佐々町

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Camera-photo Upload.svg 画像提供依頼:佐々町を象徴する史跡・景観・名産などの画像提供をお願いします。2017年5月
さざちょう
佐々町
日本の旗 日本
地方 九州地方
都道府県 長崎県
北松浦郡
団体コード 42391-2
法人番号 3000020423912
面積 32.27 km²
総人口 13,662
推計人口、2017年10月1日)
人口密度 423人/km²
隣接自治体 佐世保市
町の木 (制定なし)
町の花 サザンカ
佐々町役場
町長 古庄剛
所在地 857-0392
長崎県北松浦郡佐々町本田原免168番地2
北緯33度14分18.3秒東経129度39分1.3秒座標: 北緯33度14分18.3秒 東経129度39分1.3秒
佐々町役場
外部リンク 佐々町

佐々町位置図

― 市 / ― 町

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佐々町(さざちょう)は、長崎県の北部、北松浦半島中南西部に位置するである。北松浦郡に属する。

平成の大合併に伴い、隣接していた各町[1]佐世保市へ編入する中、佐々町は単独町制を継続。海岸線以外を佐世保市に囲まれる地勢となった。

地理[編集]

小春橋から佐々川上流方向を望む。写真左側後方に見える山は鷲尾岳。
(2008年12月12日)

南西部の僅かな海岸線を除き佐世保市に囲まれており、佐世保市中心部から北に約15kmの場所に位置する。東西約6.5km、南北約8.0kmを町域とし、東境には韮岳から同町牟田原に連なる山脈があり、西境の盲ヶ原から北境の鷲尾岳まで江里山脈が連なっている。また、この間には、佐々谷と呼ばれる縦谷(佐々川衝上断層)が形成され、国見山(佐世保市世知原町)に源流を発する延長21.5kmに及ぶ県下2番目の長さの佐々川が北東から南西に貫流し、これに沿って平野が拓け、農耕地帯を成形している。
また、東に木場谷、西に志方谷があり、その水は佐々川に合流している。なお、海岸線はきわめて短いが、本町唯一の海の玄関として佐々港がある。

北松炭田地域にあり、昭和40年代までは炭鉱の町として栄えた。
町域を松浦鉄道西九州線および国道204号が通っている事、2011年平成23年)9月には西九州自動車道佐々ICが供用を開始し、佐世保市街への交通の便が良好であることから、近年は佐世保市のベッドタウンとしての性格が強まっている。

  • 山:鷲尾岳、韮岳、大岳、盲ヶ原(めくらがばる)、牟田原(むたばる)
  • 河川:佐々川

気候[編集]

年間平均気温は17度前後、平均湿度は約65%で、年間平均降水量は1,900mm台である。[2]

隣接市町村[編集]

海岸部以外を佐世保市に囲まれている。

地域[編集]

人口[編集]

Demography42391.svg
佐々町と全国の年齢別人口分布(2005年) 佐々町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 佐々町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
佐々町(に相当する地域)の人口の推移
1970年 10,987人
1975年 11,035人
1980年 11,812人
1985年 12,212人
1990年 12,068人
1995年 12,695人
2000年 13,335人
2005年 13,697人
2010年 13,599人
2015年 13,626人
総務省統計局 国勢調査より

地名[編集]

佐々町ではの名称に「佐々」「市瀬」の大字を冠していたが、1953年(昭和28年)4月に大字の表示を廃止した[4][5]
【表記例】
佐々町大字佐々本田原免 → 佐々町本田原免
佐々町大字市瀬市瀬免 → 佐々町市瀬免

土地の表示[編集]

不動産登記における登記簿の表題部「土地の表示」に記載される所在名称(地名)の表記方法は下記のとおり。
以下、×は大字名称、○はの名称、△は小字名称を表す。

  • 1953年3月まで:佐々町大字××○○免字△△(または佐々町××○○免字△△)
  • 現在の表示:佐々町○○免字△△

なお、佐々町の地番区域は「免」である。

町内会[編集]

1943年(昭和18年)に区制を改め「部落」と称し29の部落が設置されていた。1981年(昭和56年)に現行の「町内会」に名称を変更し、2012年(平成24年)4月時点で33の町内会が設置されている[6]
町内会の名称と免の名称は必ずしも一致するとは限らない[7]

範囲 町内会
南部[* 1] 沖田[* 2]、口石、佐々南[* 3]、東町、西町、芳ノ浦、里、新町、四ツ井樋、
水道、浜迎、土手迎、真申、木場、千本[* 4]
北部[* 5] 市瀬、若佐[* 6]、江里、大茂、鴨川、神田、さざん花[* 7]
角山[* 8]、松瀬、北[* 9]、栗林、志方、野寄、里山、古川、中央通
その他 牟田原[* 10]、虹の里[* 11]
  1. ^ 口石小学校校区に相当。
  2. ^ 1978年(昭和53年)、雇用促進住宅の完成に伴い発足。
  3. ^ 読みは「さざなみ」。口石免に所在。
  4. ^ 読みは「せんぼん」。主に「千本団地」と呼ばれる宅地造成区域に該当。
  5. ^ 佐々小学校校区に相当。
  6. ^ 市瀬第2団地の建設に伴い昭和50年代初め頃に発足。市瀬免に所在。
  7. ^ もとはボタ山等の炭鉱関連の土地であったが、宅地造成工事が行われ1984年(昭和59年)に完成し発足。皆瀬免に所在。
  8. ^ 読みは「つのやま」。該当地域である角山免の読みと若干異なる。
  9. ^ 松瀬免の一部地域に該当。
  10. ^ 牟田原地区の範囲は南北に跨がっているため、小学校の校区が居住地によって異なる。
  11. ^ 特別養護老人ホーム「虹の里」地内。施設は八口免に所在。

歴史[編集]

先史・古代[編集]

  • 町内の中山間地域には支石墓[8]古墳[9]が残る。当町域では古来より人々の暮らしの跡が見られる。
  • 古代から近世にかけての令制国下では肥前国松浦郡に属し、現町域の北部に市瀬村(市ノ瀬村、一之瀬村とも)、南部に佐々村の2ヶ村が存在した[10]

中世[編集]

  • 15世紀後半より北松浦半島一帯をめぐる覇権争いが激しくなる。佐々町域においても平戸松浦氏と相神浦松浦氏(宗家松浦氏)との間で合戦が繰り広げられた。とりわけ1563年(永禄6年)の半坂合戦と呼ばれる戦では、佐々にある医王山東光寺の豪僧、伝育の活躍があり、その逸話が今日に伝えられている。

近世[編集]

  • 江戸時代は平戸藩に属した。藩政の一環として干拓事業が行われ、佐々川下流域が埋め立てられる(現在の本田原免、沖田免、小浦免など町域中南部平野部一帯)。この一帯は大新田と呼ばれ、平戸藩有数の水田塩田地帯となった。江戸中期より北松浦半島一帯に石炭の存在が確認され、明治期以降は産炭地として発展していく事となる。
  • 江戸中期、彼杵郡折尾瀬村(現在の佐世保市三川内地区)より陶工が市瀬村へ移り住み、鴨川免にて開窯[11]。江戸後期には尾張国春日井郡瀬戸村(現在の愛知県瀬戸市)の陶工、加藤民吉磁器製法習得のため肥前国に入る。1804年文化元年)末に市瀬村鴨川免の福本家を訪ね、翌年より当地にて2年間修行に励む。その後瀬戸へ帰郷した民吉は、習得した磁器製法で瀬戸焼の再興に貢献した。今日において民吉は瀬戸焼の磁祖と称えられている。
  • 1813年(文化10年)初め、伊能忠敬らの測量隊が佐々入り。平戸往還の一部である佐々村半坂峠(口石免)から市瀬村江里峠(江里免)を通過している。途中、古川免の石田屋平太郎宅にて一泊した旨の記録があり[12]、現在の石田屋宅跡地には「伊能忠敬宿所跡」の石碑が建てられている。

近現代[編集]

明治以降は採炭事業が本格化する。近代技術を取り入れた炭鉱会社が次々と開鉱し、石炭を運搬するための鉄道網が整備される(佐世保軽便鉄道など。後の国鉄松浦線。現在の松浦鉄道西九州線)。昭和中期にかけて北松炭田屈指の産炭地として隆盛を極めるが、エネルギー革命の波に押され、町内に多数存在した炭鉱は昭和44年4月までに全て閉山。最盛期には約2万あった人口が1万を割る寸前まで落ち込み、町は急速に過疎化の一途を辿った。

炭鉱閉山後は農業を主産業とし、耕地整備などの土地改良事業やボタ山の宅地開発、企業誘致、福祉政策に取り組む。また佐世保市中心部への交通アクセスが良好な地勢もあり、人口は平成10年代までに1万3千人に回復している。

昭和[編集]

  • 1960年(昭和35年)2月 - 佐々炭鉱、小浦炭鉱閉山。
  • 1961年(昭和36年)
    • 4月 - 日鉄神田炭鉱閉山。
    • 9月 - 芳の浦炭鉱閉山。
  • 1962年(昭和37年)10月 - 市瀬炭鉱閉山。
  • 1963年(昭和38年)
  • 1964年(昭和39年)
    • 3月 - 里山炭鉱閉山。
    • 4月 - 日窒江里炭鉱、韮山炭鉱閉山。
    • 8月 - 高野炭鉱閉山。
  • 1965年(昭和40年)4月 - 報国炭鉱閉山。
  • 1966年(昭和41年)4月 - 川添炭鉱閉山。
  • 1967年(昭和42年)
    • 7月 - 未曾有の大水害[13]により数十億円の被害。激甚災害に指定。
    • 8月 - 70年来の大旱魃により中山間地域の水稲全滅の被害。
    • このほか年初には大寒波が襲来するなど、極端な気象が目立つ年であった。

平成[編集]

  • 1992年平成4年)7月 - 国土調査事業(地籍調査)町内全域完了。
  • 1994年(平成6年)8月 - 大渇水により町内の平地部で減圧給水。
  • 2002年(平成14年)
    • 7月 - 佐々町・小佐々町任意合併協議会設立。
    • 8月 - 佐々谷四町任意合併協議会設立[14]
    • 9月 - 大雨により低地浸水の被害。
    • 11月 - 佐々町・小佐々町法定合併協議会設置。
  • 2004年(平成16年)9月 - 第17回佐々町・小佐々町合併協議会にて合併後の新町名・合併日が決定[15]
新町名:さざなみ町
合併日:平成17年4月1日
  • 2005年(平成17年)
    • 3月20日 - 福岡県西方沖地震発生。佐々町でも震度4を記録[16]
    • 3月末 - 佐々町・小佐々町法定合併協議会解散。合併は白紙となる。小佐々町は2006年(平成18年)3月31日に佐世保市へ編入し自治体として消滅。
  • 2007年(平成19年)10月 - 西肥自動車佐々バスセンター供用開始。
  • 2009年(平成21年)4月 - 住民発議による「佐世保市・佐々町」法定合併協議会設置の是非を問う住民投票が実施され、反対が過半数となる。この結果、佐々町は単独町制の継続を決定。
  • 2011年(平成23年)9月 - 西九州自動車道佐々インターチェンジ供用開始。
  • 2016年(平成28年)4月 - 熊本地震発生。佐々町では14日夜の地震で震度3[17]を、16日未明の地震で震度3[18](一部の地点で推計最大震度4[19])を記録。

行政区域の変遷[編集]

行政[編集]

町制[編集]

歴代村長・町長[編集]

代位 氏名 就任 退任 在任期間 備考
1 吉福忠誠 1889年7月 1890年9月 1年2ヶ月
2 川内野吉三郎 1890年10月 1898年2月 7年4ヶ月
3 久家竹一郎 1898年3月 1937年12月 39年9ヶ月
4 久家六蔵 1937年12月 1946年11月 8年10ヶ月 1941年、町制施行
5 藤永源市 1947年4月 1947年8月 3ヶ月
6 小野実 1947年10月 1951年10月 3年11ヶ月
7 久家六蔵 1951年10月 1963年4月 11年6ヶ月 名誉町民
8 菊本春夫 1963年4月 1987年4月 24年 名誉町民
9 清原恵一郎 1987年4月 2003年4月 16年
10 大瀬康政 2003年4月 2005年5月 2年 小佐々町との合併問題に伴うリコールにより5月17日辞職
11 関耕二 2005年6月 2009年6月 4年
12 古庄剛 2009年6月 - 在任中

町議会[編集]

  • 佐々町議会 定員 10

町役場[編集]

  • 佐々町役場本庁
    • 1階
      • 住民福祉課 - 住民班、福祉班
      • 保険環境課 - 保険年金班、環境衛生班
      • 水道課 - 上水道班、下水道班
      • 税務課 - 税務班、収納班
      • 出納室 - 出納班
    • 2階
      • 総務課 - 総務班(パスポート窓口)、交通安全班
      • 選挙管理委員会
      • 企画財政課 - 企画班、財政班
      • 産業経済課 - 農政班、商工観光班
      • 建設課 - 総務班、都市計画班、技術担当班
    • 3階
      • 議会事務局
      • 監査
  • 佐々町役場別館
  • 佐々町国民健康保険診療所 - 事務班、医療班
  • 佐々町健康相談センター - 健康づくり班
  • 佐々町総合福祉センター
    • 社会福祉協議会
    • 地域包括支援センター

広域行政[編集]

佐世保地域広域市町村圏組合

消防[編集]

県政[編集]

県議会[編集]

  • 長崎県議会 佐世保市・北松浦郡選挙区 定数9(佐世保市と合わせて)

県の出先機関[編集]

警察[編集]

国政[編集]

衆議院選挙区[編集]

公共施設[編集]

教育・文化[編集]

交流施設[編集]

  • 佐々町公民館・勤労青少年ホーム
  • 佐々町地域交流センター

ホール[編集]

  • 佐々町文化会館

図書館[編集]

  • 佐々町立図書館

スポーツ・レジャー[編集]

  • 佐々町民体育館
  • 北部地区体育館
  • 南部地区体育館
  • 佐々勤労者総合スポーツ施設(通称:サン・ビレッジさざ)
    • 屋内運動場(テニスコート・ゲートボール場)、屋外テニスコート、屋外ゲートボール場、多目的グラウンド
  • 千本運動公園
    • 多目的グラウンド、テニスコート、屋外プール
  • 自修館
    • 弓道場
  • 皿山公園
    • ファミリーランド[20]、陶芸体験館
  • でんでんパーク☆さざ
  • 佐々町農業体験施設(旧称:学童農園)
    • 体験農園各種、温室、宿泊棟、キャンプ場、炊飯場等

金融[編集]

郵便局[編集]

  • 佐々郵便局 - 郵便番号が857-03で始まる地域(佐々町全域)の集配業務を行う
  • 小浦郵便局
  • 佐々松瀬郵便局
  • 芳の浦簡易郵便局

教育[編集]

高等学校[編集]

清峰高等学校

中学校[編集]

町立

小学校[編集]

町立

幼稚園[編集]

町立

  • 佐々幼稚園

保育所[編集]

町立

  • 中央保育所
  • 第2保育所

私立

  • 佐々神田保育園[21]
  • さざなみ保育園

その他専修学校等[編集]

職業能力開発校

交通[編集]

最寄り空港は長崎空港2007年10月1日より新設の佐々バスセンターから直通する特急バス(西肥バス運行)が新たに運行されるようになった。

佐々バスセンター

鉄道路線[編集]

佐々駅

中心駅は佐々駅。

バス路線[編集]

すべて西肥自動車(西肥バス)が運行している(「させぼ号」は西日本鉄道、長崎 - 佐世保間は長崎県交通局と共同運行)。

  • 高速バス
  • 空港特急バス:長崎空港 - 佐々町
  • 一般路線バス
    • 急行:佐世保市(中心部) - 佐々町 - 佐世保市(吉井町・江迎町) - 平戸市(田平町・中心部)
    • 佐世保市(中心部) - 佐々町 - 佐世保市(吉井町・江迎町)

道路[編集]

産業・商業[編集]

明治期から昭和中期にかけて石炭産業で繁栄を極めた時代は、大手企業から個人経営まで多数の炭鉱関連企業が存在した。佐々町内で操業していた著名な企業として日鉄鉱業三菱鉱業住友鉱業、日満鉱業、日窒鉱業日産化学工業がある[22]。郷土誌等によれば、町内に存在した炭鉱として以下の炭鉱名が見える。

  • 市ノ瀬炭鉱(一ノ瀬炭鉱)、江里炭鉱、大茂炭鉱、大岳炭鉱、第二大岳炭鉱、鴨川炭鉱、木田炭鉱、川添炭鉱、神田炭鉱、小浦炭鉱(牧崎炭鉱)、木場山炭鉱(木場炭鉱)、佐々炭鉱、里山炭鉱、椎葉炭鉱、新但馬炭鉱、末永炭鉱、高野炭鉱、南山炭鉱、韮山炭鉱、平原炭鉱、古川炭鉱、報国炭鉱、第二丸尾炭鉱、葭ノ浦炭鉱、芳ノ浦炭鉱(芳野浦炭鉱)、吉丸炭鉱、鷲尾炭鉱、ほか多数。

石炭産業の衰亡後は農業を主産業とし、温潤な自然条件を生かして平野部や中山間地では水稲栽培、イチゴ等の栽培が行われている。また、炭鉱閉山や下水道関連設備の整備による佐々川の水質回復もあり、早春のシロウオ漁や毎年6月1日に解禁されるアユ釣りは佐々町の風物詩のひとつとなっている。

名産品[編集]

  • アユ
  • シロウオ
  • 民吉もなか
  • ふみきり饅頭

主な企業[編集]

  • アリアケジャパン株式会社:九州第2工場、R&Dセンター
  • 株式会社佐々木冷菓
  • 株式会社ジョイモント(山喜グループ傘下)

主な商業施設[編集]

かつて存在した主な商業施設

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

名所旧跡・観光スポット[編集]

  • 伊能忠敬宿所跡
  • 佐々川
    • 河川公園
    • 桜づつみ
  • 佐々町農業体験施設(旧称:学童農園) - 敷地内の高台や付近にある大岳の山頂からは、九十九島平戸諸島のほか、気象条件次第では五島列島の一部を望む事ができる。
  • 皿山公園
    • 市の瀬皿山窯跡(県指定史跡[11]
    • 菖蒲園
  • 狸山支石墓群(県指定史跡[8]
  • 角山古墳[9]
  • 東光寺
  • 鳥屋城跡[24] - 城辻山の山頂敷地内にが残る。(現:佐々デジタルテレビ中継局)
  • 古川岳展望所
    • 古川岳遊歩道 - 一部の登山道では佐々川衝上断層の露頭部分を見ることができる。
  • 北松炭田の遺構 - 町内各地に炭鉱住宅や廃屋、坑口跡等が残る。散策の際は私有地および崩壊・崩落危険箇所への立ち入り注意。
  • 真竹谷広場
  • 三柱神社

祭事・催事[編集]

  • 駅伝大会(町内駅伝・わかあゆ駅伝) - 1月
  • しろうお祭 - 3月上旬
  • ジョギングフェスティバルinさざ - 3月上旬
  • 皿山まつり - 6月上旬
  • 夏まつり・花火大会 - 8月中旬
  • おくんち - 秋頃

佐々町出身の著名人[編集]

佐々町を舞台とした作品[編集]

演劇[編集]

  • 皿山炎上(1988年) - 劇団テアトルハカタにより上演[25]。市瀬皿山での加藤民吉と福本仁左衛門の娘・いとの悲恋を描いた物語。

テレビドラマ[編集]

音楽[編集]

コンピューターゲーム[編集]

その他[編集]

マスメディアでの紹介[編集]

雑記[編集]

  • 佐々町は、市区町村名称に約物(特殊記号)のひとつ「」を用いている数少ない自治体のひとつである[29]

出典・参考文献および媒体[編集]

  • 角川日本地名大辞典 42 長崎県
  • 佐々町郷土史
  • 佐々町郷土誌
  • 町制施行70周年記念 長崎県佐々町町勢要覧 2011 資料編
  • 町制施行70周年記念作品「記憶は未来へ 旅をする ~炭鉱・国鉄松浦線とともに~」(DVD)

脚注[編集]

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  1. ^ a b 市町村変遷パラパラ地図 完全版 長崎県 2001年4月1日
  2. ^ 町の概要 長崎県佐々町
  3. ^ 市町村変遷パラパラ地図 完全版 長崎県 1937年2月11日
  4. ^ 町制施行70周年記念 長崎県佐々町町勢要覧2011 資料編 48頁
  5. ^ 大字(旧村名)としての「市瀬」は消滅したかに思えるが、鷲尾岳の山頂に国土地理院が設置している三角点は「市瀬村」の名称で現存する。詳細は基準点成果等閲覧サービスを参照。
  6. ^ 町制施行70周年記念 長崎県佐々町町勢要覧2011 資料編 5-6頁
  7. ^ 「1免=1町内会」に限らず、小浦免のように1免内に多数の町内会が存在する地域もあれば、皆瀬免の大部分・神田免・八口免の大部分を合わせて神田町内会とするなど、複数の免を合わせて1つの町内会を構成する地域も存在する。1免内に多数の町内会が存在する地域では、免の下位に付随する小字など古来より呼称される地名を町内会の名称に採用している場合が多い。また、宅地造成等の関係で新たに発足した町内会も一部存在する。
  8. ^ a b 佐々町狸山支石墓群 長崎県の文化財
  9. ^ a b 角山古墳 伝統と歴史/佐々町教育委員会
  10. ^ 旧高旧領取調帳による。現町域には他に古川村、志方村、木場村、神田村、江里村などが存在したとされるが、いずれも幕末までに佐々村や市瀬村の一部に含まれたものとみられる。
  11. ^ a b 市瀬窯跡 長崎県の文化財
  12. ^ 平戸街道 長崎街道・伊能忠敬測量による長崎県内の主な街道
  13. ^ 1967年(昭和42年)7月 佐世保の大雨 長崎地方気象台
  14. ^ 佐々町のほか小佐々町世知原町吉井町佐々川沿岸4自治体。11月に「佐々町・小佐々町法定合併協議会」設置により、事実上の解散となった。
    なお、世知原町と吉井町は2005年(平成17年)4月1日に佐世保市へ編入し、自治体として消滅した。
  15. ^ ◆佐々町・小佐々町合併協議会◆ 国立国会図書館インターネット資料収集保存事業
  16. ^ 2005年3月20日の福岡県西方沖の地震 福岡管区気象台
  17. ^ 地震情報 2016年4月14日21時26分頃発生 熊本県熊本地方 M6.5 最大震度7 日本気象協会
  18. ^ 地震情報 2016年4月16日1時25分頃発生 熊本県熊本地方 M7.3 最大震度7 日本気象協会
  19. ^ 推計震度分布図気象庁
  20. ^ 皿山公園 公共施設紹介/長崎県佐々町
    ※2017年6月現在、一部の遊具が老朽化により使用禁止となっている。
  21. ^ もともと町立第3保育所であったが、2011年(平成23年)4月に民営化された。
  22. ^ 九州及山口県主要炭鉱案内 国立国会図書館デジタルコレクション
  23. ^ 1989年、プールや健康ランド等を併設した複合商業施設として開業。2000年代初め頃までは、8月開催の夏まつり(佐々町主催)の際にメイン会場のひとつとして敷地内を開放していた。親会社の経営破綻を経て2003年にイオングループ傘下となり店舗名称を変更。マックスバリュとなった現在でも、開業当初から店名変更までの十数年間を知る近隣住民や地元出身者からは「西海ハロー」または単に「ハロー」の愛称で親しまれている。
  24. ^ 鳥屋城跡 伝統と歴史/佐々町教育委員会
  25. ^ 現代演劇上映記録 詳細情報 早稲田大学演劇博物館
    ※上記リンク先の場所よみ欄に記載の読み仮名は誤りで、正しくは「さざちょうぶんかかいかん」である。
  26. ^ 佐田玲子オフィシャルサイト Reiko Land”. 佐田玲子が長崎県・佐々町の応援大使に就任!. 2017年5月18日閲覧。
  27. ^ 増田順一 (2004年9月9日). “第15回” (日本語). 増田部長のめざめるパワー. 株式会社ゲームフリーク. 2017年4月1日閲覧。
  28. ^ ゲームボーイアドバンス版ルビー・サファイア ホウエン地方マップ
  29. ^ 佐々町のほか、石川県野々市市千葉県印旛郡酒々井町の3市町が該当。(2017年4月1日時点)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]