佐藤美保

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佐藤美保 Portal:陸上競技
選手情報
フルネーム さとう みほ
ラテン文字 Miho Sato
国籍 日本の旗 日本
種目 短距離走中距離走
所属 京セラナチュリル
生年月日 (1978-04-14) 1978年4月14日(40歳)
生誕地 三重県伊勢市
身長 156cm
体重 49kg
自己ベスト
100m 12秒02 (1996年)
200m 24秒65 (1999年)
400m 53秒97 (2001年)
800m 2分00秒45 (2005年) 日本記録
1000m 2分41秒08 (2002年) アジア記録
1500m 4分09秒30 (2005年)
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佐藤 美保(さとう みほ、旧姓:杉森。1978年4月14日 - )は、日本の女子陸上競技選手。800mの室内アジア記録保持者ならびに日本記録保持者、4×400mリレーの元日本記録保持者、1500mの元日本記録保持者である。1000mのアジア記録保持者でもある。

人物・経歴[編集]

三重県伊勢市生まれ、埼玉県大宮市(現さいたま市西区)育ち。大宮市(現さいたま市)立土屋中学校、星野女子高等学校を経て、東京学芸大学卒業後、京セラに入社。

入社後、中距離の才能を見出した大森国男監督に800mへの転向を勧められるまでは、主にロングスプリントに取り組んでいた。当初は400mに未練があったのでシフトしなかったが、スーパー陸上の400mで53秒台を出してからは未練がなくなり、800mに転向する形となった。

世界への飛躍[編集]

2003年2月の日中対抗室内大会で800mを2分00秒78で走り、室内アジア記録を更新。当時の屋外日本記録をも上回った[1] この記録により、同年の世界室内選手権出場権を獲得。準決勝では、マリア・ムトラステファニー・グラフら強豪からラップを奪う積極的な走りを見せ、ベスト12に入った。

2004年日本選手権800mで当時(屋外)日本記録保持者の西村美樹と対決。序盤から独走するレースを展開して2分00秒46で走り、晴れて(屋外の)日本記録保持者となり、アテネ五輪出場を決めた。これにより、日本の女子800mでは40年ぶりのオリンピック出場となった。

2005年の日本選手権800mでも同様の独走レースを展開して日本記録を0秒01更新し、世界陸上ヘルシンキ大会出場を決めた。

世界陸上ヘルシンキ大会以後[編集]

しかし、所属する京セラ陸上部は、会社の方針として、マラソン駅伝を強化する方向にシフト。中距離の選手だった杉森は、世界陸上大阪大会北京五輪に出場し、400mと800mで好成績を残すという目標を実現させるため、2007年2月に退社。川本和久監督率いるナチュリル陸上部に移籍した。

私生活では、転属した2007年7月7日中国電力所属のマラソン選手・佐藤敦之と入籍した。しかし互いに異なった場所を練習拠点に北京五輪出場を目指していたため入籍後も別居状態であった。[2]

2008年の日本選手権800mでは2分05秒37で優勝するも、北京五輪参加標準記録A(A標準、2分00秒00)に届かず、敦之との夫婦同時五輪出場はならなかった(このとき佐藤は夫に謝るようなポーズでのゴールとなった)。

2008年10月23日には敦之のサポートに専念するために競技生活を一時離れ休養し、同年いっぱいでナチュリル陸上部を退部することを発表した。

2014年2月、敦之の京セラ女子陸上競技部就任とともに、美保のコーチ就任もあわせて報道された[3]

主な成績[編集]

400メートル[編集]

800メートル[編集]

  • 2002年 日本選手権 準優勝
  • 2002年 アジア選手権 優勝
  • 2004年 日本選手権 優勝
  • 2005年 日本選手権 優勝
  • 2005年 アジア選手権 優勝

自己記録[編集]

  • 400m 53秒97
  • 800m 2分00秒45(日本記録)
  • 1000m 2分41秒08(日本記録)
  • 1500m 4分09秒30(日本歴代2位、元日本記録)
  • 3000m 9分17秒51

脚注[編集]

  1. ^ この記録を統計学的に屋外に換算すると、世界大会で準決勝に残るに相当する記録となる。
  2. ^ マラソン代表に内定している土佐礼子が似たようなケースである。
  3. ^ 朝日新聞 2014年2月2日東京朝刊14版 27面

関連項目[編集]

外部リンク[編集]