今池停留場

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今池停留場
今池停留場南方ですれ違う浜寺駅前行 (710) と 恵美須町行 (704)(2005年4月1日)
今池停留場南方ですれ違う浜寺駅前行 (710) と 恵美須町行 (704)
(2005年4月1日)
いまいけ
IMAIKE
HN52 新今宮駅前 (0.4km)
(0.3km) 今船 HN54
所在地 大阪市西成区萩之茶屋2丁目
駅番号  HN53 
所属事業者 阪堺電気軌道
所属路線 阪堺線
キロ程 1.0km(恵美須町起点)
駅構造 盛土駅
ホーム 相対式 2面2線
開業年月日 1911年明治44年)12月1日
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今池停留場(いまいけていりゅうじょう)は、大阪市西成区萩之茶屋2-2-7にある阪堺電気軌道阪堺線停留場駅番号HN53

本項では近接して設置されていた南海電気鉄道天王寺支線今池町駅(いまいけちょうえき)についても述べる。

阪堺電気軌道・今池停留場[編集]

歴史[編集]

構造[編集]

盛土上に相対式2面2線のホームがあり、住吉寄りの階段で出入りする形になっている。高架駅とも言える。それぞれのホームは、構内踏切で結ばれている。 かつては南海平野線への分岐線[1]があり、南海天王寺支線今池町駅との連絡駅であった。今でも駅南方に平野線の分岐跡が残されている。

南海電気鉄道・今池町駅[編集]

今池町駅
1993年まで存在した天王寺支線今池町駅
1993年まで存在した天王寺支線今池町駅
いまいけちょう
IMAIKECHŌ
飛田本通 (0.3km)
所在地 大阪府大阪市西成区
所属事業者 南海電気鉄道
所属路線 天王寺支線
駅構造 地上駅
ホーム 単式1面1線
開業年月日 1949年(昭和24年)6月20日
廃止年月日 1993年(平成5年)4月1日
乗換 阪堺電気軌道阪堺線 今池停留場
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南海天王寺支線の今池町駅 - 天下茶屋駅間が廃止された後は、同線から南海高野線萩ノ茶屋駅までが徒歩連絡扱いとなったほか、終日有人駅から無人駅となった。

歴史[編集]

  • (1900年(明治33年)10月26日 天王寺支線開通)
  • 1949年(昭和24年)6月20日 南海天王寺支線 天下茶屋 - 天王寺間の曳舟駅、大門通駅(両駅とも大阪大空襲により被災・焼失)を廃止統合して開業し、阪堺線・平野線との乗換駅となる。
  • 1980年(昭和55年)11月28日 平野線の廃止に伴い、阪堺線との乗換駅となる。
  • 1984年(昭和59年)11月18日 天下茶屋 - 当駅間1.2kmの廃止に伴い、高野線萩ノ茶屋駅との徒歩連絡駅となる。
  • 1993年(平成5年)4月1日 南海天王寺支線廃止に伴い、廃駅。

周辺[編集]

今池本通商店街

バス[編集]

大阪市営バス今池駅前停留所)

その他[編集]

  • 黒岩重吾小説『飛田残月』では、「今池町から電車に乗って天王寺に行って飛田遊郭に…」というくだりの話を書いている。しかし、地図を見ればわかるが、今池町駅から飛田遊郭は目の前にあるため、若干矛盾している。

隣の停留場[編集]

阪堺電気軌道
阪堺線
新今宮駅前停留場 (HN52) - 今池停留場 (HN53) - 今船停留場 (HN54)
  • ()内は駅番号を示す。

かつて存在していた路線[編集]

南海電気鉄道
平野線
(南霞町停留場 -) 今池停留場 - 飛田停留場
天王寺支線
(部分廃止前)天王寺駅 - 今池町駅 - 天下茶屋駅
(部分廃止後)飛田本通駅(1984年12月9日までは天王寺駅) - 今池町駅

脚注[編集]

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  1. ^ 当駅から飛田停留場の間は、最大25‰の急勾配があった。今池停留場で電車が輻輳すると、平野線の電車は、急な上り勾配の途中で止まらなくてはならなくなった。その為の停止位置票が、坂の途中に設けられていた。平野線運転士の腕の見せ所ともいわれたという。

関連項目[編集]