阿毘達磨倶舎論

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
倶舎論から転送)
移動先: 案内検索

阿毘達磨倶舎論』(あびだつまくしゃろん)は、ヴァスバンドゥ(世親)を作者とするインドの仏教論書である[1]。4〜5世紀頃の成立[2]サンスクリット本の題名は『アビダルマ・コーシャ・バーシャ』(: Abhidharma-kośa-bhāṣya[注 1][3][注 2]。漢訳の際にアビダルマは「阿毘達磨」(あびだつま)、コーシャは「倶舎」(くしゃ)と音写された。

説一切有部の教義は、カーティヤーヤニープトラ(迦多衍尼子)『ジュニャーナプラスタナ・シャーストラ』(『阿毘達磨発智論』)[注 3]によって確立する[4]。この『発智論』を注釈した論書に『マハー・ヴィバーシャー』(『大毘婆沙論』)[注 4]がある。本書は『大毘婆沙論』の厖大な内容[注 5]を巧妙に収め説明している[5][4]説一切有部の教理の行きすぎた点を経量部の立場より批判した点に特色がある[5][6]。漢訳とチベット訳があり、漢訳本は真諦による『阿毘達磨倶舍釋論』22巻[7]と、玄奘による『阿毘達磨倶舍論』[8]30巻である[5]。サンスクリット本と玄奘訳は『倶舎論』と略称され[9]、真諦訳は『倶舎釈論』と略称される[1]。なお、漢訳本の正式な原題表記は『阿毘達磨倶論』・『阿毘達磨倶釋論』である[10]

研究には玄奘訳がもちいられる[5][11]。サンスクリット本が発見されてからは、漢訳に依らない原典からの研究もおこなわれている。

概要[編集]

ヴァスバンドゥ(世親)が作成した『アビダルマ・コーシャ・カーリカー』(: Abhidharma-kośa-kārikā)の598偈の本頌に、ヴァスバンドゥ自ら註釈(自註)を書き加えたものが『アビダルマ・コーシャ・バーシャ』(: Abhidharma-kośa-bhāṣya)で、一般に『倶舎論』という時は後者のバーシャ(長行釈)のことを指す。玄奘が漢訳する際に、『アビダルマ・コーシャ・カーリカー』を『阿毘逹磨倶舍論本頌』[12]と題し、『アビダルマ・コーシャ・バーシャ』を『阿毘達磨倶舍論』と題した。

アビダルマの語義については複数の解釈があるが、『阿毘逹磨倶舎論』における「阿毘達磨」 (abhidharma, アビダルマ) とは、 "abhi+dharma" であり、それぞれ「対」と「法」と訳され、「法に関して」という意味であると自注する[13]。また、「倶舎」(kośa, コーシャ)とは入れ物、蔵、宝物庫の意である。

本書はその骨格を『雑阿毘曇心論』に基づくことが古来より指摘されており[注 6]、単なる『大毘婆沙論』の綱要書と認識するのは不適切である[14]。また、近年では『甘露味論』との関係が吟味されている[15]

本論の特徴は説一切有部の伝統的な一部の教理に対して、経量部の立場から批判が加えられている部分がある点にある。 このような世親の立場は古来においては「理長為宗」や「拠理為宗」として表現された[16]。 そして世親のこれらの経部的見解は、いずれもカシミール有部の伝統的な教理解釈とは相反する内容であった。故に、伝統的な教理を尊んだ衆賢は『順正理論』を著し『倶舎論』を論駁した。 また、二十世紀になって発見された漢蔵等の翻訳が存在しなかったイーシュバラの『アビダルマディーパ』においても伝統的な有部の立場より『倶舎論』は非難されている。 近年の研究では世親の「経量部」の立場の多くは『瑜伽論』にトレースできることが指摘されている[17]。 しかしながら、当時より世親が唯識家として本論を著した積極的根拠は認められないことは注意が必要である[18]

テキスト[編集]

旧来は称友による註釈しか梵本が存在しなかったが、サキャ派のゴル寺(Ngor Monastery)でラーフラ・サーントクリヤーヤナによって1934年に発見された。 後に1946年にはゴーカレによって『本頌』の梵本がとして校訂発表され、1967年にはプラダンによって『釈』の全体が校訂出版された[19]

梵本の他に、『本頌』にはチベット訳が1つ、漢訳1種が現存している。

  • 【漢訳】大正1560『阿毘逹磨倶舍論本頌』玄奘651年
  • 【蔵訳】北京版5590, 東北版4089, Chos mngon pa'i mdsod kyi tshig le'ur byas pa

梵本の他に、『釈』にもチベット訳が1つと、漢訳二種が現存している。

  • 【漢訳1】大正1558『阿毘逹磨倶舍論』真諦訳22巻564年
  • 【漢訳2】大正1559『阿毘逹磨倶舍釋論』玄奘訳30巻651年
  • 【蔵訳】北京版5591, 東北版4090, Chos mngon pa'i mdsod kyi bshad pa

従来、倶舎宗の伝統においては玄奘訳が用いられた為に、玄奘訳に基づく『倶舎論』との呼称が浸透した。それとの区別を目的として真諦訳は『倶舎釈論』や『旧倶舎』や『旧訳』と呼称され、区別された[20]

また、『本頌』『釈』共にウイグル語訳の断片が発見され、研究されている[21]

構成[編集]

本論は598偈(漢訳608偈)の『本頌』と、その注釈である『釈』から構成されている。猶、破我品には『本頌』は存在しない[22]

  1. 界品(かいぼん, dhātu-nirdeśa) - 存在の種類
  2. 根品(こんぼん, indriya-nirdeśa) - 存在現象の活動
  3. 世間品(せけんぼん, loka-nirdeśa) - 世界の構成
  4. 業品(ごうぼん, karma-nirdeśa) - 有情輪廻の原因となる
  5. 随眠品(ずいめんぼん, anuśaya-nirdeśa) - 有情の煩悩
  6. 賢聖品(けんしょうぼん, mārgapudgala-nirdeśa) - 悟りの段階
  7. 智品(ちぼん, jñāna-nirdeśa) - 智慧の趣類
  8. 定品(じょうぼん, samāpatti-nirdeśa) - 禅定の趣類
  9. 破我品(はがぼん, pudgala-viniścaya, [ātmavāda-pratiṣedha])恒常的な我性を認める人達に対する反論

界品・根品で基礎的範疇を説明し、世間品・業品・随眠品で迷いの世界を解明し、賢聖品・智品・定品で悟りに至る道を説く。最後に付録の破我品で異説を論破する。

内容[編集]

因果関係の法則[編集]

多様に複雑な因果関係をなしている諸法を、因である点から六因、四縁に、果である点から五果に分類する(分別根本第二)。[23]

六因説[編集]

この六因説[注 7]は経典に明確な文言を用いて説示されている説ではない。恐らくは有部アビダルマにおいて構築された説である。この点については称友釈において詳説されるが[24]、『倶舎論』において世親が特に言及しないことは注目に値する。なお六因説の初出については『発智論』[大正蔵26巻920c]であると指摘されている[25][注 8]

  • 能作因(のうさいん, : kāraṇahetu, : byed-rgyu) – 自分自身を除いた結果を遮ることのない全ての法[注 9]。芽に対する種のような結びつきの強い原因はもちろん能作因であるが、月が存在することに対してスッポンの存在は何も影響力もないことから月にとってスッポンは能作因である。
  • 倶有因(くういん, : sahabhū-hetu, : lhan-cig 'byung-ba'i rgyu) – お互いがお互いの原因となっている法[注 10]。たとえば二枚のトランプをお互いよりかからせて立たせた時に、お互いがお互いの倶有因であり士用果である。
  • 同類因(どうるいいん, : sabhāga-hetu, : skal-mnyam-gyi rgyu) – 現在の瞬間と同類の現象が後の結果として起こる時の原因[注 11]。例えば、忍耐をしているある瞬間は、忍耐をしている次の瞬間の同類因となる。
  • 相応因(そうおういん, : saṃprayukta-hetu, : mtshungs-ldan-gyi rgyu) – 倶有因の一種。心の本体とそれと倶生する諸法の倶有因関係についてのみ用いる。[注 12]
  • 遍行因(へんぎょういん, : sarvatraga-hetu, : kun groi rgyu) – 好ましくない感情や態度が、後の瞬間の好ましくない感情や態度を作り出す時の原因にあたるもの[注 13]。同類因の一種に挙げられる(同類因と同じく、相互に時を隔てない異時点間の因果関係の因にあたる)[注 14]が、対象は遍行(疑、無明などの11種類の好ましくない気質・性向)に限られる[注 15]
  • 異熟因(いじゅくいん, : vipāka-hetu, : rnam-smin-gyi rgyu) - 諸々の善・悪といった、煩悩に関連する業のこと[注 16]。 相互に時を隔てた異時点間の因果関係から、楽・苦などの果をもたらす。この果(異熟果)は、善でも悪でもない(「無記」である)ことから、異熟と呼ばれる[注 17]。異熟果自体が再び異熟因となって因果の連鎖をなすことはない。

四縁[編集]

因果関係の因について、上記の「六因」とは異なる分類のしかたをしたもの[26][27]

  • 因縁(いんねん、:hetupratyaya,:rgyu-rkyen) - 六因のうち、能作因を除く五因(倶有因・同類因・相応因・遍行因・異熟因)をまとめたもの。[28]
  • 等無間縁(とうむけんねん、:samanantarapratyaya: dema thag rkyen) - 先の瞬間において生起していた心およびそれと相伴う心作用(前念)が過去に過ぎ去り、直後の瞬間に別の心・心作用(後念)が未来から生起し継承する(心相続)という因果関係の因。因と果が必ずしも同類でないことから同類因と区別される[29]。前念と後念が無間(時間的な隔たりがない)であるときの前念をさして、等無間縁という[30] 。次第縁ともいう[31]。六因のなかでは能作因以外の五因のどれにもあたらないから、最も包括的な能作因に入れるほかはないが、能作因の示す弱い因果関係とは異なったものであるため、有力能作因と呼んで区別することもある[32]
  • 所縁縁(しょえんねん、:alambanapratyaya,:dmigs-rkyen) - 心・心作用の対象(所縁)のことを所縁縁という。(説一切有部では対象のない心はありえないため)心・心作用は所縁がなければ生じないことから、因としては所縁縁となる(果としては、心・心作用そのものが増上果となる)。有力能作因に数えられる。[33]。縁縁ともいう[34] 。例えば「青」い物体は、それが「青」という特性を持っているという眼識を引き起こす。
  • 増上縁(ぞうじょうえん、:adhipatipratyaya:bdag-rkyen)- 最も広義の縁で、ひろく能作因に相当する[35] 。もの・心一般に広く通じる原因であって、結果を望むことができるような縁となるものを総称したもの[36]。他の物事が生ずることを助ける働きをする縁[37]

影響[編集]

ヨーロッパ[編集]

1820年代、ネパールにおいてB.H.ホジソンによって、ヤショーミトラの倶舎論註「スプタールタ」の原文写本が発見された。これがパリに送られ、東洋学者E.ビュルヌフの「インド佛教史序論」(1844年)の述作の一部となった。1917年に、チベット語訳倶舎論第1章本文が、ロシアのスチェルバッコイにより刊行された。その後、ロシアのO.ローゼンベルク、ベルギーのL.ド・ラ・ヴァレ・プサン、E.ラモート、フランスのS.レヴィ、オーストリアのE.フラウヴァルナ-、H.V.ギュンターらによって研究されている[38]

中国[編集]

中国へは真諦(499年〜569年)による漢訳「阿毘達磨倶舍釋論」(567年訳出)によって初めて伝えられ、玄奘(602年〜664年)による漢訳「阿毘達磨倶舍論」(651年訳出)が出される[39]。神泰の「倶舎論疏」、玄奘門下の普光の「倶舎論記」、法宝の「倶舎論疏」などの注釈書が書かれた[40]

日本[編集]

日本では、道昭が653年にに渡って玄奘に謁し、玄奘訳およびに神泰の「倶舎論疏」が日本に伝えられたことから、興福寺元興寺を中心に研究が始まった[41]。天平勝宝年間(749年〜757年)には倶舎宗が公式に制定され、南都六宗の一つに数えられた。858年、円珍によって、法宝の「倶舎論疏」や円暉の「倶舎論頌釈疏」が日本にもたらされ、比叡山三井寺東大寺で研究された[42]。徳川中期以降、真言宗の周海、法住、快道、海応、信海、旭雅、浄土宗の湛慧、普寂、浄土真宗の法幢、宝雲、法海、竜温、法宣などが輩出された。[43]

文献[編集]

  • 桜部建『新装版 佛典講座18 倶舎論』(大蔵出版、2002年)
  • 桜部建『倶舎論の研究 界・根品』(法蔵館、1969年、新装版2011年)
  • 山口益舟橋一哉『倶舎論の原典解明 世間品』(法蔵館、1955年、新装版2012年)
  • 舟橋一哉『倶舎論の原典解明 業品』(法蔵館、1987年、新装版2011年)
  • 小谷信千代本庄良文『倶舎論の原典研究 随眠品』(大蔵出版、2007年)
  • 桜部建・小谷信千代『倶舎論の原典解明 賢聖品』(法藏館、1999年)
  • 桜部建・小谷信千代・本庄良文『倶舎論の原典研究 智品・定品』(大蔵出版、2004年)
  • Louis de La Vallé Poussin(1971). L'Abhidharmakośa de Vasubandhu, Institut belge des hates études chinoises, Bruxelles, 1971
  • Lodrö Sangpo (2012). Abhidharmakosa-Bhasya of Vasubandhu: The Treasury of the Abhidharma and Its Commentary (4 vols). Motilal Banarsidass Publishers (Pvt. Limited). ISBN 978-8120836075.

論文[編集]

注釈[編集]

  1. ^ Abhidharma-kośa-bhāṣyaを略してAKBh と表記することも。
  2. ^ 単に『アビダルマ・コーシャ』(: Abhidharma-kośa)と呼称することも。
  3. ^ 玄奘による『ジュニャーナプラスタナ・シャーストラ』の漢訳は、迦多衍尼子造 玄奘譯 『阿毘達磨發智論』(『大正藏』毘曇部 Vol. 26 No.1544)
  4. ^ 玄奘による『マハー・ヴィバーシャー』の漢訳は、五百大阿羅漢造 玄奘譯 『阿毘達磨大毘婆沙論』(『大正藏』毘曇部 Vol. 27 No.1545)
  5. ^ 厖大な内容 - 玄奘訳『阿毘達磨大毘婆沙論』は全200巻。
  6. ^ この点については江戸時代の学僧である林常快道(1751-1810)が『阿毘逹磨倶舎論法義』において既に指摘している点である。Cf.『望月仏教辞典』p. 52
  7. ^ 分別根品第二之四 T1558_.29.0030a12 - 13「論曰。因有六種。一能作因。二倶有因。三同類因。四相應因。五遍行因。六異熟因。」(T1558以下の数字は本記事「外部リンク」掲載の大正大蔵経データベースでの行番号:以下同)
  8. ^ 『甘露味論』にも記述が見えるが、『甘露味論』は『発智論』の後とみなして良いであろう。
  9. ^ 分別根品第二之四 T1558_.29.0030a17 - 19「一切有爲唯除自體以一切法爲能作因。由彼生時無障住故。雖餘因性亦能作因。」
  10. ^ 分別根品第二之四 T1558_.29.0030b15 - 17「第二倶有因相云何。頌曰 倶有互爲果 如大相所相 心於心隨轉」(注:「大」とは四大種(四元素:地、水、火、風)のこと(分別界品第一T1558_.29.0003a28)。「相」とは有為法の四相(生、住、異、滅:分別根品第二之三 T1558_.29.0027a13)のこと。「所相」とは相をもつ本法のこと。心隨轉とは、心所(下記「相応因」の注参照)のこと。
  11. ^ 分別根品第二之四 T1558_.29.0031a18 - 24「第三同類因相云何。頌曰 同類因相似 自部地前生 道展轉九地 唯等勝爲果 加行生亦然 聞思所成等 論曰。同類因者。謂相似法與相似法爲同類因。」
  12. ^ 分別根品第二之四 T1558_.29.0032b24 - 26「第四相應因相云何。頌曰 相應因決定 心心所同依 論曰。唯心心所是相應因。」「心(しん)」はものに対するこころ自体のこと。五位(色、心、心所、心不相応行、無為)のひとつ(分別根品第二之二 T1558_.29.0018b17 - 18)。「心所(しんじょ)」は心の作用のこと。倶舎論では46種類に分類される(大地法10種、大善地法10種、大不善地法2種、大煩悩地法6種、小煩悩地法10種、不定法8種:分別根品第二之二 T1558_.29.0019a08 - )。
  13. ^ 分別根品第二之四 T1558_.29.0032c13 - 16「第五遍行因相云何。頌曰 遍行謂前遍 爲同地染因。」
  14. ^ 分別根品第二之四 T1558_.29.0032c17 -
  15. ^ 分別隨眠品第五之一 T1558_.29.0101c03 -
  16. ^ 分別根品第二之四 T1558_.29.0033a03 - 05「第六異熟因相云何。頌曰 異熟因不善 及善唯有漏 論曰。唯諸不善及善有漏是異熟因。」
  17. ^ 分別根品第二之四 T1558_.29.0033a06 - 11

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ a b 日本大百科全書』(コトバンク)
  2. ^ ブリタニカ国際大百科事典』(コトバンク)
  3. ^ 岩本裕 『日本佛教語辞典』平凡社、1988年。P.205「倶舎論」
  4. ^ a b 三枝充悳 『世親』P.91 II-1『倶舎論』における思想「概説」
  5. ^ a b c d 『岩波仏教辞典』P.250「『倶舎論』」
  6. ^ 三枝充悳 『世親』P.157「著作の概観」
  7. ^ 婆藪盤豆造 眞諦譯 『阿毘達磨倶舍釋論』(『大正藏』毘曇部 Vol.29 No.1559)
  8. ^ 世親造 玄奘譯 『阿毘達磨倶舍論』(『大正藏』毘曇部 Vol.29 No.1558)
  9. ^ 『仏教の思想 2:存在の分析〈アビダルマ〉』角川ソフィア文庫、P.20。
  10. ^ 「舎」ではなく「舍」が正式表記である。
  11. ^ 小原仁 『源信』P.72 第三章 学窓の日々「倶舎をきわめる」
  12. ^ 世親菩薩造 三藏法師玄奘奉詔譯 『阿毘達磨倶舍論本頌』(『大正藏』毘曇部 Vol.29 No.1560)
  13. ^ 桜部建『倶舎論の研究 界・根品』(法蔵館、1969年
  14. ^ 田中教照[1976]「修行道論より見た阿毘達磨論書の新古について」, 仏教研究 通号 5, 1976-03-31, 41-54
  15. ^ 西村実測[2002]『アビダルマ教学』
  16. ^ 木村誠司[2013]「『倶舎論』にまつわる噂の真相」『駒沢大学仏教学部研究紀要』 (71), 242-224
  17. ^ 袴谷憲昭[1986]「Purvacarya考」『印仏研』34(2), 859-866。並びにRobert Kritzer[2005]Vasubandhu and the Yogācārabhūmi : Yogācāra elements in the Abhidharmakośabhāṣya(Studia philologica Buddhica, . Monograph series ; 18)International Institute for Buddhist Studies of the International College for Postgraduate Buddhist Studies, 2005
  18. ^ 兵藤 一夫[2002]「経量部師としてのヤショーミトラ」, 『初期仏教からアビダルマへ:桜部建博士喜寿記念論集』.2002-05-20, 315-336
  19. ^ 櫻部建[1981, pp.14-18]『倶舎論』大蔵出版
  20. ^ 『望月仏教辞典』p. 52, 『大蔵経全解説大辞典』 p. 428
  21. ^ Masahiro Shōgaito[2014]The Uighur Abhidharmakośabhāṣya : preserved at the Museum of Ethnography in Stockholm.(Turcologica / herausgegeben von Lars Johanson, Bd. 99) Harrassowitz, 2014
  22. ^ 櫻部建[1981, pp.19-34]『倶舎論』大蔵出版
  23. ^ 「桜部建「新装版 佛典講座18 倶舎論」(大蔵出版 2002年)P97
  24. ^ Abhidharmakośavyākhyā. pp.188-189
  25. ^ cf. 櫻部[1969 pp. 113-114]『倶舎論の研究』法蔵館
  26. ^ 櫻部建 上山春平「存在の分析<アビダルマ>」(角川ソフィア文庫 2014年、11版)P81
  27. ^ 分別根品第二之五 T1558_.29.0036b10~11、T1558_.29.0036b14~16
  28. ^ 櫻部建 上山春平「存在の分析<アビダルマ>」(角川ソフィア文庫 2014年、11版)P85
  29. ^ 櫻部建 上山春平「存在の分析<アビダルマ>」(角川ソフィア文庫 2014年、11版)P80
  30. ^ 船橋水哉「倶舎論概説」(東方書院 1934年) P28
  31. ^ 船橋水哉「倶舎論概説」(東方書院 1934年)P34
  32. ^ 櫻部建 上山春平「存在の分析<アビダルマ>」(角川ソフィア文庫 2014年、11版)P84
  33. ^ 櫻部建 上山春平「存在の分析<アビダルマ>」(角川ソフィア文庫 2014年、11版)P84~P85
  34. ^ 船橋水哉「倶舎論概説」(東方書院 1934年) P34
  35. ^ 「桜部建「新装版 佛典講座18 倶舎論」(大蔵出版 2002年)P100
  36. ^ 村上専精「三論玄義講義」(哲学館大学 1875年) P122~123
  37. ^ 三省堂 大辞林
  38. ^ 桜部建「新装版 佛典講座18 倶舎論」(大蔵出版 2002年)P40 - 41
  39. ^ 「桜部建「新装版 佛典講座18 倶舎論」(大蔵出版 2002年)P12
  40. ^ 桜部建「新装版 佛典講座18 倶舎論」(大蔵出版 2002年)P38-39
  41. ^ 「桜部建「新装版 佛典講座18 倶舎論」(大蔵出版 2002年)P12
  42. ^ 「桜部建「新装版 佛典講座18 倶舎論」(大蔵出版 2002年)P12
  43. ^ 「桜部建「新装版 佛典講座18 倶舎論」(大蔵出版 2002年)P39 - 40

参考文献[編集]

  • 桜部建 『倶舎論の研究 界・根品』 法蔵館、2011年、新装版。
  • 『世界の名著 2 大乗仏典』桜部健訳「存在の分析」(『倶舎論』第一章・第二章)、中央公論社、1967年。
  • 三枝充悳 『世親』 講談社(講談社学術文庫)、2004年。
  • 岩本裕 『日本佛教語辞典』 平凡社、1988年、P.205「倶舎論」。
  • 小原仁 『源信 - 往生極楽の教行は濁世末代の目足』 ミネルヴァ書房、2006年、P.72。
  • 桜部建・上山春平『仏教の思想2:存在の分析〈アビダルマ〉』角川書店〈角川ソフィア文庫〉、1996年。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

サンスクリット本と諸訳の本文比較[編集]

サンスクリット本[編集]

漢訳[編集]

文献研究[編集]