信玄餅

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信玄餅(しんげんもち)は、山梨県北杜市に所在する菓子製造メーカーの金精軒株式会社が製造・販売する土産菓子和菓子。同社の登録商標(第1015994号他)である。

特徴[編集]

求肥加工した餅に、きな粉をまぶした餅菓子で、黒蜜をかけ、付属の楊枝で食べる。また、食べる際にきな粉や黒蜜が溢れるため、自社が薦める「信玄餅の食べ方」がある。

起源[編集]

武田信玄が出陣の際、非常食としていた砂糖入りの餅にちなんで作られた、という逸話と、山梨県ではお盆に食べるのが風習となっている安倍川餅から由来した、という二つのルーツを持っている。

販売当初は現在の土産品形態ではなく、安倍川餅のような大きな切り餅を求肥加工し、きな粉とまぶし、黒蜜をつけて「信玄餅」と銘打って販売していた。その後、現在の個包装へ形態が変わり、土産品として定着した。現在、信玄餅を販売する金精軒では、販売当初の信玄餅を再現した「極上生信玄餅」も販売している。

「桔梗信玄餅」との違い[編集]

画像左が信玄餅、右は桔梗信玄餅。デザインや中身は酷似している。
画像左が信玄餅、右は桔梗信玄餅。

桔梗屋が発売している「桔梗信玄餅」とは基本的に製法は同じであり、きな粉がかかった餅に黒蜜をかける点でも同じである。また、金精軒が信玄餅として発売したのが1972年(昭和47年)であるが、桔梗屋は1970年(昭和45年)の「第5回新作観光土産品コンクール」(現・やまなし観光土産品コンクール)に信玄餅を出品、翌1971年(昭和46年)4月1日付の山梨日日新聞の広告で「信玄餅」の名前で広告を出していることが確認されている。しかし金精軒はそれより前に「信玄最中」という名前で商標出願(但し最中の名前で分かる通り信玄餅とは別の商品)しており、桔梗屋の発売している「信玄餅」は「信玄最中」と酷似していると抗議した。桔梗屋は商標による紛争を避けるため、頭に「桔梗」の文字を入れ「桔梗信玄餅」と名前を変更。その後金精軒は「信玄餅」の商標を改めて出願・取得し、「信玄餅」を発売している[1]

よって正しい解釈は「最初に信玄餅として売り出したのは桔梗屋であるが、商標を取得し現在信玄餅を売っているのは金精軒」である。また「桔梗信玄餅」と「信玄餅」は製法上はともかく商標上は別の商品(「桔梗信玄」と「信玄」で区別されている)として扱われる。つまり「金精軒が商標を取得しているので桔梗屋は偽物の信玄餅を売っている」というのは間違い(そもそも桔梗屋は現在商標上の「信玄餅」を売っていない)であり、福岡県の如水庵が発売している「筑紫もち」や新潟県のかなざわ総本舗が発売している「出陣餅」など類似した商品も県外にいくつもあることから「桔梗屋が製造した信玄餅を金精軒がコピーした」というのも正しい解釈ではない。

脚注[編集]

  1. ^ 信玄餅と桔梗信玄餅の話[出典無効]

外部リンク[編集]

関連項目[編集]