今久留主成幸
| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
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| 出身地 | 大阪府摂津市 |
| 生年月日 | 1967年5月10日(51歳) |
| 身長 体重 |
176 cm 85 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 捕手 |
| プロ入り | 1989年 ドラフト4位 |
| 初出場 | 1990年6月14日 |
| 最終出場 | 1997年10月12日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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監督歴 | |
この表について
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今久留主 成幸(いまくるす なりゆき、1967年5月10日 - )は、大阪府摂津市出身の元プロ野球選手(捕手)。
実兄は日本航空高等学校石川野球部監督の今久留主祐成。元毎日・西鉄の今久留主淳、元毎日・近鉄の今久留主功は親戚にあたる。
来歴・人物[編集]
小学校時代は摂津リトルに所属。清原和博のいた岸和田リトルを破り、リトルリーグ全日本選手権優勝。PL学園高校では、同期の清原、桑田真澄とともに、1985年に春の選抜に控え捕手として出場。準決勝で渡辺智男を擁する伊野商に敗退[1]。同年夏の選手権では背番号2の捕手であったが、春と同じく杉本隆雄(プリンスホテル)の控えに回る[2]。順調に勝ち進み、決勝で宇部商を降し優勝を飾る[3]。他の高校同期に松山秀明、内匠政博がいる。
卒業後は明治大学に進む。東京六大学リーグでは1986年秋季リーグで優勝を経験するが、自身の活躍の場はなかった。1989年に野球部主将となる。同年春季リーグでは2年生の三輪隆に正捕手の座を譲るが、秋季リーグで活躍しベストナイン(捕手部門)に選出されている。リーグ通算32試合に出場、87打数17安打、打率.195、3本塁打、8打点。
1989年度ドラフト会議で横浜大洋ホエールズから4位指名を受けて入団。1995年シーズン途中、金銭トレードで西武ライオンズへ移籍。1997年1月、肘の手術からの復活を期す桑田に請われ、オーストラリア自主トレに他球団の選手ながら同行。桑田の生きた球を一番受けてきた捕手として、桑田が本当にプロで通用する球を手術後も投げられるかの判定を任される。1999年限りで現役を引退。
2007年にベースボール・チャレンジ・リーグ・信濃グランセローズのゼネラルマネージャーに就任。2009年に退任した木田勇の後任として監督に就任、7月12日に新潟県立野球場(HARD OFF ECOスタジアム新潟)で開催された対新潟アルビレックスBC後期2回戦開始前の始球式に、特別ゲストの桑田が最終所属チームであるピッツバーグ・パイレーツの背番号18のユニフォームをまとい、今久留主が捕手を務めるなど演出が図られた。しかし前後期とも最下位に終わり、同年限りで辞任した。
その後は、高校時代の同期である桑田が理事長を勤める特定非営利活動法人 アミーチ・デル・クオーレや社会人野球Honda鈴鹿のコーチ。
詳細情報[編集]
年度別打撃成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1990 | 大洋 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ---- | ---- | ---- |
| 1991 | 8 | 7 | 7 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 1 | .143 | .143 | .143 | .286 | |
| 1997 | 西武 | 14 | 8 | 7 | 3 | 2 | 1 | 0 | 0 | 3 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 3 | 0 | .286 | .375 | .429 | .804 |
| 通算:3年 | 23 | 15 | 14 | 3 | 3 | 1 | 0 | 0 | 4 | 3 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 5 | 1 | .214 | .267 | .286 | .553 | |
記録[編集]
- 初出場:1990年6月14日、対阪神タイガース10回戦(横浜スタジアム)、8回表に秋元宏作に代わり捕手として出場
- 初安打・初打点:1991年9月7日、対阪神タイガース17回戦(横浜スタジアム)、9回裏に田村勤から中前へ逆転サヨナラ2点適時打
- 初先発出場:1991年10月2日、対阪神タイガース22回戦(阪神甲子園球場)、8番・捕手として先発出場
背番号[編集]
- 57 (1990年 - 1995年途中)
- 52 (1995年途中 - 1999年)
- 90 (2009年)
関連情報[編集]
書籍[編集]
- 『不惑 桑田・清原と戦った男たち』(矢崎良一著、ぴあ、不惑の年(40歳)を迎えたKKコンビと同学年の9人(内プロ経験者8名)にKKコンビに関する取材をしたノンフィクション。第八章が今久留主自身の章、今久留主自身の球歴・今久留主から見たKKコンビに対する緻密な分析が詳細に語られる。ISBN 978-4835616926
脚注[編集]
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
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