伊号第一潜水艦

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Japanese submarine I-1.jpg
「伊1」1930年
艦歴
計画 大正12年度艦艇補充計画
起工 1923年3月12日
進水 1924年10月15日
就役 1926年3月10日
その後 1943年1月29日戦没
除籍 1943年4月1日
性能諸元
排水量 基準:1,970トン 常備:2,135トン
水中:2,791トン
全長 97.50m
全幅 9.22m
吃水 4.94m
機関 ラ式2号ディーゼル2基2軸
水上:6,000馬力
水中:2,600馬力
速力 水上:18.8kt 水中:8.1kt
航続距離 水上:10ktで24,400海里
水中:3ktで60海里
燃料 重油:545トン
乗員 60名
兵装 40口径14cm単装砲2門
7.7mm機銃1挺
53cm魚雷発射管 艦首4門、艦尾2門
魚雷22本
備考 最大深度:75m

伊号第一潜水艦(いごうだいいちせんすいかん)は、日本海軍潜水艦伊一型潜水艦(巡潜1型)の1番艦である。1943年(昭和18年)ガダルカナル島への輸送任務中に戦没。

初代の伊号第一潜水艦喪失後、伊一三型潜水艦の4番艦に伊号第一潜水艦(二代目)の名が与えられ、川崎造船所で建造されたが未成に終わった。こちらの詳細は伊一三型潜水艦を参照のこと。

艦歴[編集]

ケ号作戦時に撃沈した伊号第一潜水艦を捜索するアメリカ海軍のPT-65

1923年(大正12年)の建造計画で「第74潜水艦」とし計画され、後に改名されて伊号第一潜水艦となった。建造は川崎造船所で、1923年(大正12年)3月12日起工、1924年10月15日進水、1926年3月10日に竣工した。同日横須賀鎮守府籍に編入する。

太平洋戦争開始時には第六艦隊第二潜水戦隊に所属し、真珠湾攻撃ではオアフ島周辺海域で監視任務につき、12月31日にハワイ島ヒロ湾を砲撃した。その後豪州西岸で通商破壊を行い貨物船を撃沈、1942年6月よりアリューシャン攻略支援。その後ソロモン方面へ進出、ガダルカナル島を巡る作戦任務を行うこととなった。1943年1月29日、ガダルカナル島への輸送作戦中に哨戒艇、魚雷艇と交戦し損傷、浮上し再び交戦した後にニュージーランド海軍魚雷艇と衝突し座礁沈没した。艦長以下27名戦死、55名生存。同年4月1日除籍。

沈没時に艦内の暗号書の処分が不徹底だったため、日本軍は爆撃や潜水艦での雷撃などを行ったがいずれも成功せず、結局、2月11日艦内水没部を米軍の潜水夫に隈なく捜索されて20万頁に及ぶ日本海軍の暗号書や機密書類が引きあげられ、日本軍の暗号解読に大いに役立ったという。

歴代艦長[編集]

艤装員長[編集]

  1. 春日篤 少佐:1925年4月1日 -

艦長[編集]

  1. 春日篤 少佐:1926年3月10日 -
  2. 春日末章 少佐:1927年7月29日 -
  3. 中邑元司 少佐:1928年12月10日 - 1929年11月5日 ※同日より予備艦
  4. 佐藤四郎 少佐:1930年11月15日 -
  5. 長井満 少佐:1931年12月1日 -
  6. 今里博 少佐:1933年11月1日 - ※1935年11月15日より予備艦
  7. 大竹寿雄 中佐:1936年2月15日 -
  8. (兼)小林一 少佐:1936年11月2日 -
  9. 宮崎武治 中佐:1936年12月1日 -
  10. 浜野元一 少佐:1937年10月5日 -
  11. 加藤良之助 中佐:1939年11月20日 -
  12. (兼)小田為清 中佐:1940年7月6日 - 9月16日
  13. 大谷清教 中佐:1940年10月30日 -
  14. 安久栄太郎 中佐:1941年8月25日 -
  15. 坂本栄一 少佐:1942年10月31日 -

※予備艦時の艦長は省略

参考文献[編集]

  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』(光人社、1990年) ISBN 4-7698-0462-8
  • 外山操『艦長たちの軍艦史』(光人社、2005年) ISBN 4-7698-1246-9