佐野川谷安太郎

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佐野川谷 安太郎(さのがわや やすたろう、1914年大正3年)8月17日 - 2013年平成25年)8月18日)は日本の実業家、元佐野安船渠(現・サノヤスホールディングス)社長、会長。大阪府大阪市出身。趣味は、ゴルフ

略歴[編集]

  • 1914年(大正3年) - 先代安太郎の長男として生まれる。本名:保治。
  • 1934年(昭和9年) - 横浜高等工業学校(現・横浜国立大学)造船工学科卒業、佐野安船渠入社。
  • 1940年(昭和15年) - 同社代表取締役就任。
  • 1954年(昭和29年) - 同社監査役就任。
  • 1956年(昭和31年) - 同社代表取締役副社長就任。
  • 1961年(昭和36年) - 同社代表取締役社長就任。
  • 1972年(昭和47年) - 藍綬褒章受章。
  • 1981年(昭和56年) - 同社代表取締役会長就任。
  • 1993年(平成5年) - 同社代表取締役相談役就任。
  • 2000年(平成12年) - 同社相談役就任。
  • 2009年(平成21年) - 同社顧問就任。
  • 2013年(平成25年)8月18日 - 老衰のため死去、99歳。[1]
  • その他、サノヤス商事・サノヤス建物各代表取締役、近畿造船協議会相談役、日本船舶社長などを歴任した。

参考[編集]

  • 交詢社 第69版 『日本紳士録』 1986年

脚注[編集]

  1. ^ 元佐野安船渠社長の佐野川谷安太郎さん死去 朝日新聞 2013年8月19日