伊藤正美

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
伊藤 正美
生誕 1911年明治44年)
日本の旗 日本
死没 1984年昭和59年)
職業 紙芝居作者、漫画原作者
代表作ハカバキタロー
テンプレートを表示

伊藤 正美(いとう まさみ、1911年明治44年) - 1984年昭和59年)12月)は、日本の紙芝居作者、漫画原作者。

来歴[編集]

兵庫県神戸市出身。関西大学英文科を卒業後、川崎造船所に入社。1932年(昭和7年)、サンデー毎日の短編懸賞小説に応募し佳作となる。それを機に退職して友人と上京するも、作家の仕事は乏しく、富士会(紙芝居の製作所)に所属して紙芝居作者(紙芝居の脚本家)となる。1933年(昭和8年)に民話の『子育て幽霊』を脚色した『ハカバキタロー(墓場奇太郎)』の物語を考案し、辰巳恵洋(ケイ・タジミ)が絵を担当して人気の紙芝居となる。後年、水木しげるが伊藤の承諾を得て、『ハカバキタロー(墓場奇太郎)』を基に紙芝居『墓場の鬼太郎』を描き、のちのゲゲゲの鬼太郎の原型となった。戦後の1946年(昭和21年)、画劇文化社に辰巳恵洋と共に参加し、経営にも関与した。

主な作品[編集]

  • ハカバキタロー

関連項目[編集]