伊藤三樹三

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伊藤 三樹三(いとう みきぞう、1888年明治21年)3月 - 1961年昭和36年)1月29日[1])は、山口県出身の政治家衆議院議員山口県会議長、徳地町長などを務めた。

経歴[編集]

1888年(明治21年)3月山口県に生まれる。1907年(明治40年)広島市の修道中学校(現修道中学校・修道高等学校)卒業。柚野村長、佐波郡会議長、山口県会議員、山口県会副議長、山口県会議長、徳地町長を歴任した。1942年(昭和17年)4月30日の第21回衆議院議員総選挙に山口県2区から立候補し当選。衆議院議員を一期務めた[2]

戦後は公職追放となった[3]

脚注[編集]

  1. ^ 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年、47頁。
  2. ^ 衆議院「議会制度七十年史:衆議院議員名鑑」37頁 大蔵省印刷局1962年
  3. ^ 公職追放の該当事項は「推薦議員」。(総理庁官房監査課編 『公職追放に関する覚書該当者名簿』 日比谷政経会、1949年、183頁。NDLJP:1276156 

関連項目[編集]