佐々木則夫 (実業家)

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ささき のりお
佐々木 則夫
Norio Sasaki cropped 2 Norio Sasaki and Shinzo Abe 20131212.jpg
生誕 (1949-06-01) 1949年6月1日(68歳)
日本の旗 東京都
国籍 日本の旗 日本
出身校 早稲田大学理工学部卒業
職業 実業家

佐々木 則夫(ささき のりお、1949年6月1日 - )は、日本実業家

株式会社東芝取締役代表執行役社長内閣府経済財政諮問会議議員、株式会社東芝取締役副会長、一般社団法人日本経済団体連合会副会長などを歴任した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

1949年6月1日、東京都に生まれる。1972年3月、早稲田大学理工学部機械工学科卒業。1972年東京芝浦電気株式会社(現株式会社東芝)に入社する。

実業家として[編集]

原子力発電事業のエキスパートとして活動、原子力関連事業を東芝の主力事業に押し上げたキーパーソンと言われる。東芝の社内カンパニーのひとつである「電力システム社」の「社長」時代に、アメリカ合衆国総合電機メーカーであったウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニーの買収事案に携わる。2008年6月に代表執行役副社長に就任。

2009年6月に、西田厚聰の後任として同社の代表執行役社長に就任。この頃より、第2次安倍政権にて要職を歴任している。内閣総理大臣安倍晋三より依頼され、社長在任中の2013年1月から経済財政諮問会議議員を務めた[1]2013年6月、東芝副会長、および、日本経済団体連合会副会長に就任する。2014年9月、第2次安倍政権の下で発足した日本経済再生本部にて、産業競争力会議の議員に就任。株式会社東芝から2012年は1億1500万円、2013年には1億400万円の役員報酬をそれぞれ受け取った[2]

次期経団連会長候補とも目されていたが、2015年に発覚した不適切会計問題をめぐって佐々木も業績改善を社内に要請していたと報じられ、副会長を引責辞任する意向と7月上旬に伝えられた[3]。また、不適切会計をめぐる報道の中で、前任社長である西田と佐々木に確執があり、それが業績改善の圧力につながったという指摘もなされている[4]。7月21日、前任社長の西田、後任社長の田中久雄他の取締役7人とともに辞任が発表された[5]

人物[編集]

2011年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故について、菅直人首相から「行政がやれることはすべてやるので、しっかりと対応してほしい」との要請を受けた。これに対して佐々木は「やれることはすべてやる」と応え、東芝が全面協力することを約束した。すぐさま750名の専門家チームを結成し対応に当たった。必要に応じて現場にも技術者を派遣している。

主な役職[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]