伊藤謙司郎
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| 基本情報 | ||||
| フルネーム | Kenshirō Itō | |||
| 誕生日 | 1990年1月8日(29歳) | |||
| 出身地 |
北海道上川郡下川町 | |||
| 身長 | 180 cm | |||
| 選手情報 | ||||
| クラブ | 雪印メグミルク | |||
| 使用メーカー | スラットナー | |||
| ワールドカップ | ||||
| シーズン | 2006 - | |||
| 優勝回数 | 0 | |||
| 他の表彰台 | 0 | |||
| 表彰台獲得数 | 0 | |||
| 最終更新日:2016年12月10日 | ||||
伊藤 謙司郎(いとう けんしろう、1990年1月8日 - )は、北海道下川町出身のスキージャンプ選手。雪印メグミルクスキー部所属。
プロフィール[編集]
スキージャンプの指導に力を入れている下川町に生まれ、元ジャンパーの父伊藤敏光に影響を受け5歳からジャンプを始めた。下川町立下川小学校、下川町立下川中学校、下川商業高校を経て2008年から土屋ホームに所属していたが、業績悪化による支援の縮小のため、木下監督、伊東大貴と共に10月限りで退社、12月いっぱいまで支援を受けた後、木下監督、伊東とともに2009年1月1日からはサッポロスキッドに名義を借りている状態である(大会に出場するための暫定的な措置で、山田いずみ、渡瀬あゆみもサッポロスキッドの名義を借りていたことがある)。2月6日には木下監督、伊東と共に携帯ショッピングサイトを手がけるモバイルコンビニの支援を受けることが発表された。2009年4月1日付で伊東と共に雪印乳業(現在の雪印メグミルク)に入社した[1]。
小学生の頃から数々の大会で優勝し将来を嘱望された。2000年夏、当時史上最年少の小学5年生にして初めて大倉山ジャンプ競技場を飛んだ。この記録は2007年8月4日に下川小学校4年の伊藤将充が飛ぶまで破られなかった。
下川商業高校1年時のトリノオリンピックでジャンプ史上最年少の日本代表選手に選出された(出場は無し)。
2007年ノルディックスキー世界選手権札幌大会では個人ノーマルヒルに出場して37位。トリノオリンピック以降は不振が響き、2010年バンクーバーオリンピックの出場を逃した。
2015年5月5日1歳年上の一般女性と結婚した。
主な成績[編集]
- 2006/07シーズン
- スキージャンプ・ワールドカップ オーベルストドルフ(ジャンプ週間の第1戦)26位
- スキージャンプ・コンチネンタルカップ ロバニエミ大会 優勝
- インターハイ優勝
- ノルディックスキー世界選手権 個人戦 札幌宮の森 37位
- ノルディックスキージュニア世界選手権タルビジオ大会 個人戦12位、団体戦2位
脚注[編集]
- ^ “伊藤謙司郎選手プロフィール”. ジャンプ雪印メグミルク. 雪印メグミルク. 2015年3月23日閲覧。
外部リンク[編集]
- 伊藤謙司郎オフィシャルサイト
- 伊藤謙司郎 - 国際スキー連盟のプロフィール (英語)