佐藤純彌

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さとう じゅんや
佐藤 純彌
別名義 佐藤 純弥
生年月日 (1932-11-06) 1932年11月6日(84歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都
職業 映画監督脚本家
ジャンル 映画テレビドラマ
著名な家族 佐藤貫一(父)
佐藤純一(兄)
佐藤東弥(息子)

佐藤 純彌(さとう じゅんや、1932年11月6日 - )は、日本映画監督脚本家。かつては、佐藤 純弥の表記も用いられた。

父は日本刀学者佐藤貫一。兄は東京大学名誉教授佐藤純一。子に日本テレビディレクター佐藤東弥がいる。

経歴・人物[編集]

東京都出身。東京府立第一中学校(現・日比谷高校)、東京大学文学部卒業。

太平洋戦争時は、山形県鶴岡市の祖父と叔父の元へ縁故疎開

終戦後の1956年東映へ入社し、東京撮影所のスタッフとしてキャリアを積む。1961年に『宇宙快速船』で助監督として参加。1963年に『陸軍残虐物語』(主演:三國連太郎)で監督デビュー。アニメ作品『魔法使いサリー』では佐藤純弥名義での脚本を担当した。

1968年に東映を退社後は、ヤクザ映画を中心に監督を担当。1975年の監督作『新幹線大爆破』は公開当初の興行成績は芳しくなかったが、後年レンタルビデオなどで人気作となった。

以降、『人間の証明』『未完の対局』『おろしや国酔夢譚』『男たちの大和/YAMATO』等の大作を監督。現在も映画監督として第一線で活躍している。

現在は東京都西東京市在住であり、2000年より地元で開催されている西東京市民映画祭の審査委員長を毎回務めている。

2008年旭日小綬章を受章[1]

2010年吉村昭の歴史小説を佐藤自身初となる、長編時代劇『桜田門外ノ変』を監督。

作詞[編集]

作詞の方面でも才能を発揮している。1968年からTBS系列で放送された『キイハンター』の主題歌『非情のライセンス』(作曲:菊池俊輔、歌:野際陽子)に始まり、キイハンターの後番組である「アイフル大作戦」、その後番組「バーディー大作戦」、そしてその後番組であり、1975年から放送された『Gメン'75』と1982年から放送された『Gメン'82』のエンディング・テーマの作詞を務めた。

評価[編集]

敦煌』で第12回日本アカデミー賞最優秀作品賞、同監督賞を受賞。『新幹線大爆破』はヨーロッパで、『君よ憤怒の河を渉れ』は中国で大ヒット。『未完の対局』はモントリオール国際映画祭でグランプリを獲得するなど海外での評価も高く全般的に不動の地位を確立しているが、1997年の監督作『北京原人 Who are you?』は、日本映画史上に残る「迷作」として語られることが多い。

1960年代から1970年前後にかけてやくざ物で多く監督してきたが、1970年代中盤からはスケールの大きい大作を多く手がけるようになり、2006年現在でもその手の作品で腕を振るっている。テレビの『Gメン』シリーズにもそのような雰囲気がある。

またテレビでは、東映製作の『キイハンター』や『Gメン'75』が有名で、深作欣二鷹森立一らとともにメインで監督を務めた。『アイフル大作戦』『バーディー大作戦』『Gメン'75』『Gメン'82』『スーパーポリス』などでは深作とともに構成を担当し、長らくTBSの同時間帯番組を陰で支えてきた。また、確認できる限りでは『キイハンター』以降、定期的に脚本も書いている[2]

深作、佐藤と共に仕事をした千葉真一は、二人を比較して、こだわりと情熱を前面に出す深作とは対称的に、佐藤は淡々と撮るスタイルの職人監督であるという。また、佐藤自身のインタビューではその少なからず「アバウトな」性格がうかがえ、その「いい意味で鈍感」な性格が、数々の大作を無難にこなした所以とも感じさせる。

人間の証明』『野性の証明』でカメラを担当した姫田真佐久はその著書の中で、カメラが回っている最中によそ見をする癖を暴露し、演出家である佐藤に向かって「演出が苦手」の一言で批判している。

主な監督作品[編集]

監督[編集]

映画[編集]

ほか

テレビドラマ[編集]

ほか

テレビCM[編集]

脚本[編集]

ほか

出演[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 水戸藩開藩四百年記念・映画「桜田門外ノ変」オープンロケセット記念展示館(監督・佐藤純彌)
  2. ^ なお、深作が監督した『柳生一族の陰謀』に佐藤がカメオ出演しており、逆に佐藤が監督した『人間の証明』には深作が出演している。

外部リンク[編集]