今西祐行

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今西 祐行
(いまにし すけゆき)
誕生 (1923-10-28) 1923年10月28日
大阪府
死没 (2004-12-21) 2004年12月21日(81歳没)
神奈川県
職業 作家
最終学歴 早稲田大学卒業
活動期間 1942年 - 2004年
ジャンル 童話・児童文学
代表作 『肥後の石工』(1965年)
『一つの花』(1975年)
主な受賞歴 児童文学者協会新人賞(1956年)
国際アンデルセン賞国内賞(1965年)等
デビュー作 「ハコちゃん」(1942年)
配偶者 国井 外喜子
サイン
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今西 祐行(いまにし すけゆき、1923年10月28日 - 2004年12月21日)は、日本児童文学作家

来歴・人物[編集]

大阪府中河内郡縄手村字六万寺(現東大阪市六万寺町)に生まれ[1][2]奈良県生駒市で育つ。 1936年、県立奈良中学校(現奈良高校)に入学、5年間植物採集テニスに熱中する[1]1940年、中学5年生の夏、病気になり大阪の病院に入院、この頃より文学書をむさぼり読む[1]1941年、第二早稲田高等学院入学。同年、大久保同胞教会(現在の日本基督教団新宿西教会)にて受洗[1][3]

1942年早大童話会に入り、坪田譲治を知る[1]。同年、童話会機関紙『童話界』に、最初の童話「ハコちゃん[4]」を発表、好評を博す[1]。同年9月、早稲田大学文学部仏文科に進学するが、病気のため12月より1年間休学[1]1943年、「ハコちゃん」が童話集『たのしい仲間』(天佑書房)に再録される。「<童話は一生の事業とするに足るか>ということばに対する答としてこの童話集を編んだ」という坪田の「あとがき」を読み、ひそかに童話作家になろうと心にきめた[5]。しかし「ハコちゃん」は、特別高等警察によって検閲され、抹消された[5]。同年12月10日、学徒出陣大竹海兵団に入る[5]1945年8月6日、原子爆弾広島に落とされ、その翌日に救援隊として急行、5日間過ごす[1]。「あるハンノキの話」「ヒロシマのうた」「ゆみ子とつばめのおはか」等の作品は、この時の体験から生まれた[1]

1947年9月、早稲田大学文学部卒業、国民図書刊行会に勤める[1]1949年、国井外喜子と結婚、西荻窪に住む。この年より10年間ほど、いくつもの出版社を転々とする[1]1956年、はじめての童話集『そらのひつじかい』を出版、児童文学者協会新人賞を受ける[1]1959年2月、11年間の編集者生活に区切りをつけ、文筆生活に入る[1]

1963年、坪田譲治主催の童話雑誌『びわの実学校』に編集同人として参加、「肥後の石工」を連載する[1]1965年『肥後の石工』を出版、この作品により、日本児童文学者協会賞国際アンデルセン賞国内賞、NHK児童文学奨励賞を受ける。 1969年、『浦上の旅人たち』により野間児童文芸賞授賞。同年12月、前進座により「肥後の石工」が新橋演舞場にて上演される(脚本:野口達二、演出:小沼一郎)[1][6]1981年、『光と風と雲と樹と』で小学館文学賞日本児童文芸家協会賞、1986年、『マタルペシュペ物語』二部作で路傍の石文学賞、1991年、『今西祐行全集』で芸術選奨文部大臣賞および赤い鳥文学賞特別賞を受賞。1992年、紫綬褒章受章。

その他、「ヒロシマの歌」「一つの花[7]」「とうげのおおかみ」「ねことオルガン」「入れ歯をしたロバの話」「遥かなりローマ」など著作多数。主要著作は『今西祐行全集』(全15巻)として偕成社より刊行された。

1987年3月29日の日曜日、自宅のあった神奈川県津久井郡藤野町で、地元の人たちの協力も得て、私立「菅井農業小学校」を開校した[8]。そのきっかけとなった文の中で、今西は以下のように記している[9]。「百姓にかぎらず、人間のするほんとうの仕事というものは、何かを作りあげることでも、掘り出すことでもなく、自然の本当のみのりを待って耕すことではないか」

2004年12月21日心不全のため神奈川県内の病院で死去[10]。享年81歳。

国文学者今西祐一郎は甥。

著書[編集]

1960年代まで[編集]

  • そらのひつじかい 泰光堂 1956年、偕成社文庫
  • なぜなぜ話12か月 実業之日本社 1960年
  • ねことオルガン 小峰書店 1962年
  • きつねとかねのおと 実業之日本社 1964年
  • 肥後の石工 実業之日本社 1965年、講談社文庫、岩波少年文庫
  • 太郎コオロギ 実業之日本社 1965年
  • ねむの木のはなし あかね書房 1965年
  • あるハンノキの話 実業之日本社 1966年、偕成社文庫 1976年
  • 浦上の旅人たち 実業之日本社 1969年、講談社文庫、岩波少年文庫
  • そらのいろはなぜあおい 小峰書店 1969年

1970年代[編集]

  • ヒロシマのうた 小峰書店 1970年、講談社文庫、フォア文庫、集英社みらい文庫
  • いればをしたロバの話 金の星社 1971年、フォア文庫
  • ゆみ子とつばめのおはか 偕成社 1971年
  • むささび星 ポプラ社 1971年
  • クマの子のなみだ・夜のさんぽ 偕成社 1971年
  • バイオリンのおとはやまのおと 偕成社 1972年
  • ねことオルガン 小峰書店 1973年
  • ハコちゃん 実業之日本社 1973年
  • コン太のシッポ物語 大日本図書 1974年
  • はなのオルガン 岩崎書店 1974年
  • どっこどっこまつの木 講談社 1975年
  • 一つの花 ポプラ社 1975年、文庫、集英社みらい文庫
  • おいしいおにぎりをたべるには 小学館 1975年
  • にじの橋がかかるとき 家の光協会 1976年
  • つづみをうつ少年 ポプラ社 1976年
  • ちいさなしまのものがたり 小学館 1976年
  • クマと暮らした男 家の光協会 1977年
  • やいちとふじまる 小峰書店 1977年
  • とうげのおおかみ 金の星社 1977年
  • しろいつばきのさくしま 旺文社 1977年
  • しゃみせんの木 教学研究社 1978年
  • つちのふえ 小峰書店 1978年
  • ひばりのおつかい 佼成出版社 1978年
  • 島原の絵師 小峰書店 1978年
  • だれがけいとをあんでるの 偕成社 1979年
  • くもとかけすとおじいさん 秋書房 1979年

1980年代[編集]

  • 光と風と雲と樹と 小学館 1980年
  • だれがないてるの 金の星社 1981年
  • ゆめみこぞう 第一法規出版 1981年
  • まめたろう チャイルド本社 1981年
  • くらがり峠 偕成社 1981年
  • 冬の祭り 随筆集 偕成社 1981年
  • だいちゃんとはな ひさかたチャイルド 1982年
  • さくら子とおじいさん あかね書房 1983年
  • どんぐりともだち 講談社 1984年
  • 遥かなりローマ 岩崎書店 1985年
  • 名栗川少年記 マタルペシュペ物語第1部 偕成社 1985年
  • 留辺蘂の春 マタルペシュペ物語第2部 偕成社 1985年
  • 天の川がながれる島 あすなろ書房 1986年
  • 運河 物語・川村孫兵衛重吉伝 偕成社 1986年
  • りんごとバイオリン 講談社 1986年
  • 今西祐行全集 全15巻 偕成社 1987-1990年
  • 生きること耕すこと 家の光協会 1989年
  • 大きな木にすむ小さな神さま あすなろ書房 1989年

1990年代[編集]

  • 農業小学校のうた 木魂社 1991年
  • すみれ島 偕成社 1991年
  • 農業小学校の博物誌 盛口満共著 木魂社 1993年
  • おにぎりぱくりん 全国学校給食協会 1994年
  • 土ってあったかいね 岩崎書店 1994年

脚注[編集]

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出典[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 『肥後の石工』講談社文庫、192-196頁、著者自筆年譜。
  2. ^ 日本児童文学学会 編 『児童文学事典』東京書籍、1988年、59-60頁https://alc.chiba-u.jp/cl/index.html#%E3%81%84 
  3. ^ 富田博之/編 上笙一郎/編. 日本のキリスト教児童文学. 国土社. p. 23. ISBN 978-4-337-45030-1 
  4. ^ 「郷里の家の近くに実在したハコちゃんと呼ばれていた朝鮮人の幼い子どもをそのまま書き綴ったのだが、りんご箱につめられてお墓に運ばれていったその子が可哀想で可哀想で、私はそのハコちゃんのために書かずにはおれなかった」今西祐行全集第15巻、67頁。
  5. ^ a b c 今西祐行全集第15巻、53-54頁、「ハコちゃん」を書いたころ。
  6. ^ 今西祐行全集第15巻、75-76頁。
  7. ^ 小学校の国語の教科書に掲載されている。デジタル大辞泉の解説『今西祐行』 - コトバンク
  8. ^ 『土ってあったかいね』44頁。
  9. ^ 『土ってあったかいね』34頁。
  10. ^ 今西祐行氏が死去/戦争題材の児童文学作家”. 四国新聞社 (2004年12月21日). 2016年4月2日閲覧。