伊藤優

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伊藤 優
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 長野県松本市
生年月日 (1963-07-15) 1963年7月15日(55歳)
身長
体重
182 cm
76 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1984年 ドラフト6位
初出場 1986年4月13日
最終出場 1990年8月19日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

伊藤 優(いとう まさる、1963年7月15日 - )は、長野県[1] 出身の元プロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

南松ファイタース(リトルリーグ)、松本南シニアで投手として活躍。当時は右バッターであった。松本市立鎌田小学校ではソフトボールクラブ、鎌田中学校では軟式テニス部に所属していた。

武蔵工業大学付属信州工業高等学校(現:東京都市大学塩尻高等学校)から東芝府中へ入団[1]。東芝府中ではエースとして1983年の日本選手権に出場[1]。社会人通算34勝17敗[1]

1984年ドラフト6位でロッテオリオンズから指名を受け、翌1985年シーズン終了後に入団[1]。カーブと直球を主体とした投球で佐藤政夫と共に貴重な左腕中継ぎ要員として、またローテーションの谷間には先発もこなした。しかし、登板過多による左肩の故障のため1987年以降は成績は低迷、1991年オフに戦力外通告を受け現役引退[1]

その後、巨人で打撃投手を務め、2001年オフに退団した[1]

選手としての特徴[編集]

1984年ドラフト指名時の評価は「荒れ球が決まれば、関東・社会人№1サウスポー」といわれた。1986年、入団時のキャンプでは稲尾監督から「腕のしなりが非常に良いフォームだ」と高評価を受けていた。球種はストレート、シュート、カーブ、スライダー、シンカー。ストレートは139キロ程度。決め球はタテに大きく割れるカーブで、内角胸元を突く制球力が武器だった。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1986 ロッテ 52 4 1 1 0 2 1 0 -- .667 303 72.2 56 6 34 2 1 50 0 0 27 24 2.97 1.24
1987 15 4 1 0 0 1 4 0 -- .200 175 42.0 38 5 16 0 4 20 2 1 18 18 3.86 1.29
1988 32 4 0 0 0 0 2 0 -- .000 186 38.0 52 8 22 0 2 33 2 0 38 34 8.05 1.95
1989 3 1 0 0 0 0 0 0 -- ---- 24 3.2 6 0 8 0 0 0 0 0 7 7 17.18 3.82
1990 11 3 0 0 0 0 2 0 -- .000 64 13.2 17 2 5 0 1 7 0 0 12 8 5.27 1.61
通算:5年 113 16 2 1 0 3 9 0 -- .250 752 170.0 169 21 85 2 8 110 4 1 102 91 4.82 1.49

記録[編集]

  • 初登板:1986年4月13日、日本ハム戦(後楽園) 7回1死より登板、1回2/3を無失点 被安打0 奪三振1 四死球0
  • 初勝利:1986年9月14日、南海戦(川崎) 5回1/3を1失点 被安打5 奪三振4 四死球2
  • 初完投・初完封:1986年10月16日、南海戦(川崎) 被安打5 奪三振6 四死球2

背番号[編集]

  • 46 (1986年 - 1991年)
  • 111 (1992年 - 2001年)

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、56ページ

関連項目[編集]