佐藤潤象

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佐藤 潤象(さとう じゅんぞう、1862年9月19日文久2年8月24日[1] - 1953年昭和28年)7月11日[2])は、日本の政治家衆議院議員(1期)。

経歴[編集]

熊本県出身[2]二松学舎漢学を学び、同人社で英語を学ぶ[2]佐賀県属、熊本県収税属、同県属、農商務省営林主事、同林務官補、同林務官を歴任[2]、この間、大韓帝国政府に招かれ、朝鮮電気瓦斯、朝鮮軽便鉄道各(株)取締役、朝鮮中央鉄道(株)常務取締役となる[2]

1924年第15回衆議院議員総選挙において熊本1区から無所属で立候補して当選した[3]。のち新正倶楽部に移り、衆議院議員を1期務めた。1928年第16回衆議院議員総選挙には立候補しなかった。1953年死去。

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院『第四十九回帝国議会衆議院議員名簿』〈衆議院公報附録〉、1924年、33頁。
  2. ^ a b c d e 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』275頁。
  3. ^ 『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』77頁。

参考文献[編集]

  • 日本国政調査会編『衆議院名鑑 第1回・1890年~第34回・1976年総選挙』国政出版室、1977年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。