佐藤泰舜

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

佐藤 泰舜(さとう たいしゅん、1890年12月1日 - 1975年2月28日)は、日本の仏教学者駒澤大学教授、東洋大学教授、京城帝国大学教授など歴任。永平寺74世貫首、曹洞宗管長。旧姓は福田。道号は博裔。

来歴[編集]

愛知県新城市生まれ。1903年得度1915年曹洞宗大学林(現駒澤大学)卒業。1919年曹洞宗大学図書館主事。1920年東京帝国大学文学部選科に入学。1923年東京帝大文学部印度哲学科を卒業。同校大学院に入学。研究題目「支那仏教思想の発達」。奈良東大寺に留学。1931年欧州留学。帰国後、駒澤大学教授、東洋大学教授に就任。1934年京城帝国大学助教授を経て教授。終戦により曹洞宗京城別院・曹渓寺の引継ぎなど、戦後処理をして引き揚げた。学界を退き宗務に努めた。1952年永平寺侍局次長、同寺貫首熊澤泰禅随行長、1959年同寺監院、1966年副貫首、1968年貫首及び曹洞宗管長となった。

1975年2月28日遷化、84歳[1][2]

著書[編集]

  • 夢窓疎石「夢中問答」(校訂、岩波文庫、新版刊)
  • 「生活の修証義」(不老閣)
  • 「修証義と生活指導」(昭和仏教全集:教育新潮社)
  • 「禅の修証義」(誠信書房、新版刊)
  • 「支那仏教思想論」など[3]

出典[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ kotobank. “佐藤泰舜(20世紀日本人名事典)”. 2020年3月7日閲覧。
  2. ^ 大本山永平寺諸禅師略伝. “永平寺74世-佐藤泰舜禅師”. 2020年3月7日閲覧。
  3. ^ kotobank. “佐藤泰舜(日本人名大辞典)”. 2020年3月7日閲覧。

 

外部リンク[編集]

先代:
曹洞宗管長
1968年-1975年
次代:
先代:
熊澤泰禅
永平寺 第74世貫首
1968 - 1975
次代:
山田霊林