伊川津町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
日本 > 愛知県 > 田原市 > 伊川津町
伊川津町
南側の大山から望む伊川津町と周辺の街並み
南側の大山から望む伊川津町と周辺の街並み
伊川津町の位置(愛知県内)
伊川津町
伊川津町
伊川津町の位置
北緯34度37分15.02秒 東経137度8分43.4秒 / 北緯34.6208389度 東経137.145389度 / 34.6208389; 137.145389
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Aichi Prefecture.svg 愛知県
市町村 Flag of Tahara, Aichi.svg 田原市
町名制定 2005年平成17年)10月1日
面積
 • 合計 4.94811km2
人口
2015年(平成27年)10月1日現在)[2]
 • 合計 595人
 • 密度 120/km2
等時帯 UTC+9 (日本標準時)
郵便番号
441-3604[3]
市外局番 0531(田原MA[4]
ナンバープレート 豊橋

伊川津町(いかわづちょう)は、愛知県田原市地名

地理[編集]

渥美町北東部に位置する[5]。東は江比間町、西は石神町、北は三河湾に接する[5]。露地野菜および温室作物の生産、ノリ養殖・アサリ採取が盛んな農漁業地域である[5]

字一覧[編集]

  • 現行字についての五十音順で配列している(ただし、現行字に存在しないものは末尾にまとめて掲げた)。読みはYahoo地図による[6]。明治15年当時の字は『愛知県地名収攬』463-464頁(伊川津村)による。
現行字 明治15年当時
伊井新田(いいしんでん) 伊井新田(いいしんでん)
池下(いけした) 池下(いけした)
泉(いずみ) 泉(いづみ)
上地(うえじ) 上地(うえじ)
大島(おおしま)
大歳(おおとし) 大歳(ををとし)
大ノ内(おおのうち) 大之内(ををのうち)
鸚鵡石(おおむせき)
大薮(おおやぶ) 大藪(ををやぶ)
沖田(おきだ) 沖田(をきだ)
御屋敷(おやしき) 御屋敷(をやしき)
貝ノ浜(かいのはま) 貝之浜(かいのはま)
角田(かどた) 角田(かどた)
川坂(かわさか) 川坂(かわさか)
倉ケ脇(くらがわき) 倉ケ脇(くらがわき)
郷中(ごうちゅう) 郷中(ごをちう)
五反田(ごたんだ) 五反田(ごたんだ)
五郎丸(ごろうまる) 五郎丸(ごろまあり)
小割(こわり) 小割(こわり)
作兵衛(さくべい) 作兵衛(さくべい)
寒ケ岡(さむさがおか) 寒サケ岡(さむさがをか)
沢(さわ)
下地(しもじ)
上ノ下(じょうのした) 上之下(しやうのした)
新田(しんでん) 新田(しんでん)
砂地(すなじ) 砂地(すなじ)
大本(だいほん) 大本(だいほん)
月ノ木(つきのき) 月之木(つきのき)
手洗(てあらい) 手洗(てあらい)
鳥ノ子(とりのこ) 鳥之子(とりのこ)
中島(なかじま)
椛(なぐさ) 椛(なぐさ)
西上地(にしうえじ) 西上地(にしうえじ)
林(はやし) 林(はやし)
原(はら) 原(はら)
稗田(ひえだ)
東上地(ひがしうえじ) 東上地(ひがしうえじ)
東砂地(ひがしすなじ)
仙田(ひじりだ) 仙田(ひしりだ)
宝金(ほうきん) 宝金(ほをきん)
細田(ほそだ) 細田(ほそだ)
前田(まえだ) 前田(まえだ)
峰栗(みねくり) 峯栗(みねくり)
向海道(むかいかいどう)
山口(やまぐち) 山口(やまぐち)
横津(よこづ) 横津(よこを)
横津新田(よこづしんでん)
横浜(よこはま)
四ツ道(よっつみち) 四ツ道(よつみち)
米太夫(よねだゆう) 米太夫(よねだゆう)
欠ノ山(かけのやま)
鳫(がん)
下宝金(しもほをきん)
瀬戸畑(せどばた)
膳棚(ぜんだな)
天王原(てんのをはら)
仲田(なかだ)
仲溝(なかのみぞを)
中原(なかはら)
西前田(にしまえだ)
西向海道(にしむこをがいとを)
乗越(のりこへ)
浜新田(はましんてん)
八人作(はりにんさ)
東原(ひがしはら)
東向海道(ひがしむこをがいとを)
廣畑(ひろばた)
向山口(むかへやまぐち)

歴史[編集]

地名の由来[編集]

沿革[編集]

史跡[編集]

字伊井新田地内に所在する[9]古墳時代の遺跡であり、貝塚のほか製塩遺跡を含む[9]1949年(昭和24年)および1967年(昭和42年)に発掘調査が実施され、渥美式製塩土器などが出土している[9]

世帯数と人口[編集]

2015年(平成27年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

町丁 世帯数 人口
伊川津町 176世帯 595人

人口の変遷[編集]

国勢調査による人口の推移

2005年(平成17年) 705人 [10]
2010年(平成22年) 630人 [11]
2015年(平成27年) 595人 [2]

学区[編集]

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12]。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる[13]

番・番地等 小学校 中学校 高等学校
全域 田原市立泉小学校 田原市立泉中学校 三河学区

交通[編集]

市道土田伊川津線(渥美農免道路)のあつみ大山トンネル北口

施設[編集]

山号は神護山[9]十一面観世音菩薩を本尊としている[9]文徳天皇の皇子がここに居住したと伝えられる[9]
文徳天皇の皇子が居住したとされる平安時代初期の創建であるとされる[8]

その他[編集]

日本郵便[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 愛知県田原市の町丁・字一覧” (日本語). 人口統計ラボ. 2016年11月14日閲覧。
  2. ^ a b c 総務省統計局 (2017年1月27日). “平成27年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 2019年3月23日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2019年6月10日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2019年6月10日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 1853.
  6. ^ Yahoo!地図 愛知県田原市伊川津町” (日本語). Yahoo!Japan. 2016年12月26日閲覧。
  7. ^ a b c d e f 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 130.
  8. ^ a b c d e f 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 1989, p. 131.
  9. ^ a b c d e f g 平凡社地方資料センター 1981, p. 1095.
  10. ^ 総務省統計局 (2014年6月27日). “平成17年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 2019年3月23日閲覧。
  11. ^ 総務省統計局 (2012年1月20日). “平成22年国勢調査の調査結果(e-Stat) - 男女別人口及び世帯数 -町丁・字等” (日本語). 2019年3月23日閲覧。
  12. ^ 小中学校の通学区域”. 田原市 (2019年4月18日). 2019年6月17日閲覧。
  13. ^ 平成29年度以降の愛知県公立高等学校(全日制課程)入学者選抜における通学区域並びに群及びグループ分け案について”. 愛知県教育委員会 (2015年2月16日). 2019年1月14日閲覧。
  14. ^ 田原市 (2008)、30頁
  15. ^ シデコブシ自生地(椛、伊川津、藤七原、黒河)”. 愛知県. 2016年11月16日閲覧。
  16. ^ 郵便番号簿 2018年度版 (PDF)” (日本語). 日本郵便. 2019年6月10日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『地名学選書 愛知県地名集覧(原題)明治十五年愛知県郡町村字名調』1932年愛知県教育会刊、日本地名学研究所(1969年5月30日)復刻、463頁。明治15年3月2日、渥美郡長松井讓報告による。
  • 『日本歴史地名大系 第23巻 愛知県の地名』平凡社地方資料センター、平凡社、1981年11月30日(日本語)。ISBN 4-582-49023-9
  • 角川日本地名大辞典 23 愛知県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会、角川書店、1989年3月8日(日本語)。ISBN 4-04-001230-5
  • 広報たはらNo.618(平成20年3月号)』(PDF)田原市、2008年3月1日。