佐藤三郎 (陸軍軍人)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

佐藤 三郎(さとう さぶろう、1881年5月28日 - 1964年10月5日)は、日本陸軍軍人。最終階級は陸軍中将

経歴[編集]

山形県出身。佐藤丑松の三男として生れる。1902年11月、陸軍士官学校(14期)を卒業、翌年6月、歩兵少尉に任官し歩兵第32連隊付となる。陸軍戸山学校付などを経て、1912年11月、陸軍大学校(24期)を卒業した。

陸士教官、参謀本部員、支那公使館付武官補佐官、参謀本部員、兼陸大教官、参謀本部付(上海駐在)、参謀本部課長、欧州出張、歩兵第46連隊長、第3師団司令部付(済南駐在)などを歴任し、1929年8月、陸軍少将に進級。

支那公使館付武官近衛歩兵第2旅団長などを経て、1933年8月、陸軍中将となった。参謀本部付、第2独立守備隊司令官、参謀本部付などを歴任し、1935年9月、予備役に編入された。その後、北支新民学院副校長、新民会顧問を勤めた。

栄典[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『官報』第1695号「叙任及辞令」1918年3月30日。

参考文献[編集]

  • 秦郁彦編『日本陸海軍総合事典』第2版、東京大学出版会、2005年。
  • 福川秀樹『日本陸軍将官辞典』芙蓉書房出版、2001年。
  • 外山操編『陸海軍将官人事総覧 陸軍篇』芙蓉書房出版、1981年。