佐藤晃一 (ドイツ文学者)

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佐藤 晃一(さとう こういち、1914年3月4日 - 1967年7月7日)は、日本ドイツ文学者、元東京大学文学部教授。

人物[編集]

秋田県出身。旧制福岡中学(現福岡県立福岡高等学校)、福岡高等学校 (旧制)を経て、東京帝国大学独文科卒。

その後、兵役に就き、第一高等学校教授、東京大学教養学部助教授から、1948年同大学文学部助教授、1961年教授、1967年主任教授となり日本独文学会理事長となるが、7月7日急逝した。

主としてトーマス・マンを研究した。1942年アドルフ・ヒトラーの『吾が闘争』の翻訳が刊行された際には、木村謹治相良守峯らとともにこれを絶賛し、戦後口を拭ってマンのナチスへの抵抗を礼賛した(池田浩士『ファシズムと文学』)。

著書[編集]

共著[編集]

翻訳[編集]

脚注[編集]