仙台市福祉プラザ

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仙台市福祉プラザ
Sendai City Welfare Plaza
Sendai City Welfare Plaza.JPG
情報
開館 1994年9月
客席数 ふれあいホール:302席
プラザホール:150席
用途 コンサートホール展示室会議室
運営 社会福祉法人仙台市社会福祉協議会指定管理者
所在地 980-0022
宮城県仙台市青葉区五橋二丁目12-2
位置 北緯38度15分1.9秒 東経140度52分48.2秒 / 北緯38.250528度 東経140.880056度 / 38.250528; 140.880056座標: 北緯38度15分1.9秒 東経140度52分48.2秒 / 北緯38.250528度 東経140.880056度 / 38.250528; 140.880056
アクセス Sendai City Subway Logo.png地下鉄南北線五橋駅の南1出口から徒歩1分
公式サイト 仙台市社会福祉協議会 仙台市福祉プラザ

仙台市福祉プラザ(せんだいしふくしプラザ)は、仙台市都心部南部の東二番丁通り愛宕上杉通との交差点に面して建つ、仙台市の複合施設。

沿革[編集]

当地は、明治期に旧仙台藩重臣の山家豊三郎[† 1]の別邸「清奇園」があった場所である。1913年大正2年)9月には、清水小路(現・愛宕上杉通)をはさんで「清奇園」の向かい側に東三番丁から東北女子職業学校(三島学園東北生活文化大学などの前身)が移転してきた[1]

1956年昭和31年)、同園の庭園を一部残して、東八番丁から仙台赤十字病院が移転・開院した。1974年(昭和49年)11月に三島学園が泉市上谷刈東伐生(現・仙台市泉区虹の丘)に全面移転し[1]1970年代後半には東二番丁通りが同院の前まで延伸されて清水小路と接続されると、三島学園の跡地には、現在仙台第一生命タワービルディングが建っている地から仙台市立病院1980年(昭和55年)3月に移転・開院した。

道を挟んで2つの大病院が建ち並ぶ状況になったため、1982年(昭和57年)に仙台赤十字病院が市内の新興住宅地の1つである八木山に移転・開院した。同院の跡地は仙台市営地下鉄南北線や同線五橋駅の建設工事の際に使用された後、1994年平成6年)に仙台市福祉プラザが設置された。

施設[編集]

  • ふれあいホール(302席)
  • プラザホール(150席)
  • 展示ロビー
  • 託児室
  • 録音室
  • 創作室
  • 調理実習室
  • 和室
  • 大広間1~2
  • 研修室1~4

アクセス[編集]

周辺施設[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 戊辰戦争に敗北した奥羽越列藩同盟の盟主・仙台藩は石高を大幅に減らされたため、藩士が困窮した。そのため山家豊三郎は、東一番丁の屋敷の一部を藩士に解放し、商売をやらせた。これを端緒に侍町であった東一番丁が商店街として勃興し、江戸時代仙台城下町商業の中心地であった国分町に取って代わることになる。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]