佐藤富十郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
佐藤富十郎
さとう とみじゅうろう
生年月日 1861年11月21日
出生地 日本の旗 日本 陸奥国伊達郡
(現福島県伊達市)
没年月日 (1943-08-16) 1943年8月16日(81歳没)
前職 森林業
所属政党 (立憲国民党→)
(憲政会→)
立憲民政党

選挙区 福島県第10選挙区
当選回数 1回
在任期間 1924年5月 - 1928年1月21日

中村町会議員
テンプレートを表示

佐藤 富十郎(さとう とみじゅうろう、1861年11月21日(文久元年10月19日[1])- 1943年昭和18年)8月16日[2][3])は、明治から昭和前期の養蚕家、林業家、政治家衆議院議員

経歴[編集]

陸奥国伊達郡、のちの福島県[3]伊達郡小手川村[4][5]月舘町を経て現伊達市)で、佐藤長十郎の長男として生まれ[1]、1882年(明治15年)11月に家督を相続した[1]。漢学を修め[2][3][4]、のち早稲田大学校外生として政治経済学を学ぶ[2][3][4]

養蚕について研鑽し[6]、養蚕実修学舎を設立して指導に当たり[6]、また各県に養蚕教師として出張した[2][3][4][6]。長年、森林業に従事し[2][3][4]、東洋木材を設立して社長に就任した[1][3][4][7]

政界では相馬郡中村町会議員に在任[2][3][4]。相馬地方の開発に貢献した[2]。1924年(大正13年)5月、 第15回衆議院議員総選挙(福島県第10区、憲政会公認)では、前2回落選の同情票で有力候補松本孫右衛門を破って当選し[2][8][9]、その後、立憲民政党に所属して衆議院議員に1期在任した[3][4]。この選挙のための資金は浅虫温泉の別荘を売却して調達した[8]

国政選挙歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 『福島誌上県人会』372頁。
  2. ^ a b c d e f g h 『福島県史 第22巻』231-232頁。
  3. ^ a b c d e f g h i 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』319-320頁。
  4. ^ a b c d e f g h 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』198頁。
  5. ^ 『福島県東海岸之人物』32頁。
  6. ^ a b c 『福島県東海岸之人物』33頁。
  7. ^ 『福島県東海岸之人物』35頁。
  8. ^ a b 『新代議士名鑑』118頁。
  9. ^ a b 『衆議院議員総選挙一覧 第15回』20頁。
  10. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 自第7回至第13回』61頁。
  11. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 自第7回至第13回』91頁。
  12. ^ 『衆議院議員総選挙一覧 第14回』17頁。

参考文献[編集]

  • 太田桜洲『福島県東海岸之人物』広文堂、1915年。
  • 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 自第7回至第13回』衆議院事務局、1918年。
  • 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 第14回』衆議院事務局、1924年。
  • 衆議院事務局編『衆議院議員総選挙一覧 第15回』衆議院事務局、1926年。
  • 松沢忠雄編『福島誌上県人会』福島県友会出版部、1923年。
  • 加藤紫泉『新代議士名鑑』国民教育会、1924年。
  • 『総選挙衆議院議員略歴 第1回乃至第20回』衆議院事務局、1940年。
  • 『福島県史 第22巻 (各論編 8 人物)』福島県、1972年。
  • 衆議院・参議院『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。