佐藤一 (評論家)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

佐藤 一(さとう はじめ、1921年12月10日[1] - 2009年6月17日)は、松川事件の被告の一人で、日本評論家

来歴[編集]

栃木県日光市に生まれる。1936年今市高等小学校卒業、38年5月国際精機設計部に入り、W・R・ゴーハム技師長の指導を受ける。1941年東京芝浦電気・マツダ研究所に入る。43年6月海軍に召集され、通信学校で電探の教育を受けて青森、稚内、樺太に勤務。45年8月復員、東芝に復帰。鶴見工場設計部勤務となり、労働組合役員兼務。1949年松川事件の容疑者とされ第一審で死刑の判決を受けるが、1963年に完全無罪の判決を得る。1965年三宅菊子と結婚。各種冤罪事件の支援活動のかたわら占領史の研究と著作活動を行う[2]

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『著作権台帳』
  2. ^ 『松本清張の陰謀』