佐々木敢一

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佐々木 敢一
生誕 1934年4月28日
出身地 日本の旗 日本宮城県
死没 (2012-09-17) 2012年9月17日(78歳没)
ジャンル ハワイアン
ムード歌謡
職業 歌手
ウクレレ奏者
担当楽器
ウクレレ
活動期間 1955年 - 2012年
共同作業者 和田弘とマヒナスターズ
佐々木敢一とアロハ・スターズ

佐々木 敢一(ささき かんいち、1934年昭和9年)4月28日2012年平成24年)9月17日[1])は、日本歌手ウクレレ奏者。独特のファルセット(裏声)が特徴であった。

経歴[編集]

宮城県出身。

1955年(昭和30年)に和田弘とマヒナスターズのメンバーになり、ウクレレコーラスを担当。

1967年(昭和42年)のマヒナの東芝移籍の際に山田競生と共に残留し、マハロ・エコーズを結成したが後に解散しマヒナ復帰した。同年6月にハワイアン歌謡「早くキスして」を渚ゆう子とデュエットした。

2002年平成14年)にマヒナが分裂(解散)した。2004年(平成16年)の和田弘急死後、松平直樹と共にマヒナスターズとして活動を再開した。また、自身のハワイアングループである佐々木敢一とアロハ・スターズとしても活動していた。

2012年平成24年)9月17日、死去[1]。78歳没。没後に日本レコード大賞特別功労賞が贈られた[2]

脚注[編集]