佐々木宗氏

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佐々木宗氏
時代 鎌倉時代後期
生誕 文永5年(1268年)頃
死没 元徳元年7月16日[1]1329年8月11日
改名 宗信(初名)[2]→宗氏→賢観(号)[2]
別名 京極宗氏、通称:三郎[1]、三郎左衛門尉[3]、佐渡判官[3]
戒名 賢観道法光明院[2]
墓所 滋賀県米原市徳源院
官位 従五位下[3]検非違使[3]左衛門尉[1]佐渡[1]
幕府 鎌倉幕府
主君 久明親王守邦親王
氏族 近江源氏佐々木氏京極氏
父母 父:佐々木満信
兄弟 宗氏黒田宗満[3]
佐々木宗綱
池田定信[1][2]鏡貞氏[1][3]
高氏(道誉)[1][3]高屋貞満[2]
岩山秀信[2]鞍智時満[2]経氏[2]

佐々木 宗氏(ささき むねうじ)は、鎌倉時代後期の武士御家人佐々木氏支流京極氏4代当主。京極宗氏とも。

略歴[編集]

鎌倉幕府の有力御家人・佐々木満信の嫡男として誕生[1][3]嘉元2年(1304年)に3代当主であった従兄・貞宗が嗣子を残さずに死去したため、後を継ぐ。元徳元年(1329年)、死去。享年61。

家督は子・高氏が継いだ。

和歌を好み続千載和歌集新千載和歌集に入集している。

脚注[編集]

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出典[編集]

史料[編集]