元千葉ロッテマリーンズ投手強盗殺人事件

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元千葉ロッテマリーンズ投手強盗殺人事件
場所

日本の旗 日本埼玉県

標的 女性(67歳・家政婦)[1][4]
日付 2004年平成16年)11月18日[1]
18時30分ごろ[1] (UTC+9)
概要 かつてロッテオリオンズで活躍した元プロ野球選手の男が引退後、多額の借金に困窮し、被害者女性(勤務先である会社の会長宅にて住み込みで働いていた家政婦)に借金を依頼[1]。しかし断られたことに逆上し、女性を殴って気絶させ、旧荒川に突き落として殺害し、現金を奪った[1]
攻撃手段 手で殴る・川に投げ落とす[1]
攻撃側人数 1人
死亡者 1人[4]
損害 現金約175万円[1]
犯人 小川博(元ロッテオリオンズ投手・事件当時42歳/産廃処理会社社員)[1]
動機 借金を頼み込んで断られたこと[1]
対処 埼玉県警が逮捕[1]・さいたま地検が起訴[5]
謝罪 第一審の最終弁論で謝罪の弁を述べた[6]
刑事訴訟 無期懲役[7]確定千葉刑務所収監[8]
管轄 埼玉県警察(捜査一課・上尾警察署[1]さいたま地方検察庁[5]
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元千葉ロッテマリーンズ投手強盗殺人事件(もとちばロッテマリーンズとうしゅごうとうさつじんじけん)は、かつてプロ野球選手として活躍した小川博(事件当時42歳)[注 1]が現役引退後の2004年平成16年)11月18日埼玉県上尾市内で起こした強盗殺人事件[1]

小川は現役時代、ロッテオリオンズ(現:千葉ロッテマリーンズ)で先発投手として活躍し、1988年には最多奪三振を記録してオールスターゲームにも出場した[11]。また引退後もロッテでコーチ・球団職員を歴任していたが[11]、引退後に浪費を重ねて多額の借金を重ねた末に本事件を起こした[7]。本事件は同年、再編騒動に揺れたプロ野球界にさらなる衝撃を与え[12]、小川は刑事裁判無期懲役判決を宣告されたが、さいたま地裁はその際の判決理由で本事件を「元プロ野球選手によるセンセーショナルな事件」と指摘した[7]。また、本事件はプロ野球選手の引退後の生活(セカンドキャリア)問題がクローズアップされるきっかけにもなった[12][13][14]

事件の経緯[編集]

名投手からの暗転[編集]

野球選手として活躍した小川博前橋工業高校時代、同校のエース投手として3回甲子園に出場し、「群玉(群馬の玉三郎」と呼ばれ、甲子園のアイドルとなった[15]。高校卒業後は青山学院大学へ進学し[15]、4年生時(1984年)の春には同大学野球部を(東都大学野球連盟の)1部復帰へ導いたほか、同年秋には当時最高の順位となる2位への躍進に貢献した[16]。そして、1984年に開かれたドラフト会議ロッテオリオンズから2位指名を受け入団[11]

1985年からはロッテオリオンズの選手としてプレーし、1988年にはオールスターに出場して5者連続奪三振を記録し[17]、同年10月19日に川崎球場で開催された「10.19」(近鉄バファローズとのダブルヘッダー)第1試合では[18]ロッテの先発投手を務めた[11]。同年は31試合に登板し[18]、自身初の2桁勝利[9]となる10勝を挙げた[18]。また両リーグ最多の204奪三振を記録し[注 2]、同年オフの契約更改では年俸が2,200万円に倍増した[9]。しかし1989年に肩を痛め[19]、以降は低迷し、球団名が「千葉ロッテマリーンズ」に変更された1992年限りで現役を引退した。

小川は現役引退後の1993年 - 1999年までロッテ球団のトレーニングコーチを、2000年 - 2002年まで編成部調査担当の球団職員を務めたが[20]、かつて大金を稼いでいたころの浪費癖に加え、遊興費・携帯電話のアダルトサイト使用料で、ヤミ金などから借金を重ねた[注 3][7]。また小川は2度にわたり離婚していたため、慰謝料[20]・子供の養育費[21]・住宅ローンなども抱え込み、さらに経済的に追い詰められるようになった。

2002年11月に球団職員を解雇され、球界を離れる[注 4][21]。その後、台湾プロ野球 (CPBL) でコーチ就任の話があったが、「(年俸)700万円では苦しい」と断ったとされる[15]。2003年1月に埼玉県産業廃棄物処理会社に就職し、同年4月には1,750万円の借金を抱え自己破産をした[22]。同年10月、再婚した妻と2人の子どもとさいたま市のマンション[注 1]に引っ越したが、その後もヤミ金数社から借金していた[9]

2004年夏ごろ、小川がロッテ二軍本拠地のロッテ浦和球場さいたま市南区)選手控え室に入ってすぐに姿を消したことが目撃されていた[20]。ロッテ球団関係者は『デイリースポーツ』(神戸新聞社)の取材に対し「同時期にロレックスの腕時計など選手の所持品・クレジットカードがなくなる事件が頻繁にあり、窃盗の被害届が増えたことから『小川が犯人ではないか?』と噂になっていた」と証言した[20]

強盗殺人[編集]

事件直前の2004年11月、小川は金融業者からの借金返済に困窮し、利子など約30,000円を返済するため、別の金融業者から現金約100,000円を借りたが、その金をパチンコ店で使うなどした[23]

事件当日(2004年11月18日)18時30分[注 5]、小川は当日中に返済が必要な3万円の金策のため、勤務先である産廃処理会社の会長宅(上尾市小敷谷)を訪れた[1]。会長は留守であったため、住み込みで働いていた家政婦の67歳女性が応対。小川は女性に金の無心をした[22]。しかし、同年8月に会長宅で室内が荒らされる事件があったほか[2]、同年11月11日(給料日の翌日)にも上尾市内のアパート(同社が社員寮としていた)[注 6]で50万円が盗まれる事件が発生していた[25]。どちらも状況から社内の人間の犯行が疑われ、借金のある小川も疑いを持たれていた。

女性は小川の依頼を断ろうとしたが、小川は土下座をして3万円を借りようとした。それでも女性が断ったことに逆上し、突き飛ばして気絶させた[9]。小川は居間から現金175万円を奪い[2]、さらにその発覚を恐れて、気を失った女性を車に乗せ、約3 km先の[9]旧荒川桶川市川田谷)に投げ入れ、水死させた[3]。その後、奪った現金でヤミ金一社からの借金十数万円を返済した[22]

逮捕・裁判[編集]

事件2日後となる2004年11月20日14時ごろ、旧荒川(桶川市川田谷)で釣りをしていた男性が女性の水死体を発見[15]。これを受け、埼玉県警察捜査一課は本事件を殺人事件と断定し、上尾警察署捜査本部を設置した[4]

現場の家(会長宅)の玄関ドアはオートロックで、外部から無理に侵入した形跡がなかったため、埼玉県警は「被害者が1人で留守番をしていたところ、被害者と面識のある人間が玄関ドアを開けさせて侵入した」と見て、会社関係者を中心に調べを勧めた[18]。すると「事件現場で犯行時間帯に、大柄な男が女性を黒っぽい車で運ぶ姿を見かけた」という目撃証言が得られ[注 7][22]、目撃車両と似た車に乗り、体格も似ていた小川が被疑者として浮上した[18]

事件発生から約1か月後の2004年12月21日[注 8]朝、小川は自宅で出勤の支度をしていたところ、捜査員から任意同行を求められた[10]。そして、自身が乗っていた黒っぽい車の中から被害者の血痕が発見された点を追及されたところ犯行を認め[22]、同日には強盗殺人容疑で埼玉県警(捜査一課・上尾署)の捜査本部に逮捕された[1][22]。そして翌日(12月22日)、捜査本部によりさいたま地方検察庁送検された[13]

2005年(平成17年)1月11日、さいたま地検は被疑者・小川を強盗殺人罪でさいたま地方裁判所起訴した[5]。取り調べに対し小川は容疑を認め[1]、「消費者金融などの借金80万円の返済が迫っていたのでやった」と供述していた[20]が、さいたま地裁(福崎伸一郎裁判長)で2005年2月28日に開かれた初公判の罪状認否では起訴事実を大筋で認めたものの、「初めから(被害者を)殺すつもりはなかった」と主張した[26]。また、被告人・小川の弁護人も「借金を断られたことに逆上し、カッとなって被害者を突き飛ばしたら失神した。動転した中で偶然目に入った現金を取った。犯行を隠そうと被害者を車で運んでいた途中で殺意が芽生えた」と主張し、犯行の計画性を否定した[27]上で「事後強盗殺人と見るべきだ」と主張した[23]。一方、さいたま地検は冒頭陳述で「小川は借金を断られた時点で被害者を殺害し、現金を奪うことを決意していた。犯行後、会社の同僚・借金先のヤミ金業者にアリバイ工作を頼んでいた」と指摘し[27]、同年7月7日の論告求刑公判で被告人・小川に無期懲役を求刑した[28][6]

2005年9月29日に第一審判決公判が開かれ、さいたま地裁(福崎伸一郎裁判長)はさいたま地検の求刑通り被告人・小川に無期懲役判決を言い渡した[29][7]。さいたま地裁 (2005) は判決理由で「前後の見境もなく借金を重ね、犯行のきっかけとなった返済金(約40,000円)も捻出できなくなった。殺害現場(旧荒川)に向かう車内で被害者の顔面を赤紫色に変色するまで殴り続けるなど、犯行態様は冷酷・悪質・残虐だ」と指摘した[7]。その一方で、弁護人の「最初から被害者を殺害する意思はなく、事後強盗殺人罪に該当する」とする主張を認め、「小川が被害者を突き飛ばした時点で殺意を有していたとは認められない」と認定した[注 9]が、量刑は減軽されなかった[7]

小川は「無期懲役は重すぎる」と量刑不当を理由に東京高等裁判所控訴したが[30]2006年(平成18年)2月23日に東京高裁(仙波厚裁判長)は第一審・無期懲役判決を支持して被告人・小川側の控訴を棄却する控訴審判決を言い渡した[30][31][32]。東京高裁 (2006) は判決理由で「金銭的窮状は小川が自ら招いたもので、犯行経緯に酌量の余地はなく、犯行は冷酷非道だ」などと指摘し[30]、「結果の重大性を考慮すれば、第一審判決の量刑は不当とは言えない」と結論づけた[32]。その後、小川は同年に無期懲役刑が確定し、千葉刑務所へ収監された[8]

影響[編集]

本事件の発生を受け、小川の現役時代にロッテの監督を務めていた有藤通世は「そんな大それたことをする人間じゃないはず」と[3]、元同僚の高沢秀昭(当時はロッテ二軍打撃兼外野守備走塁コーチ)も「(小川は)問題ありそうな態度ではなかったし、辞めたときも普通の退団だと思っていたから驚いた」とコメントした[11]。また、豊蔵一セントラル・リーグ会長)と小池唯夫パシフィック・リーグ会長)は小川が逮捕された翌日(2004年12月22日)、「NPB(日本野球機構)として今後、何らかの対応策を検討していかなければならない」との共通認識を示した[13]

また本事件の背景については、「小川が強盗殺人を犯すまでに転落した理由は、現役時代の華やかな生活の感覚が忘れられず、引退後の厳しい生活に耐えられなかったためではないか」とする声も上がった[12]。実際に小川自身も逮捕後、母親への手紙や弁護人への話で「周りの人に良い格好ばかりを見せていた。(プロ野球選手としての)プライドを捨てきれなかった」「現役時代の金銭感覚が忘れられなかった」と述べている[17]

  • 大坪正則(元ヤクルトスワローズ経営コンサルタント)は「引退後に野球評論家・コーチなど(野球関係)の仕事に就けるプロ野球選手はごくわずかで、ほとんどは野球と無関係の職業を探さなければならないが、小さなころから野球漬けの生活をしてきた元プロ野球選手の生活は厳しい」と指摘した上で、「NPBが運営する選手年金[注 10]を拡充したり、高校野球の指導者として元プロ野球選手を受け入れたりすべきだ。」

「元プロ選手が高校野球の指導に携わればプロ野球の裾野も広がる」と提言した[12]

「プロ野球選手と一般社会との乖離は激しく、入団当初から引退後の生活を考えるようにさせる意識改革が必要だ」と提言した[12]

  • 江本孟紀(元阪神タイガース投手・野球評論家)は「元プロ野球選手にとってベストなのは、野球関連の職業(高校野球の指導者など)に再就職できるようにすることだ」と提言した[12]
  • 石井晃[注 11](『朝日新聞』編集委員)は「本事件は、プロ野球界がこれまでセカンドキャリアの問題に真剣に取り組んでこなかったことの弊害が出たといえる。引退後もコーチ・解説者としての仕事が保証されている元選手はほんの一握りだ。」

「プロ野球界は本事件を選手たちの将来を考えるきっかけとして、選手たちが引退後に野球を離れても社会人として生活できるよう、対策を立てるべき」と指摘・提言した[14]

関連書籍[編集]

  • 『地獄に堕ちた有名人』宙出版、2007年3月1日。ISBN 978-4776721666

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ a b 小川は事件当時、埼玉県さいたま市緑区道祖土四丁目に在住[3]。住居については『読売新聞』は「賃貸マンション」[9]、『夕刊フジ』は「分譲マンション」とそれぞれ報道している[10]
  2. ^ これがきっかけで、翌年(1989年)にはパ・リーグで最多奪三振のタイトルが創設された(セ・リーグでは1991年から表彰対象)。
  3. ^ さいたま地裁の判決 (2005) によれば、借金総額は約1,700万円とされる[7]。また「ロッテの選手・コーチ、他球団やメディアの関係者からも借金していた」とする報道もある[11]
  4. ^ 解雇の理由について『読売新聞』は「『功労者』として評価されていた選手が職員に転身することになり、そのポストを空けるため」と[9]、『週刊朝日』は「表向きには『球団の主導権をめぐる内部抗争で敗れた一派が排除されたあおり』とされている」と報道しているが[21]、「(小川自身の)金銭トラブルが原因」とする報道もある[16][11][21]。また、「球団にも借金の取り立てが来た」という報道もされている[15]
  5. ^ 同日19時が闇金からの借金の利息(約30,000円)の返済期限だった[24]。また、被害者女性が最後に目撃された時刻は同日17時20分ごろで、風呂掃除をする姿を会長の妻に目撃されていた[25]。その後、同日21時30分ごろに会長夫婦が自宅(事件現場)に戻ったところ、被害者の姿はなく、2階の居間にあった現金175万円もなくなっていた[25]
  6. ^ このアパートではそれ以外にも窃盗事件があった[25]
  7. ^ 事件直後の『読売新聞』によればその時刻は事件当日の19時ごろで、「年配の女性が大柄な男に酔って軽自動車に運び込まれていた」とされるが、姿を目撃した女性は当時、「病人を病院に運ぶのだろう」と思い、警察には通報しなかった[25]
  8. ^ なお、小川は逮捕前日(2004年12月20日)に産廃処理会社を解雇されていた[1][2][20]
  9. ^ さいたま地裁 (2005) はその理由について「小川は被害者に土下座までして借金を頼んだことを断られたため、咄嗟に被害者を突き飛ばしたことも想定できる。また、小川は(会長宅に)現金が保管されていることを確実に知っていた証拠はない」などと指摘した[7]
  10. ^ 同年金は55歳からの支給で、15年以上在籍しても支給額は年142万円しかなかったため、大坪は「若くして引退する選手にとっては支給開始までの期間が長過ぎる」と指摘した[12]。大坪は「契約金の半額を強制的に(年金の)掛け金にさせるなどのシステムを構築し、共済制度を整備すべきだ」と主張していたが[12]、その後、選手年金は資金難などを理由に2011年限りで解散した[33]
  11. ^ 石井は中学校・高校時代、後に近鉄・ヤクルトで活躍した伊勢孝夫の同級生だった[14]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 後藤慎二「元ロッテ投手の小川博容疑者逮捕 借金断られ175万円強奪 同僚女性川へ投げ殺害」『東京中日スポーツ中日新聞東京本社、2004年12月22日。2018年12月25日閲覧。オリジナルの2004-12-29時点におけるアーカイブ。
  2. ^ a b c d 読売新聞』2004年12月22日東京朝刊第一社会面39頁「埼玉・桶川の家政婦強殺 元ロッテ投手を逮捕 小川博容疑者、借金断られ犯行」(読売新聞東京本社
  3. ^ a b c d 東京新聞』2004年12月22日朝刊第一社会面27頁「強殺容疑、元ロッテ投手逮捕 桶川の女性水死 借金断られ凶行」(中日新聞東京本社
  4. ^ a b c 『読売新聞』2004年11月21日東京朝刊第一社会面39頁「埼玉・桶川の荒川で家政婦の殺害遺体を発見」(読売新聞東京本社)
  5. ^ a b c 『読売新聞』2005年1月12日東京朝刊埼玉南版地方面30頁「元ロッテ投手を強盗殺人で起訴 さいたま地検=埼玉」(読売新聞東京本社・さいたま支局)
  6. ^ a b 『朝日新聞』2005年7月8日東京朝刊埼玉版第一地方面31頁「元ロッテ投手に無期求刑 上尾の女性殺害でさいたま地裁 /埼玉県」(朝日新聞東京本社・さいたま総局)
  7. ^ a b c d e f g h i 『読売新聞』2005年9月30日東京朝刊埼玉南版地方面35頁「元ロッテ投手に無期懲役判決 「見境なく借金」断罪 さいたま地裁=埼玉」(読売新聞東京本社・さいたま支局)
  8. ^ a b 金原 2009, pp. 183-184.
  9. ^ a b c d e f g 『読売新聞』2004年12月25日東京夕刊第一社会面19頁「3万円に窮して…強盗殺人 奪三振王、最悪の暴投 元ロッテ投手・小川博容疑者」(読売新聞東京本社)
  10. ^ a b 元ロッテ150キロ右腕の転落人生…強盗殺人で逮捕 小川博容疑者、気弱、だまされ借金かさむ」『ZAKZAK産業経済新聞社、2004年12月25日。オリジナルの2004年12月25日時点におけるアーカイブ。
  11. ^ a b c d e f g 強盗殺人で元ロッテ・小川容疑者逮捕 88年奪三振王」『スポーツ報知報知新聞社、2004年12月21日。オリジナルの2004年12月25日時点におけるアーカイブ。
  12. ^ a b c d e f g h 東京新聞』2004年12月23日朝刊第一特報面24頁「こちら特報部 プロ野球選手 厳しい再就職 『野球と無関係 9割超』 年金支給55歳から 15年在籍でも年142万円 Jリーグには支援センター」「評論家やコーチ就任ごくわずか」「契約金を活用し共済制度整えよ」(中日新聞東京本社)
  13. ^ a b c 「元ロッテ投手逮捕」球界動く」『nikkansports.com』日刊スポーツ新聞社、2004年12月23日。オリジナルの2004年12月30日時点におけるアーカイブ。
  14. ^ a b c 石井晃「石井晃の「スポーツ・ジャーナル」 セカンドキャリア」『asahi.com朝日新聞社、2004年12月29日。2020年10月14日閲覧。オリジナルの2020年10月14日時点におけるアーカイブ。
  15. ^ a b c d e 強盗殺人で元ロッテ投手を逮捕」『nikkansports.com日刊スポーツ新聞社、2004年12月22日。オリジナルの2004年12月29日時点におけるアーカイブ。
  16. ^ a b 元ロッテ投手を強盗殺人容疑で逮捕」『スポニチアネックス』スポーツニッポン新聞社、2004年12月22日。オリジナルの2004年12月23日時点におけるアーカイブ。
  17. ^ a b 毎日新聞』2005年3月13日東京朝刊第一社会面31頁「現場発:埼玉・桶川の女性強殺 孤独な元ロッテ投手、母に「待ってて」」(毎日新聞東京本社 記者・写真:村上尊一)
  18. ^ a b c d e 朝日新聞』2004年12月22日東京朝刊埼玉県版第一地方面29頁「華麗な球歴、一転 産廃社員殺害容疑の元プロ野球投手 /埼玉」(朝日新聞東京本社・さいたま総局)
  19. ^ ロッテ・小川博投手が現役登録抹消 1989年5月28日 読売新聞 東京朝刊18頁
  20. ^ a b c d e f 【2004年12月22日付デイリースポーツ紙面より】元奪三振王ロッテ小川 借金苦で67歳女性を殺害!川に投げ込む非道ぶり」『デイリースポーツ神戸新聞社、2013年10月10日。2018年12月25日閲覧。オリジナルの2018-12-25時点におけるアーカイブ。
  21. ^ a b c d 抜井規泰、四本倫子「女性を川に投げて殺した、元プロ野球ロッテ投手の栄光と転落」『週刊朝日』第110巻第1号、朝日新聞社出版本部、2005年1月7日、 158頁。 - ※通巻第4665号(2005年1月7日・14日合併号)
  22. ^ a b c d e f 『読売新聞』2004年12月22日東京朝刊埼玉南版地方面34頁「家政婦殺害 小川容疑者、動機は借金3万円 事件当日が返済期限=埼玉」 (読売新聞東京本社・さいたま支局)
  23. ^ a b 『朝日新聞』2005年3月1日東京朝刊埼玉版第一地方面35頁「借金重ねた末、犯行 元プロ投手の強盗殺人事件、初公判 /埼玉」(朝日新聞東京本社・さいたま総局)
  24. ^ 『読売新聞』2004年12月23日東京朝刊第一社会面31頁「埼玉・家政婦強殺 元ロッテ投手小川容疑者、30分後「ヤミ金」期限」(読売新聞東京本社)
  25. ^ a b c d e 『読売新聞』2004年11月22日東京朝刊埼玉南版地方面30頁「家政婦殺害 不明時間帯に年配女性の連れ去り目撃 住み込みの家から=埼玉」(読売新聞東京本社・さいたま支局)
  26. ^ 『読売新聞』2005年2月28日東京夕刊第二社会面22頁「埼玉・桶川の家政婦強殺 初公判 被告の元ロッテ投手、殺意を否認」(読売新聞東京本社)
  27. ^ a b 『読売新聞』2005年3月1日東京朝刊埼玉南版地方面34頁「元ロッテ投手強殺初公判 返済資金パチンコに アリバイ工作頼む=埼玉」(読売新聞東京本社・さいたま支局)
  28. ^ 『読売新聞』2005年7月8日東京朝刊第三社会面37頁「強殺の元ロッテ投手に無期懲役を求刑/さいたま地裁」(読売新聞東京本社)
  29. ^ 『読売新聞』2005年9月29日東京夕刊第一社会面23頁「桶川の家政婦強殺 元ロッテ投手に無期判決/さいたま地裁」(読売新聞東京本社)
  30. ^ a b c 元ロッテ投手 2審も無期懲役」『スポニチアネックス』スポーツニッポン新聞社、2006年2月23日。オリジナルの2006年3月29日時点におけるアーカイブ。
  31. ^ 『読売新聞』2006年2月23日東京夕刊夕刊都民版22頁「埼玉の家政婦強殺 元ロッテ投手に2審も無期判決/東京高裁」(読売新聞東京本社)
  32. ^ a b 『毎日新聞』2006年2月23日東京夕刊社会面11頁「埼玉・桶川の女性強殺:元ロッテ投手の無期判決を支持−−東京高裁」(毎日新聞東京本社 記者:銭場裕司)
  33. ^ プロ野球、資金難などで年金制度解散を決定」『スポニチアネックス』スポーツニッポン新聞社、2011年3月15日。2020年10月14日閲覧。オリジナルの2020年10月14日時点におけるアーカイブ。

参考文献[編集]

  • 金原龍一「元ロッテ・小川博のソフトボールデビュー」『31年ぶりにムショを出た 私と過ごした1000人の殺人者たち』宝島社(発行人:蓮見清一)、2009年9月14日、第1刷発行、183-185頁。ISBN 978-4796672993 - 1976年に東京都内で強盗殺人事件を起こして無期懲役刑に処され、2008年に仮釈放されるまで大阪刑務所千葉刑務所で服役した元受刑者による著書。

関連項目[編集]