伊藤正康

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伊藤 正康
生誕 1923年
死没 2009年6月11日
所属組織 War flag of the Imperial Japanese Army.svg 大日本帝国陸軍
Flag of the Japan Self-Defense Forces.svg 陸上自衛隊
軍歴 1954 - 1979
最終階級 陸将
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伊藤 正康(いとう まさやす、1923年 - 2009年6月11日)は、日本の陸軍軍人陸上自衛官作曲家

略歴[編集]

陸軍士官学校56期、歩兵第17連隊に所属しフィリピンを転戦。終戦時陸軍大尉。第二次世界大戦後、戦犯死刑囚としてフィリピンのモンテンルパにある刑務所に収容された。1951年、自身と同じ死刑判決をうけた日本兵が処刑されたのを契機に、同僚たちを勇気付けるため、伊藤と同じく死刑囚となっていた代田銀太郎が作詞した「ああモンテンルパの夜は更けて」に曲をつけた。この歌は1952年に当時の日本を代表する歌手であった渡辺はま子が歌い、空前の大ヒットとなった。渡辺はこの年の暮れに収容所を慰問。100人以上の日本兵の前で「モンテルンパの夜は更けて」を涙ながらに熱唱したという。この歌がきっかけとなって、フィリピンのキリノ大統領による日本人戦犯の特赦、釈放が行われたともいわれ、結果的に伊藤は多くの日本人戦犯の命を救った。伊藤も1953年に赦免をうけ復員した。

復員後は陸上自衛隊幹部自衛官となり東部方面総監部幕僚長兼市ヶ谷駐屯地司令、第6師団長、陸上自衛隊富士学校長などを歴任した。2009年6月11日、心不全のため死去(享年86)。