今市地震

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今市地震(いまいちじしん)は、1949年12月26日栃木県今市市(現在の日光市)鶏鳴山付近を震源とする内陸直下型地震で、8時17分 M6.2と8時24分 M6.4の地震が8分の間隔をおいて続けて発生した[1]。地表断層は出現せず[2]、余震は、翌年3月下旬頃まで続いた。

当時はまだ、特定の市町村にしか震度観測点がなかったことから、震度計で観測された最大震度は4だったが[3]震源に近い今市市付近では震度6相当の揺れと推定されている[要出典]

各地の震度[編集]

午前8時24分に発生したM6.4の地震において、震度4以上の揺れを観測した地域は次の通り[4]

震度 都道府県 市区町村
震度6(推定) 栃木県 今市市 (現日光市)
震度4 茨城県 水戸市 石岡市
栃木県 日光市 宇都宮市
埼玉県 熊谷市

午前8時17分に発生したM6.2の地震において、震度4以上の揺れを観測した地域は次の通り[5]

震度 都道府県 市区町村
震度4 茨城県 水戸市 石岡市
埼玉県 熊谷市

主な被害[編集]

  • 栃木県内で死者10名[6][7]、負傷163名。資料によっては死者8名[8]
  • 家屋の全壊家屋290棟[6]、半壊家屋2994棟[6]。但し、家屋の全壊は908戸、半壊5301戸との記録も有る。
    • 被害区分の判定が復旧費用に着目し算定しているため被害戸数が著しく増大していると指摘されている[1]。従来基準で判定した場合、全壊家屋は数件であった[1]
  • 60数カ所で山崩れ。
    • 急斜面での表層崩壊と降下火砕物で覆われた緩斜面の崩壊が生じた[9]。特に、震央付近を流れる「行川」「黒川」「大芦川」流域の洪積層地質域に崩壊被害が集中した[10]

地質学[編集]

フォッサマグナの東縁とされる柏崎千葉構造線の線上にあり、関東地方北部の日光・足尾地域から群馬県県境にかけては震源が比較的浅い地震が多く、現在でも活発な活動が続いている。

出典・脚注[編集]

  1. ^ a b c 昭和24年12月栃木縣地震調査報告 驗震時報第15卷 昭和25・26年度 第1號 p.1-65 (PDF)
  2. ^ 井口隆, 八木浩司、「空から見る日本の地すべり地形シリーズ-45- 今市地震 (1949年) によって発生した野口地すべり」 日本地すべり学会誌 2016年 53巻 5号 p.210-212, doi:10.3313/jls.53.210
  3. ^ 気象庁|震度データベース検索 (地震別検索結果)”. www.data.jma.go.jp. 2019年7月4日閲覧。
  4. ^ 気象庁|震度データベース検索 (地震別検索結果)”. www.data.jma.go.jp. 2019年7月4日閲覧。
  5. ^ 気象庁|震度データベース検索 (地震別検索結果)”. www.data.jma.go.jp. 2019年7月4日閲覧。
  6. ^ a b c 金井清、「第5篇 地震工学 第7章 震害調査」 『地震 第2輯』 1968年 20巻 4号 p.316-319, doi:10.4294/zisin1948.20.4_316
  7. ^ 栃木県の地震履歴 足利市公式ホームページ
  8. ^ a b c 岡本舜三, 久保慶三郎、「昭和24年12月26日今市地震による土木施設の被害について」 『土木学会論文集』 1951年 1951巻 10号 p.1-15, doi:10.2208/jscej1949.1951.10_1
  9. ^ 千木良雅弘, 鈴木毅彦 ほか、「42.1949年今市地震による降下火砕物の崩壊の地質的特徴」 日本応用地質学会 研究発表会講演論文集. 平成27年度 83-84, 2015, NAID 110010011815
  10. ^ 新澤直治、「今市地震による崩壞について」 『新砂防』 1952 年 1952巻 8号 p.7-10, doi:10.11475/sabo1948.1952.8_7

外部リンク[編集]