借金漬け外交

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借金漬け外交(しゃっきんづけがいこう)は、国際援助などの債務により債務国、国際機関の政策外交等が債権国側から有形無形の拘束を受ける状態をいう。債務の罠債務トラップなどとも訳されることがある。友好国間で見られ、債務の代償として合法的に重要な権利を取得する。

この表現は、インド地政学者ブラーマ・チェラニー英語版によって中国一帯一路構想と関連づけて用いられたのが最初である[1]

債務国側では放漫な財政運営や政策投資など(日本でいう)モラル・ハザードが、債権国側では過剰な債務を通じて債務国を実質的な支配下に置くといった問題が惹起されうる。

租借地港湾権・鉄道権・空港権などの重要な地政学上の権利を債務国側から合法的に取得する。

国際的な動き[編集]

2019年6月、福岡市で開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会議では、新興国への投資が議題の一つとなり、貸し手と借り手の双方に持続可能性を重視するよう促す「質の高いインフラ投資に関するG20原則」が採択された[2]

中国が債権国側となっている例[編集]

中華人民共和国は、21世紀に入ると走出去の一環として国際間の有償資金援助を増やし[3]、世界最大のアメリカ国債日本国債[4]の保有国になるなど一時は日本に次ぐ世界第2位の債権国にもなったが[5]先進国基準のガバナンスコンプライアンスに反する融資を受け入れた多くの発展途上国では財政規律を無視したインフラ整備等を行ったため、巨額の負債に苦慮することとなった。中国は一帯一路構想を進めていく中で、インフラ投資を通じて途上国を政治的影響力下に置く「借金漬け外交」との批判も起き[6][7]、これを受けて中国は中国・アフリカ協力フォーラムなどで債務免除を行う姿勢を打ち出しているものの対象は最貧国に限定されている[8]

エチオピア[編集]

エチオピアは、アフリカ連合本部のようなランドマークにはじまり、エチオピア初の環状道路や高速道路[9]といった全土の道路の7割[10]、初の風力・水力発電所[11]、初の工業団地[12]アディスアベバ・ライトレールグランド・ルネサンス・ダム英語版[13]、新国立競技場アディスアベバ・ナショナル・スタジアム英語版ジブチ・エチオピア鉄道アフリカ最大のスマートフォンメーカーとなった伝音科技の携帯電話工場[14]、全土の通信網の整備[15]などといった様々なインフラ投資を中国から受けて経済成長率で世界1位も記録し[16]、大統領(ムラトゥ・テショメ)には中国留学歴[17]もあるなど「アフリカの中国」[18]とも呼ばれており、一帯一路のモデル国家に位置付けられてる国であるが、債務額は国内総生産の59%にも及んでおり、その大半は中国からの融資とみられている[19]

トルクメニスタン[編集]

トルクメニスタンは、永世中立国を掲げる独裁者サパルムラト・ニヤゾフ大統領が2006年にロシアへの経済的依存を減らすためにウズベキスタンカザフスタンを経由して中国に至る中央アジア・中国パイプライン英語版の建設で合意し、後継者のグルバングル・ベルディムハメドフ大統領も翌2007年中国国営石油公社(CNPC)とバクチャールィク(Bagtyarlyk)鉱区での生産分与協定(PSA)を締結して天然ガス売買契約に調印し、ガス輸入国としても2011年には中国がロシアを上回る経済における対中偏重が始まり、2017年時点で輸出の約83.2%(65億7,512.6万ドル)を中国が占めた[20]。中国へのガスパイプライン建設で約40億ドルの債務を抱えて経済危機にもなっているために「債務の罠」にあたるとロシアのニェザヴィーシマヤ・ガゼータから評されている[21]

ベネズエラ[編集]

ベネズエラは、世界最大の原油埋蔵量を保有し、反米的なウゴ・チャベス独裁政権下では中国とベネズエラの関係は石油を媒介として相互補完関係だったものの[22]チャベスの死と後継者のニコラス・マドゥロの失政と石油価格の暴落によってベネズエラの経済は崩壊し、ベネズエラ最大の債権国である中国は200億ドルの損失を出したことから「債務の罠」が諸刃の剣であることを示す例とウォール・ストリート・ジャーナルは評している[23]

スリランカ[編集]

スリランカの例では、大統領の3選禁止を撤廃するなど独裁的で親族を要職につかせて汚職が蔓延したとされるマヒンダ・ラージャパクサ政権は中国との関係を強めてインフラ投資を進めたが、中国の支援の下で進められたハンバントタ港建設時の費用約13億ドルの債務が返済できなくなり、2017年に後任のマイトリーパーラ・シリセーナ政権下で中国の国営企業が救済という形で99年間借り受ける契約を結んで実質的に中国が所有する港湾となっている[24]。2017年、インド政府は同様に中国による建設から赤字続きで「世界で最も空いている国際空港」[25]と酷評されていたマッタラ・ラージャパクサ国際空港に出資して40年間借り受けることが報道された。インド側に空港を利用するメリットや喫緊に利用する計画がないため、空港から自動車で30分ほどの距離にあるハンバントタ港への牽制とされる[26]

2020年から始まった世界的な新型コロナウイルスの感染拡大はスリランカ経済を直撃。スリランカ政府は年間45億ドルの対外債務返済することが困難となった。スリランカ政府は外貨の流出を防ぐため、スリランカ料理に不可欠なターメリックにまで厳しい輸入規制を実施した[27]。これに対して大規模な抗議デモが相次ぎ、2022年7月には政権が崩壊。第9代大統領へと就任したラニル・ウィクラマシンハは国家としての破産を宣言、国際通貨基金 (IMF) に支援を要請した。これを受け、9月1日、IMFはスリランカに対し国内の経済改革のほか、対外債務の整理を条件に29億ドルの金融支援を行うことで暫定合意に達したと発表した[28]。2023年5月には、債務再編に向けた会合が開かれた。[29]

マレーシア[編集]

マハティール・ビン・モハマド

マレーシアは、政府に批判的なジャーナリストらの逮捕など強権的で腐敗していたとされるナジブ・ラザク政権は中国との関係を強めてインフラ投資を進めたが、2018年5月にマハティール・ビン・モハマドが首相に返り咲いた時点で1兆リンギ(約27兆2千億円)の巨額債務があった。このため、中国主導で進められてきた公共事業等の見直しが始められた[30]2019年1月には、総工費810億リンギ(約2兆1500億円)に達する東海岸鉄道計画を正式に中止させ[31]、同年4月に中国は財政再建を行うマレーシアと215億リンギ(約5800億円)まで建設費用を削減することで合意した[32]

モルディブ[編集]

モルディブでは、2013年にアブドゥラ・ヤミーンが大統領の職につくと反体制派を弾圧する強権的な政策をとり、歴代政権が採ってきた親インド外交から距離を置いて中華人民共和国に接近。多額の資金供与を引き出して港湾、人工島、島嶼の連絡橋(シナマーレ橋)の建設などインフラ整備を充実させた。野党指導者で元大統領であるモハメド・ナシードは、2020年には中国への借金返済額が7億5000万ドル(約825億円)に達し、国家歳入の半分にもなると指摘している[33]

2018年、大統領選挙に勝利したイブラヒム・モハメド・ソリ大統領がインドを訪問。インド側から14億ドルの融資枠と通貨スワップの提供を引き出し、親インド寄りの姿勢を鮮明にした[34]

バヌアツ[編集]

バヌアツに対する中国の投資額は、2011年-2018年にかけて12億6000万ドル(約1400億円)に上っており、バヌアツの首相官邸や巨大な会議場、スポーツ施設の建設、港湾の改修が進められた。改修された港湾には、中国海軍の艦艇がたびたび立ち寄っている[35]

パキスタン[編集]

パキスタンは、中国の古くからの友好国であり、グワーダル港やカラコルム・ハイウェイなど一帯一路の要衝が開発されたが、2015年に公的資金が投入されなければ継続不可能な莫大な借金をきたして国際通貨基金(IMF)やサウジアラビアなどにも財政支援を要請することとなった[36]

タジキスタン[編集]

タジキスタンは、エモマリ・ラフモン大統領の長期独裁政権のもとで2006年にほぼゼロだった対中債務は2016年に11.6億ドルに達して二国間債務の9割を占めるまでになり[37]中国人民解放軍の駐留も報じられており[38]、世界開発センターは一帯一路関連の68カ国の中で最も「債務の罠」のリスクがある8カ国の1つに挙げている[37]

ジブチ[編集]

ジブチは、イスマイル・オマル・ゲレ大統領が独裁体制を敷く典型的な中継貿易国家で日本自衛隊や中国人民解放軍にとって初の海外基地も存在するが、2016年時点で対外債務の82%は中国であり[39]、アメリカのジョン・ボルトン国家安全保障問題担当大統領補佐官は「債務の罠」の象徴的な国の一つとしてジブチを挙げている[40]

IMF及び世界銀行が債権者[編集]

IMFは借金で新興国に対し大きなダメージを与えていると批判されている[41]

世界的な慈善団体のオックスフォムはCOVID-19 パンデミックIMFの緊急融資によって貧しい国に緊縮財政を強要していると報告した[42]

反論[編集]

中国に対し借金漬けと批判してるのは自国の影響力低下に対しアメリカが言っている事に過ぎない、また債務問題を抱える国は少数で中国は負債の圧縮など交渉をしている[43]

カンボジアのフン・セン首相は中国依存を批判する国に対し中国以外に助けてくれる国が存在しない[44]、また日本が過去に支援をした時日本に依存しすぎているという批判は出なかったと反論した[45]

トルコ国営放送は例に挙げられるスリランカの事象に対し問題の本質は債務ではなく保護主義などによる輸出の減少といった国内問題であるとした。また救済の実施、急激に状態の悪化したベネズエラを除いてそもそも債務持続不可能な国には融資していないとした[46]

脚注[編集]

  1. ^ Inside China’s Belt and Road Tangle”. The Diplomat (2020年9月1日). 2020年11月7日閲覧。
  2. ^ G20共同声明「リスクにさらなる行動用意」 財務相会議閉幕”. 日本経済新聞 (2019年6月9日). 2019年6月10日閲覧。
  3. ^ 中国の対外援助の現状” (PDF). 独立行政法人 国際協力機構 (2015年3月25日). 2018年11月24日閲覧。
  4. ^ “中国、日本国債減らしの怪 (真相深層)”. 日本経済新聞. (2014年6月21日). http://www.nikkei.com/article/DGXNASFS16012_W4A610C1SHA000/ 2019年7月15日閲覧。 
  5. ^ 中国、債権国2位から転落 資本流出1兆ドル、人民元買い支え響く”. フジサンケイ ビジネスアイ (2016年5月28日). 2019年2月9日閲覧。
  6. ^ 「借金漬け外交」批判浴びる中国 一帯一路戦略立て直し”. 朝日新聞 (2019年4月27日). 2019年9月13日閲覧。
  7. ^ 中国 中南米でも借金漬け外交(The Economist)”. 日本経済新聞 (2019年9月13日). 2019年9月13日閲覧。
  8. ^ China's Xi offers another $60 billion to Africa, but says no to 'vanity' projects”. ロイター (2018年9月5日). 2019年3月29日閲覧。
  9. ^ Ethiopia’s Addis Abeba-Adama Expressway Finally Open
  10. ^ Ethiopia and China: When Two Former Empires Connected”. intpolicydiges. 2018年6月28日閲覧。
  11. ^ 中国・アフリカ関係の高度化を後押しする3大分野
  12. ^ Expansion of Ethiopia’s first industrial park reopens old wounds”. ロイター (2018年2月1日). 2018年10月22日閲覧。
  13. ^ 中国標準の「海外進出」を加速、「一帯一路」建設を支援”. 理論中国. 2018年6月15日閲覧。
  14. ^ アップルとサムスンに挑む-スマホ市場の下克上狙う中国勢6社”. ブルームバーグ (2018年8月10日). 2019年7月12日閲覧。
  15. ^ ZTE to Help Ethiopia Telecommunications Corporation Build National Network”. ZTE (2008年7月). 2019年5月7日閲覧。
  16. ^ 中国が旗を振る「エチオピア開発」の光と影”. 東洋経済オンライン. 2019年4月13日閲覧。
  17. ^ “北大留学生校友穆拉图•特肖梅当选埃塞俄比亚总统”. 北京大学新闻网. (2013年10月9日). http://pkunews.pku.edu.cn/xywh/2013-10/09/content_278908.htm 2018年11月26日閲覧。 
  18. ^ “Ethiopia Already Is the ‘China of Africa’”. ブルームバーグ. (2018年5月29日). https://www.bloomberg.com/view/articles/2018-05-29/ethiopia-already-is-the-china-of-africa 2018年11月26日閲覧。 
  19. ^ 焦点:「一帯一路」鉄道計画がエチオピアで頓挫、中国融資減速”. ロイター (2018年9月3日). 2018年11月24日閲覧。
  20. ^ List of importing markets for the product exported by Turkmenistan in 2017 (Mirror)Metadata (2017年 トルメキスタンの輸出先)”. International Trade Centre(国際貿易センター) (2017年). 2019年3月9日閲覧。
  21. ^ 国民の過半数が国外流出? トルクメニスタン、中国の「債務のわな」で経済低迷”. 産経ニュース (2019年7月11日). 2019年7月12日閲覧。
  22. ^ DefesaNet - Expansão Chinesa - Hugo Chávez cede a China el control del petróleo”. www.defesanet.com.br. 2019年2月1日閲覧。
  23. ^ 【オピニオン】一帯一路「債務のわな」は中国の過ち”. ウォール・ストリート・ジャーナル (2019年6月10日). 2019年7月12日閲覧。
  24. ^ “スリランカの港に中国旗 99年間譲渡「一帯一路」債務重く“借金のカタ”に奪われる”. (2018年1月15日). https://www.sankei.com/article/20180115-YPJ2A4SPHVKWLNOIFP3ETQJXRQ/ 2018年11月24日閲覧。 
  25. ^ For Sale: The World's Emptiest International Airport” (英語). Forbes (2016年7月18日). 2019年5月16日閲覧。
  26. ^ 『インドが世界で最も利用者の少ない空港を買収、中国をけん制か』Business insider Japan(2017年12月18日)
  27. ^ スリランカ、ターメリック輸入規制 債務不履行回避のため”. AFP (2021年2月16日). 2021年2月16日閲覧。
  28. ^ IMF、スリランカ支援で実務者合意 日中と債務削減交渉へ”. 日本経済新聞 (2022年9月1日). 2022年9月1日閲覧。
  29. ^ スリランカ債務、早期圧縮一致 中国はオブザーバー参加”. 日本経済新聞 (2023年5月9日). 2023年10月19日閲覧。
  30. ^ 守真弓、鬼原民幸 (2018年11月6日). “マレーシアの債務解消に日本が協力 中国牽制の狙いも”. 朝日新聞. https://www.asahi.com/articles/ASLC63D10LC6UHBI00R.html 2018年11月24日閲覧。 
  31. ^ 中国との鉄道計画中止を正式決定=「一帯一路」に打撃か-マレーシア” (2019年1月26日). 2019年1月26日閲覧。
  32. ^ 中国主導の鉄道建設再開へ マレーシア、費用減で合意” (2019年4月12日). 2019年4月12日閲覧。
  33. ^ 債務で主導権を奪う…中国の呪縛、はまったスリランカ、モルディブにも迫る”. Sankei Biz (2018年6月23日). 2018年12月1日閲覧。
  34. ^ インド、モルディブに融資枠14億ドル 中国をけん制”. 日本経済新聞 (2018年12月17日). 2018年12月19日閲覧。
  35. ^ 中国「一帯一路」“債務のワナ”に揺れる国”. 日テレ24 (2018年11月30日). 2018年11月30日閲覧。
  36. ^ “パキスタン、IMFへの支援要請をなお計画 サウジが資金提供でも”. ロイター. (2018年10月24日). https://jp.reuters.com/article/pakistan-economy-imf-idJPKCN1MY0PN 2019年7月12日閲覧。 
  37. ^ a b 中国マネーに沸くタジキスタン 中央アジアの最貧国に迫る「債務のわな」のリスク”. 朝日新聞グローブ (2019年2月4日). 2019年7月12日閲覧。
  38. ^ In Central Asia’s forbidding highlands, a quiet newcomer: Chinese troops”. ワシントン・ポスト (2018年8月28日). 2019年7月12日閲覧。
  39. ^ 中国の「一帯一路」が8カ国の債務リスクを引き上げる?―米華字メディア”. Record China (2018年3月7日). 2019年7月12日閲覧。
  40. ^ アフリカに債務危機懸念──中国が「わな」を仕掛けたのか、批判は妥当なのか”. ニューズウィーク (2019年3月2日). 2019年7月12日閲覧。
  41. ^ The IMF is hurting countries it claims to help”. ガーディアン. 2021年6月11日閲覧。
  42. ^ Over 80 per cent of IMF Covid-19 loans will push austerity on poor countries”. 2021年6月11日閲覧。
  43. ^ “債務の罠”ではない?「中国の途上国融資=悪」に異論”. Skyrocket株式会社. 2021年6月11日閲覧。
  44. ^ カンボジア首相「経済成長へ中国支援必要」 アジアの未来”. 日本経済新聞. 2021年6月11日閲覧。
  45. ^ カンボジア首相「中国に頼らずして、誰に頼れというのか」”. レコードチャイナ. 2021年6月11日閲覧。
  46. ^ China's 'debt-trap' diplomacy is little more than a fantasy”. TRT world. 2021年6月11日閲覧。

関連項目[編集]