伊号第十五潜水艦 (初代)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
伊号第一五潜水艦から転送)
移動先: 案内検索
I-15.jpg
終末公試中の伊号第十五潜水艦
(1940年9月15日、広島湾黒神島沖)
艦歴
計画 第三次海軍軍備補充計画(マル3計画
起工 1938年1月25日
進水 1939年3月7日
就役 1940年9月30日
その後 1942年12月5日喪失認定
1942年12月16日アメリカ軍機の攻撃により沈没[1]
除籍 1942年12月24日
性能諸元
排水量 基準:2,198トン
常備:2,584トン[2]
水中:3,654トン
全長 108.7m
全幅 9.30m
吃水 5.14m
機関 艦本式2号10型ディーゼル2基2軸
水上:12,400馬力
水中:2,000馬力
速力 水上:23.6kt
水中:8.0kt
航続距離 水上:16ktで14,000海里
水中:3ktで96海里
燃料 重油:774トン[3]
乗員 竣工時定員94名[4]
兵装 40口径14cm単装砲1門
25mm機銃連装1基2挺
53cm魚雷発射管 艦首6門
九五式魚雷17本
航空機 零式小型水上偵察機1機
(呉式1号4型射出機1基)
備考 安全潜航深度:100m

伊号第十五潜水艦(初代)(いごうだいじゅうごせんすいかん)は、日本海軍潜水艦伊十五型潜水艦の1番艦である。1942年12月、ソロモン諸島海域で喪失と認定。

本艦の除籍後、伊十三型潜水艦の3番艦が本艦の艦名を襲用し、川崎重工業で建造されたが未成に終わった。こちらの詳細は伊号第十五潜水艦 (2代)を参照のこと。

艦歴[編集]

計画-竣工[編集]

マル3計画の潜水艦乙、仮称艦名第37号艦として計画[5]。1938年1月25日、呉海軍工廠で起工。1939年1月20日、伊号第十五潜水艦と命名され[6]、伊十五型潜水艦の1番艦に定められる[7]。3月7日、進水。12月5日、艤装員事務所を呉海軍工廠内に設置し事務開始[8]1940年9月30日竣工し、艤装員事務所を撤去[9]。本籍を横須賀鎮守府に定められる[10]

中国大陸沿岸[編集]

1940年11月15日、第六艦隊第一潜水戦隊隷下に新編された第一潜水隊に編入[11][12][13]。12月10日、第一潜水隊司令潜水艦を伊号第十六潜水艦から本艦に変更[14]

1941年2月19日から中国大陸沿岸で対支作戦に従事。3月4日内地へ帰還し、練成を行いつつ待機[12]

8月7日、第一潜水隊司令潜水艦を伊号第十七潜水艦へ一時変更[15]。9月9日、第一潜水隊司令潜水艦を伊号第十七潜水艦から本艦に復帰[16]。11月21日、戦備を完整して内地を出撃し[17]太平洋戦争の開戦を迎える。

太平洋戦争緒戦-K作戦[編集]

真珠湾攻撃ではハワイ方面で艦船を攻撃する任にあたったが会敵することなく、1942年1月11日にはクェゼリンに帰投した[18]

1942年1月、本艦に対しK作戦の準備としてクェゼリンでの対飛行艇用燃料補給設備工事と、第二十四航空戦隊横浜海軍航空隊十三試大艇との連合訓練が命じられる[19]。1月31日現在、軍隊区分先遣部隊第一潜水部隊に配置[20]

2月1日、第六艦隊第一潜水戦隊第二潜水隊に編入[21][22]。同日のアメリカ第8任務部隊によるクェゼリン空襲の際には潜航してアメリカ艦上機からの攻撃をかわした後、クェゼリンを出撃して索敵攻撃に向かったが敵情を得ず、5日にクェゼリンに帰投した[23]。2月上旬、K作戦の訓練を実施[24]。20日、ラバウルを空襲したアメリカ機動部隊を掃討するためクェゼリンを出撃して22日まで同任務に従事し[25]、その後はハワイ方面海域へ向かいK作戦に従事。

3月4日、K作戦を終えて内地へ帰投中にアメリカ第16任務部隊により南鳥島が空襲を受けたため、東京湾東方洋上の散開線で捜索と哨戒にあたる[26]。しかし敵情を得ず、18日には散開線を離れ21日に横須賀に帰投した[27]。横須賀到着後、4月23日まで修理と整備を行い、修理後は訓練に従事[28]

アリューシャン攻略作戦[編集]

5月11日、軍隊区分北方部隊に編入される[29]。15日横須賀発、17日大湊着。19日、大湊を出撃して6月29日までAL作戦に従事[30][31]。6月30日、北方部隊作戦指揮を解かれ、第六艦隊指揮下に復帰[32]、7月11日、横須賀に帰投。横須賀帰投後は修理と整備に従事[33]

ソロモン方面-沈没[編集]

8月10日、第二潜水隊司令潜水艦を伊号第十九潜水艦に変更[34]。横須賀での整備後はインド洋方面の作戦に投入される予定で出撃準備をしていたが、ソロモン方面に機動部隊が出現したため、8月15日横須賀を出撃してソロモン方面に向かい[35]、23日には同方面の散開線に到着して作戦行動に入った[36]

アメリカ軍機が撮影した沈没直前の伊号第十五潜水艦。撮影日は1942年12月16日とされている。

9月15日、伊号第十九潜水艦によるアメリカ航空母艦ワスプの撃沈に遭遇する[37]。25日、トラックに帰投[38]

10月5日、トラックを出撃しソロモン方面の散開線で任務に従事[39]。11月3日以降消息不明となり、12月5日にガダルカナル島周辺で撃沈されたものと認定された。なお、アメリカ側記録では同国軍機の攻撃により1942年12月16日に撃沈としている[1]

12月24日、本艦は第二潜水隊と伊十五型潜水艦から削除され[40][41]、帝国潜水艦籍から除かれた[42]。本艦の艦艇類別等級別表からの削除時に、伊十五型の艦型名は伊十七型に改められた[41]

潜水艦長[編集]

艤装員長
  1. 大山豊次郎 中佐:1939年12月1日[43] - 1940年9月30日[44]
潜水艦長
  1. 大山豊次郎 中佐:1940年9月30日[44] - 1940年12月20日[45]
  2. 石川信雄 中佐:1940年12月20日[45] - 1942年12月5日 戦死認定、同日付任海軍大佐[46]

脚注[編集]

  1. ^ a b 丸スペシャル『潜水艦作戦』、p. 29。
  2. ^ 常備排水量:2,589トンとする資料もある。[要検証 ]
  3. ^ 燃料搭載量は『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』より。752.6トンとする資料もある。[要検証 ]
  4. ^ 昭和14年3月7日付 内令第156号。
  5. ^ 戦史叢書『海軍軍戦備(1)』、p. 494-510。
  6. ^ 昭和14年1月20日付 達第10号。
  7. ^ 昭和14年1月20日付 内令第47号。
  8. ^ 昭和14年12月11日付 海軍公報(部内限)第3381号。
  9. ^ 昭和15年10月3日付 海軍公報(部内限)第3621号。
  10. ^ 海軍大臣官房 内令提要 第十三類 艦船、「艦艇、特務艦艇本籍別一覧表」(昭和15年12月25日現在)。
  11. ^ 昭和15年11月15日付 内令第714号。
  12. ^ a b 一潜隊機密第18号ノ40『第一潜水隊支那事変第九回功績概見表』。
  13. ^ 『日本海軍編制事典』、p. 268。
  14. ^ 昭和16年12月10日付 海軍公報(部内限)第3673号。
  15. ^ 昭和16年8月16日付 海軍公報(部内限)第3873号。
  16. ^ 昭和16年9月17日付 海軍公報(部内限)第3900号。
  17. ^ 一潜隊機密第17号『第一潜水隊支那事変第十回功績概見表』。
  18. ^ 第六艦隊機密第23号ノ42 第六艦隊戦時日誌(昭和17年1月1日-31日)、「麾下艦船部隊ノ行動(第一潜水部隊)」。
  19. ^ 第六艦隊機密第23号ノ42 第六艦隊戦時日誌(昭和17年1月1日-31日)、四.作戦指導「第五 Lexington撃沈後ノ各部隊ノ行動竝ニ作戦指令」。
  20. ^ 第六艦隊機密第23号ノ42 第六艦隊戦時日誌(昭和17年1月1日-31日)、一.経過(三)任務編制配備「(イ)軍隊区分及任務」。
  21. ^ 昭和17年2月1日付 内令第193号。
  22. ^ 『日本海軍編制事典』、p. 341。
  23. ^ 第六艦隊機密第23号ノ43 第六艦隊戦時日誌(昭和17年2月1日-28日)、一.経過(四)作戦指導「第一 敵機動部隊ニ対スル作戦」。
  24. ^ 第六艦隊機密第23号ノ43 第六艦隊戦時日誌(昭和17年2月1日-28日)、一.経過(四)作戦指導「第四 K作戦」。
  25. ^ 第六艦隊機密第23号ノ43 第六艦隊戦時日誌(昭和17年2月1日-28日)、「麾下艦船部隊ノ行動(第一潜水部隊)」。
  26. ^ 第六艦隊機密第23号ノ50 第六艦隊戦時日誌(昭和17年3月1日-31日)、一.経過(一)一般情勢「(イ)敵KdBノ活動」。
  27. ^ 第六艦隊機密第23号ノ50 第六艦隊戦時日誌(昭和17年3月1日-31日)、四.参考「(一)麾下艦船部隊ノ行動(第一潜水部隊)」。
  28. ^ 第六艦隊機密第23号ノ52 第六艦隊戦時日誌(昭和17年4月1日-30日)、一.経過(四)作戦指導(ヘ)。
  29. ^ 第六艦隊機密第23号ノ59 第六艦隊戦時日誌(昭和17年5月1日-31日)、一.経過(四)作戦指導(ホ)。
  30. ^ 第六艦隊機密第23号ノ59 第六艦隊戦時日誌(昭和17年5月1日-31日)、四.参考「(一)麾下艦船部隊ノ行動(第一潜水部隊)」。
  31. ^ 第六艦隊機密第23号ノ63 第六艦隊戦時日誌(昭和17年6月1日-30日)、四.参考「(一)麾下艦船部隊ノ行動(第一潜水部隊)」。
  32. ^ 第六艦隊機密第23号ノ63 第六艦隊戦時日誌(昭和17年6月1日-30日)、一.経過(三)任務編制配備「(イ)軍隊区分、任務及配備」。
  33. ^ 第六艦隊機密第23号ノ68 第六艦隊戦時日誌(昭和17年7月1日-31日)、四.参考「(一)麾下艦船ノ行動(第一潜水部隊)」。
  34. ^ 昭和17年8月19日付 海軍公報(部内限)第4172号。
  35. ^ 第六艦隊機密第23号ノ69 第六艦隊戦時日誌(昭和17年8月1日-31日)、一.経過(二)任務編制配備「(イ)軍隊区分任務及配備」。
  36. ^ 第六艦隊機密第23号ノ69 第六艦隊戦時日誌(昭和17年8月1日-31日)、四.参考「(一)麾下艦船ノ行動(第一潜水部隊)」。
  37. ^ 第六艦隊機密第23号ノ76 第六艦隊戦時日誌(昭和17年9月1日-30日)、一.経過(三)作戦指導「(ヰ)戦果」。
  38. ^ 第六艦隊機密第23号ノ76 第六艦隊戦時日誌(昭和17年9月1日-30日)、四.参考「(一)麾下艦船ノ行動(第一潜水部隊)」。
  39. ^ 第六艦隊機密第23号ノ77 第六艦隊戦時日誌(昭和17年10月1日-31日)、四.参考「(イ)麾下艦船ノ行動(第一潜水部隊)」。
  40. ^ 昭和17年12月24日付 内令第2374号。
  41. ^ a b 昭和17年12月24日付 内令第2381号。
  42. ^ 昭和17年12月24日付 内令第2375号。
  43. ^ 昭和14年12月1日付 海軍辞令公報(部内限)第408号。
  44. ^ a b 昭和15年9月30日付 海軍辞令公報(部内限)第536号。
  45. ^ a b 昭和15年12月21日付 海軍辞令公報(部内限)第573号。
  46. ^ 昭和18年1月6日付 海軍辞令公報(部内限)第1024号。

参考文献[編集]

  • 海軍省
    • 内令各号。
    • 達各号。
    • 海軍公報(部内限)各号。
    • 海軍辞令公報(部内限)各号。
    • 内令提要。
    • 第一潜水隊支那事変第九回功績概見表。
    • 第一潜水隊支那事変第十回功績概見表。
    • 第六艦隊戦時日誌。
  • 坂本正器/福川秀樹 『日本海軍編制事典』、芙蓉書房出版、2003年。ISBN 4-8295-0330-0
  • 雑誌「丸」編集部『写真 日本の軍艦 第12巻 潜水艦』光人社、1990年。ISBN 4-7698-0462-8
  • 戦史叢書 第31巻 『海軍軍戦備(1) -昭和十六年十一月まで-』、朝雲新聞社、1969年。
  • 福井静夫『写真日本海軍全艦艇史』ベストセラーズ、1994年。ISBN 4-584-17054-1
  • 丸スペシャル No. 110 太平洋戦争海空戦シリーズ 『潜水艦作戦』、潮書房、1986年。