佐野譲顕

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佐野 讓顯(さの よしあき)は、日本テレビプロデューサー広島テレビ放送取締役会長。

日本テレビ放送網業務管理担当局次長、執行役員制作局長、日本テレビビデオ取締役副社長、広島テレビ放送代表取締役社長などを歴任した。

人物[編集]

  • 東京都目黒区出身。神奈川県立光陵高等学校東京外国語大学外国語学部ドイツ語学科卒業後、1980年に日本テレビ入社。現・常勤監査役の吉田真や元アナウンサーで現・編成局アナウンスセンターアナウンス専門部長の井田由美、吾妻光良、務台昭彦、石澤顕、城朋子は同期。
  • 主に金谷勲夫渡辺弘の下で番組を制作していた。1998年にチーフプロデューサー、編成局編成部戦略担当部長を経て、2003年からは編成局制作推進部長兼業務部長、2005年からは同局業務管理担当局次長を兼任。このため、担当していた番組は全て吉田真が引き継いだ。
  • 2006年からは日本テレビビデオ(日テレアックスオンに社名変更)に出向し、常務取締役に就任。専務を経て、2011年からは副社長に就任。2012年6月1日付で日本テレビに復帰し、執行役員に昇格と共に桜田和之から引き継ぐ形で制作局長に就任[1]
  • 2014年6月1日付で広島テレビへ出向し、同局の常務取締役、専務取締役、代表取締役社長[2]を経て現職。

エピソード[編集]

  • 元日本テレビアナウンサーの増田隆生は光陵高校の2期後輩である。
  • 1998年4月、日本テレビ1990年代視聴率三冠王獲得時の大人気クイズ番組、マジカル頭脳パワー!!最後のCPに就任。しかしそれまでのクイズ主体という当たり前の構成をゲーム主体に変える。通常の解答席をそれぞれ違うゲームごとのセット使用にすることで出演者が得点を重ねて優勝・トップ頭脳賞を得る構成に大幅に変えた。また、本来のスタジオでのクイズとゲーム順を差し替えたりカットするなどの形も採った。その結果、番組が高視聴率時代の1996年当時に比べ、わずか3年で番組の終了を早める結果になったとされている。

過去の担当番組[編集]

プロデューサー[編集]

チーフプロデューサー[編集]

関連人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2012年5月11日(金)日本経済新聞人事欄、読売新聞朝刊2面に掲載。
  2. ^ 日刊合同通信(2014年5月12日(月)―5月9日発行  第59巻 第14274号)