僧坊荘園

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僧坊荘園
著者 コナン・ドイル
発表年 1904年
出典 シャーロック・ホームズの帰還
依頼者 ホプキンズ警部
発生年 1897年[1]
事件 ブラックンストール殺人事件
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僧坊荘園」(そうぼうしょうえん、"The Adventure of the Abbey Grange")は、イギリスの小説家、アーサー・コナン・ドイルによる短編小説。シャーロック・ホームズシリーズの一つで、56ある短編小説のうち36番目に発表された作品である。イギリスの『ストランド・マガジン』1904年9月号、アメリカの『コリアーズ・ウィークリー』1904年12月31日号に発表。1905年発行の第3短編集『シャーロック・ホームズの帰還』(The Return of Sherlock Holmes) に収録された[2]

訳者により「アベ農園」「アベイ農場」「修道院屋敷」などの邦題も使用される。正しくは「アビー」でカントリー・ハウスのこと[3]

また、ワトスンはこの話を最後にふたたびホームズに関する執筆をやめるつもりだった事が、「第二の汚点事件」冒頭で語られている。


あらすじ[編集]

1897年の冬、「僧坊荘園」の屋敷でユースタス・ブラックンストール卿が殺害された。ホームズワトスンはホプキンズ警部からの依頼を受け現場に向かう。彼らを出迎えたホプキンズ警部は、ブラックンストール夫人が意識を回復し、事件についての明瞭な証言を行ったので解決は時間の問題だろうと語る。

夫人の証言によると、昨夜就寝前に家の中を見回った際、食堂で今まさに押し入ってきた3人組の男と鉢合わせした。彼女が殴り倒されて失神している間に、男たちは呼び鈴の紐をちぎって彼女を椅子に縛りつけた。その後、騒ぎを聞きつけたブラックンストール卿が、こん棒を持って食堂に現れたが、火かき棒で頭を割られて殺されたのだという。その後3人は食器棚からワインを取り出し、それぞれがワイングラスを使ってワインを飲んだ後に、銀の食器類を盗んで立ち去ったということも。ホプキンズ警部は、最近他の場所で目撃されたランドール家の親子3人組による連続強盗殺人の一つだと推測する。

ホームズは、夫人の証言とホプキンズ警部の推測に一旦は納得しベイカー街へと帰ろうとするが、ロンドンへ向かう汽車の中で、現場で抱いたかすかな違和感を無視できなくなり、ワトソンを連れて途中下車して事件現場へ舞い戻る。

ホームズは、夫人の証言にもあったワイングラスを現場で確認した時に、表面に浮く膜の残っているグラスが1つしか無かった事が不可解だとし、調査を再開する。夫人が縛りつけられていた椅子には、夫人の身体で隠されるはずのところに血痕が付いているのも不思議だった。そして、夫人を縛っていた紐と、その紐がついていた呼び鈴の付近を入念に調べ、事件の核心を掴む。

脚注[編集]

  1. ^ 冒頭で「1897年の冬」と明記、
  2. ^ ジャック・トレイシー『シャーロック・ホームズ大百科事典』日暮雅通訳、河出書房新社、2002年、28頁
  3. ^ 16世紀にヘンリー8世がカトリックと絶縁しイングランド国教会を新たに立てており、この時に接収された修道院