判決は妥当なものだと思います。悪質極まりないと言われても仕方のないと思います。少年犯罪に対する基準、ハードルが下がったというふうには思っていません[12]。
- 後藤弘子(千葉大学教授)
- 少年に対して死刑を言い渡すべきでなかったと思います。今後少年が重大な事件を起こした場合に、大人と同じような形で、死刑を含めた形で責任を取る状況が加速していくということになると思います[12]。
実名報道[編集]
死刑確定判決によってFが社会復帰する見込みがほぼなくなったことで、これまでの匿名報道から実名報道に切り替えるマスコミと、従来どおり匿名報道で通すマスコミとで判断が分かれることになった[15]。
全国メディアでは毎日新聞(及び東京新聞と同系列の中日新聞)以外、各全国紙4紙とNHK、在京キー局は実名報道に切り替えた[16]。これは大阪・愛知・岐阜連続リンチ殺人事件最高裁判決時の対応を踏襲しているが、テレビ朝日のみ連続リンチ殺人事件では最高裁判決時点では匿名で報じたが、正式に確定後実名報道に切り替えたのに対し、今回の事件では最高裁判決直後から実名で報じた。これらの対応は後の石巻3人殺傷事件(2010年発生、2016年判決確定)でも踏襲されている。
朝日新聞は「国家によって生命を奪われる刑の対象者は明らかにされているべきだとの判断」(同社は2004年に少年死刑囚については原則実名報道する方針を決めている)[16][17]、読売新聞は「死刑が確定すれば、更生(社会復帰)の機会はなくなる一方、国家が人の命を奪う死刑の対象が誰なのかは重大な社会的関心事」[16][18]、産経新聞は「死刑が事実上確定し、社会復帰などを前提とした更生の機会は失われます。事件の重大性も考慮」[16][19]、日本経済新聞は「犯行時少年だった被告に死刑判決が下された重大性に加え、被告の更生の機会がなくなることを考慮」[20]として、それぞれ実名報道に切り替えた。
毎日新聞は「母子の尊い命が奪われた非道極まりない事件ですが、少年法の理念を尊重し匿名で報道するという原則を変更すべきでないと判断」[21]、中日新聞・東京新聞は「死刑が確定しても再審や恩赦の制度があり、元少年の更生の可能性が直ちに消えるわけではない」[22][23]とし、匿名報道を継続した。
日本弁護士連合会は2012年(平成24年)2月24日付けで「(実名報道は)少年法61条に明らかに反する事態であって、極めて遺憾」「今後同様の実名報道、写真掲載等がなされることがないよう、強く要望する」との会長声明を発表した[24]。
社会への影響[編集]
テレビで懲戒請求呼びかけ[編集]
弁護士の橋下徹(後に大阪府知事及び大阪市長を歴任)が光市母子殺害事件弁護団に対し、2007年(平成19年)5月27日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』において、「あの弁護団に対してもし許せないと思うんだったら、一斉に弁護士会に対して懲戒請求をかけてもらいたいんですよ」と懲戒請求を行うよう視聴者に呼びかけた。これによりテレビを見た視聴者らから約7,558通[25]の懲戒請求書(2006年度における全弁護士会に来た懲戒請求総数の6倍を上回る)が弁護士会に殺到することになった(しかしながら、橋下自身は「時間と労力を費やすのを避けた」[26]「自分がべったり張り付いて懲戒請求はできなくはないが、私も家族がいるし、食わしていかねばならないので……」[27]などの理由で懲戒請求はしていない)。これに反発した光市母子殺害事件弁護団のうち、足立修一・今枝仁ら4人は2007年9月に橋下に損害賠償を求める訴えを広島地裁に起こした。第一審、控訴審では橋下の行為を不法行為と認定して損害賠償を命じたが、2011年7月15日、最高裁判所は橋下の行為には弁護士として問題なしとはしないが、懲戒請求の呼びかけそのものは不法行為とはいえないとして、原告の訴えを棄却した。
この懲戒請求呼びかけについて江川紹子からは「請求の内容によっては、懲戒請求をされた弁護士の側から訴えられる可能性もある。実際、懲戒請求をした側が敗訴し、50万円の慰謝料を支払うよう求める判決が出ているケース[注釈 4]もある。橋下は、そういう負担やリスクを説明せず、ただ「誰でも簡単に」できると、気楽なノリでしゃべっている」[28]と批判されている。
懲戒請求の具体的内容については、web上で懲戒を求める書面のフォームが出回り[29]、それに基づく懲戒請求が多かった旨弁護団は主張しており、その内容は弁護団の法廷戦術を根拠に「弁護士に相応しいとは思えない」といったものであった。
2007年の弁護士に対する懲戒請求件数は、前年1367件の約7倍に当たる9585件となり、うち84%に当たる8095件が弁護団に対するものだった[30]。
しかしいずれの弁護士会も、「弁護士の職責を果たすためで、懲戒事由に当たらない」[31]との理由で、2007年11月22日付の東京弁護士会を始め[29]、12月下旬の大阪弁護士会[32]、仙台弁護士会[31]、2008年4月の広島弁護士会と、いずれもが処分せずの結論を出した[31]。これに対し橋下は2007年12月9日放送の『たかじんのそこまで言って委員会』において、「7000通も(懲戒)請求が出てるのに何にも意味がないんだ」と懲戒請求制度および弁護士会の態度に不満を洩らしている。
被告人の実名入り本出版[編集]
2009年(平成21年)10月、『F君を殺して何になる― 光市母子殺害事件の陥穽 ― 』(Fは被告人の旧姓) ISBN 978-4-9035-3803-7 が出版。これに対し、Fの弁護団側は、同年10月5日に出版差し止めの仮処分を広島地裁に申し立てているが「本は公益を図る目的であり、実名記載に同意していた」という理由で却下された。
この本の著者・増田美智子は「Fに了解を取って実名を公表した」と主張している。しかし、被告人弁護団側は「被告人から話を聞いていない」と、双方の主張が交錯しており、F側は「プライバシー権・肖像権の侵害」を理由として出版差し止めと約1300万円の損害賠償を求める裁判を起こしたが、2012年5月23日にでた地裁判決ではF側の主張を一部認めて著者側に66万円の支払いを命じたものの、出版差し止めについては認められなかった[33]。
F側は地裁の判決を不服として控訴していたが、広島高等裁判所は2013年5月30日に「出版による権利侵害は認められない」として地裁判決を取り消す判決を出した。顔写真掲載については「加害者に対する社会的関心は高く、少年法61条を考慮しても報道の自由として許される」と判断。手紙についても「Fは取材に積極的に協力しており、掲載を承諾していたと判断できる」とした。
F側は高裁の判決も不服として上告していたが、最高裁判所第1小法廷は2014年9月25日付で上告を棄却した。これにより広島高裁の判決が確定した[34]。
著者側も「虚偽の主張により名誉を毀損された」としてF側に約1600万円の損害賠償を要求する訴訟を起こしていたが、2012年5月23日に著者の主張を退ける地裁判決が出た[33]。
マスメディア[編集]
放送倫理・番組向上機構(BPO)は、本事件に関する差戻控訴審の判決前の報道について、被害者遺族側の一方に寄った「集団的過剰同調」があり、Fや弁護団側への中立性を欠いた報道であった旨を指摘した[35][36]。
阿武野勝彦は2008年(平成20年)に、弁護団側から取材したドキュメンタリー番組『光と影 〜光市母子殺害事件 弁護団の300日〜』で民放連賞最優秀の表彰を受けている[37][38]。
脚注[編集]
注釈[編集]
出典[編集]
- ^ MSN産経ニュース 2007年9月18日
- ^ a b c d e f g “光市母子殺害事件の経過”. 47NEWS. 共同通信 (2012年2月20日). 2014年1月21日閲覧。
- ^ 平成14年03月14日 広島高等裁判所
- ^ 森達也、2008、『死刑』、朝日出版、ISBN978-255-00412-9、p262
- ^ 平成18年06月20日 最高裁判所第三小法廷 判決 破棄差戻し 広島高等裁判所
- ^ 平成20年04月22日 広島高等裁判所 破棄自判 山口地方裁判所
- ^ “弁護側、死刑回避求める 光市母子殺害事件、上告審結審”. MSN産経ニュース. 産経新聞 (2012年1月23日). 2012年1月23日閲覧。
- ^ “光市母子殺害事件、元少年の死刑確定へ 最高裁が上告棄却”. MSN産経ニュース. 産経新聞 (2012年2月20日). 2012年2月20日閲覧。
- ^ “光市母子殺害、死刑確定=元少年の訂正申し立て棄却-最高裁”. 時事ドットコム. 時事通信社 (2012年3月16日). 2012年3月16日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “光母子殺害事件で再審請求”. 中国新聞. (2012年10月29日). オリジナルの2012年11月2日時点によるアーカイブ。 2014年9月30日閲覧。
- ^ 2006年6月29日新聞、白鴎大学法科大学院教授土本武司のコラム。
- ^ a b c d NHKニュース 2012年2月20日
- ^ スポニチアネックス 2012年2月20日
- ^ 日本経済新聞 2012年2月20日
- ^ “元少年の被告は実名か匿名か 報道各社で分れた判断”. iza. 産経新聞 (2012年2月21日). 2012年3月17日閲覧。[リンク切れ]
- ^ a b c d “▽ 実名報道と匿名報道 光市母子殺害事件で分かれる”. 共同通信 (2012年2月21日). 2016年11月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年6月16日閲覧。
- ^ “光市母子殺害の元少年、死刑確定へ 最高裁、上告棄却”. 朝日新聞デジタル. 朝日新聞 (2012年2月20日). 2012年2月20日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “光母子殺害で死刑確定へ、元少年の上告棄却”. YOMIURI ONLINE. 読売新聞 (2012年2月20日). 2012年2月21日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “最高裁が上告棄却 元少年の死刑確定へ”. msn産経ニュース. 産経新聞 (2012年2月20日). 2012年2月21日閲覧。
- ^ “光市母子殺害、元少年の死刑確定へ 最高裁が上告棄却”. 日本経済新聞 (2012年2月20日). 2017年2月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月14日閲覧。
- ^ “光市母子殺害:元少年の死刑確定へ…当時「18歳30日」”. 毎日jp. 毎日新聞 (2012年2月20日). 2012年2月21日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “光市母子殺害の元少年、死刑確定へ”. 中日新聞. (2012年2月20日)[リンク切れ]
- ^ 東京新聞 2012年2月21日朝刊1面
- ^ 少年の実名報道を受けての会長声明 日本弁護士連合会プレスリリース
- ^ “東京弁護士会、光母子殺害の弁護士は懲戒せず”. 産経新聞[リンク切れ]
- ^ [1][リンク切れ]
- ^ “橋下弁護士と週刊朝日編集長が「懲戒請求」で激論”. J-CAST
- ^ Egawa Shoko Journal: 刑事弁護を考える〜光市母子殺害事件をめぐって
- ^ a b 元少年の弁護士処分せず(中国新聞朝刊 2007年11月28日)
- ^ 山口・光事件弁護団への懲戒請求が8095件/日弁連(読売新聞 東京朝刊 2008年2月21日34頁)
- ^ a b c 広島弁護士会、元少年側弁護団を懲戒処分せず(産経新聞 大阪朝刊 2008年4月3日29頁)
- ^ 大阪弁護士会が光市・母子殺害被告弁護士の懲戒請求で所属弁護士を処分せず(スポーツ報知 2007年12月27日15頁)
- ^ a b “光母子実名本、死刑囚の出版差し止め請求は棄却”. YOMIURI ONLINE. 読売新聞 (2012年5月23日). 2012年5月23日閲覧。[リンク切れ]
- ^ “光市事件死刑囚が敗訴 実名本に「違法なし」確定”. MSN産経ニュース. 産経新聞 (2014年9月29日). 2014年9月29日閲覧。[リンク切れ]
- ^ 報道の現状 議論多岐に――マスコミ倫理懇談会(朝日新聞 2008年9月30日付朝刊 第13版 第37面)
- ^ 放送倫理検証委員会 委員会決定 第04号 光市母子殺害事件の差戻控訴審に関する放送についての意見 放送倫理・番組向上機構 2008年4月15日
- ^ ひと――ドキュメンタリーで賞を次々受けたテレビプロデューサー 阿武野勝彦さん(49)(朝日新聞 2008年10月30日付朝刊 第13版 第2面)
- ^ 日本民間放送連盟賞/2008年(平成20年)入選・事績 日本民間放送連盟 2009年12月20日閲覧
関連項目[編集]
参考文献[編集]
- 『天国からのラブレター』新潮社、2000年4月 ISBN 4104365017
- 被害者の遺族による著書。2007年に映画化された。
- インパクト出版会(編)『光市裁判 年報・死刑廃止2006』特集・光市裁判 なぜテレビは死刑を求めるのか インパクト出版会、2006年10月 ISBN 4755401690
- 光市裁判を考える有志の会(編)『橋下弁護士VS光市裁判被告弁護団』一般市民が見た光市母子殺害事件 STUDIO CELLO 2007年10月 ISBN 9784863210134
- 現代人文社編集部(編)『光市事件裁判を考える』現代人文社、2008年1月、ISBN 4877983589
- 門田隆将著『なぜ君は絶望と闘えたのか 』新潮社、2008年7月 ISBN 4104605026
- 増田美智子著『福田君を殺して何になる: 光市母子殺害事件の陥穽 』2009年10月 ISBN 9784903538037
外部リンク[編集]
- 全国犯罪被害者の会
- 最高裁判所第一小法廷 平成24年2月20日 (平成20(あ)1136) - 確定判決
- 広島高等裁判所 平成20年04月22日(平成18(う)161)
- 最高裁判所第三小法廷 平成18年06月20日 (平成14(あ)730)
- 広島高等裁判所 平成14年03月14日(平成12(う)66)
- 法学のトビラ 第1回 年長少年に対する死刑の是非 安達光治[リンク切れ]
- 死刑になる犯罪(第3版)
- 「光市事件」報道を検証する会
(以下は弁護団の光市事件懲戒請求扇動問題広報ページ)