伊達紋別駅

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伊達紋別駅
駅舎(2005年7月)
駅舎(2005年7月)
だてもんべつ
Datemombetsu
H39 長和 (3.0km)
(2.9km) 北舟岡 H37
所在地 北海道伊達市山下町8-2
駅番号 H38
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 室蘭本線
キロ程 54.5km(長万部起点)
電報略号 タテ
駅構造 地上駅
ホーム 2面3線
開業年月日 1925年大正14年)8月20日
備考 社員配置駅
みどりの窓口
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伊達紋別駅
だてもんべつ
Datemombetsu
(5.1km) 上長和
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 胆振線
キロ程 0.0km(伊達紋別起点)
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線(胆振線ホーム・旧0番線)
開業年月日 1940年昭和15年)12月15日
廃止年月日 1986年(昭和61年)11月1日
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伊達紋別駅(だてもんべつえき)は北海道伊達市山下町にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線である。駅番号H38電報略号タテ事務管コードは▲130307[1]

概要[編集]

伊達市の代表駅であり、1925年大正14年)8月20日、国有鉄道長輪東線(現在の室蘭本線)の駅として開設された。1940年昭和15年)12月15日胆振縦貫鉄道(後の胆振線)が開業し、同線との分岐駅となった。1986年(昭和61年)11月1日に胆振線が廃止された後は、室蘭本線の単独駅となっている。駅名は当駅の所在する地名が由来であり、伊達の名は伊達成実の後裔である亘理伊達氏当主・伊達邦成とその家臣団が1870年明治3年)に入植したことから付けられた。1900年(明治33年)に伊達村となる前の地名は紋鼈(もんべつ)であり、字を紋別と変えて伊達と併せ駅名に採用した[2]

利用可能な優等列車[編集]

特急「北斗」・「スーパー北斗」が、すべて当駅に停車する。

歴史[編集]

1976年の伊達紋別駅と周囲約1.5 km×1 km範囲。右が東室蘭方面。左は上へ右側が胆振線京極方面、その左側が室蘭本線長万部方面、駅裏から左上端に見える北海道糖業道南製糖所への専用線。駅舎側ホームは左側に胆振線、右側に貨物ホームへの貨物線が引きこまれて、両側で切欠き状になっており、胆振線ホームには2両のディーゼルカーの姿が見える。その左手駅表には胆振線用の転車台と小型の矩形車庫が残されている。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

駅構造[編集]

単式ホーム島式ホーム複合型の2面3線を有する地上駅。互いのホームは中央部分に位置する跨線橋で連絡している。他の駅とは異なり、3番線側に改札口がある。

社員配置駅で、みどりの窓口(営業時間:7時00分 - 19時30分)を設置している。駅舎は開業時のものを手直しして利用しており、外観は白壁、こげ茶色の柱、梁を有し、天井は大型枡格天井となっている駅スタンプも設置している[7]

伊達市は当駅の西側にある老朽化した階段式人道橋の架け替えに伴い、当駅ホームへの連絡通路を兼ねた歩行者用の陸橋(自由通路)を建設することを北海道旅客鉄道(JR北海道)に提案[8]。JR側もこれを承諾して2015年(平成27年)11月に着工し、2018年(平成30年)3月28日に開通した。駅舎がある山下地区と海側の西浜地区を結ぶ市道であり、長さ40.4 m、幅3 mの跨線橋となっている。従来の陸橋より駅寄りにあり、駅舎がある山下地区に北棟、海側の西浜地区に南棟を配置し、自転車と一緒に搭乗可能なエレベーターをそれぞれ1基ずつ設置している。また、高齢住民が津波などの一時避難場所として使用することを想定しており、防犯カメラも設置している[6]

ホーム連絡通路は長さ26.8 m、幅2 m。南北のホームにエレベーターを設置することで駅のバリアフリー化を実現した。北棟のエレベーターはホーム連絡通路との共用で、一般歩行者と列車乗降客が交互に使う方式を北海道内で初めて採用しており、ホーム連絡通路と自由通路の2方向に扉が開く仕組みになっている[6]

のりば
1 室蘭本線 長万部函館方面
2 室蘭本線 洞爺長万部方面
3 室蘭本線 東室蘭苫小牧札幌方面

1番のりば長万部方先端部(駅舎横)に残る切欠きホームの跡(旧0番のりば)が胆振線の名残である[9]。旧胆振線の一部の線路、機関庫は保線車両の留置線の一部に転用されている。

かつては島式ホームの外側(海側)に貨物用などの多数の側線(1983年度(昭和58年)時点で6本[2])、長万部方に延びる1本の専用線、また駅舎側にも岩見沢方から分岐し駅舎側ホーム南側部分に存在する切欠きホームへと至る2本の貨物側線[2]を有した。これらは1993年(平成5年)時点で上記保線車両留置線及び安全側線を除き撤去されている。

利用状況[編集]

「伊達市統計書」によると、2014年(平成26年)度の1日平均乗降人員は1,146人であった[10]

近年の推移は下記の通りである。

年度 1日平均
乗降人員
出典
1981年(昭和56年) 2,027 [2]
1992年(平成04年) 2,810 [9]
2009年(平成21年) 1,360 [10]
2010年(平成22年) 1,360
2011年(平成23年) 1,340
2012年(平成24年) 1,322
2013年(平成25年) 1,160
2014年(平成26年) 1,146

駅周辺[編集]

伊達市中心部への玄関口であり、伊達漁港、イオン伊達店、伊達市役所、伊達赤十字病院伊達赤十字看護専門学校総合公園だて歴史の杜北海道伊達高等学校などの最寄駅になっている。

  • 伊達警察署駅前交番
  • 伊達駅前郵便局
  • ビジネスホテルキャッスル
  • ウロコ山下店
  • ステーションホテルサンガ

路線バス[編集]

かつてはジェイ・アール北海道バス(JR北海道バス)が伊達線を運行していたが、1996年(平成8年)に撤退して道南バスに路線を移譲した。駅前には「伊達駅前」バス停留所があり、伊達市内線、室蘭方面、壮瞥・大滝・倶知安方面(旧胆振線バス代行路線)、洞爺湖温泉や豊浦方面への郊外線、札幌方面への都市間高速バスが発着している。

隣の駅[編集]

北海道旅客鉄道(JR北海道)
室蘭本線
長和駅 (H39) - 伊達紋別駅 (H38) - 北舟岡駅 (H37)

かつて存在した路線[編集]

日本国有鉄道(国鉄)
胆振線
伊達紋別駅 - 上長和駅

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 昭和39年版-58年版全国専用線一覧では作業距離1.8 km、総延長4.8 km。

出典[編集]

  1. ^ 日本国有鉄道旅客局(1984)『鉄道・航路旅客運賃・料金算出表 昭和59年4月20日現行』。
  2. ^ a b c d 書籍『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』(小学館1983年7月発行)75ページより。
  3. ^ 31日廃止の富内、胆振線”. フォト北海道(道新写真データベース). 北海道新聞社 (1986年10月31日). 2018年4月2日閲覧。
  4. ^ “駅番号表示(駅ナンバリング)を実施します” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2007年9月12日), オリジナル2017年8月31日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20170831132458/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2007/070912-3.pdf 2018年4月2日閲覧。 
  5. ^ “平成26年8月ダイヤ改正について” (PDF) (プレスリリース), 北海道旅客鉄道, (2014年7月4日), オリジナル2017年9月11日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20170911161507/http://www.jrhokkaido.co.jp/press/2014/140704-1.pdf 2018年4月2日閲覧。 
  6. ^ a b c 野村英史 (2018年3月29日). “南北を結び利便性向上、伊達紋別駅の自由通路が開通” (日本語). 室蘭民報. 室蘭民報ニュース (室蘭民報社). オリジナル2018年3月30日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180330081708/http://www.muromin.co.jp/murominn-web/back/2018/03/29/20180329m_07.html 2018年3月30日閲覧。 
  7. ^ 書籍『北海道鉄道駅大図鑑』(著:本久公洋、北海道新聞社、2008年8月発行)137ページより。
  8. ^ “伊達紋別駅を南北に結ぶ自由通路の橋桁架設”. 室蘭民報 (室蘭民報社). (2017年1月19日). http://www.muromin.co.jp/murominn-web/back/2017/01/19/20170119m_06.html 2018年4月2日閲覧。 
  9. ^ a b 書籍『JR・私鉄全線各駅停車1 北海道630駅』(小学館1993年6月発行)83ページより。
  10. ^ a b 第8章 運輸・通信 (PDF)”. 2015年版伊達市統計書. 伊達市. p. 76 (2015年). 2017年2月1日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]