仁摩町
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| にまちょう 仁摩町 | |||||
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| 廃止日 | 2005年10月1日 | ||||
| 廃止理由 |
新設合併 大田市・温泉津町・仁摩町→大田市 | ||||
| 現在の自治体 | 大田市 | ||||
| 廃止時点のデータ | |||||
| 国 |
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| 地方 |
中国地方、山陰地方 中国・四国地方 | ||||
| 都道府県 | 島根県 | ||||
| 郡 | 邇摩郡 | ||||
| 団体コード | 32422-1 | ||||
| 面積 | 30.75km2 | ||||
| 総人口 |
4,911人 (国勢調査、2000年10月1日) | ||||
| 隣接自治体 | 大田市・温泉津町 | ||||
| 町の木 | サザンカ | ||||
| 町の花 | ノウゼンカズラ | ||||
| 仁摩町役場 | |||||
| 所在地 |
〒699-2391 島根県邇摩郡仁摩町大字仁万町562-3 | ||||
| ウィキプロジェクト | |||||
2005年10月1日、大田市、温泉津町と合併し、新市制による大田市となり廃止された。
地理[編集]
島根県の中央部に位置し、東は大田市、南は温泉津町に接し、西は日本海に面する。総面積の76%が丘陵地帯で、畑作と漁業が主な産業であった。古くから左官の出稼ぎ地としても有名である。
歴史[編集]
古代の石見国邇摩郡の地で、郡家も仁万平野にあった。中世には豪族・久利氏が支配し、大内氏、尼子氏、毛利氏に従った。石見銀山が開発されると、鞆ヶ浦から博多に銀が積み出された。江戸時代には幕府直轄地となり、石見銀山領の佐摩組に編成された。
1869年には大森県(後、浜田県)に入り、1876年島根県に入った。1936年町制が施行されて仁万村は仁万町となり、1954年に仁万町、宅野村、大国村、馬路村が合併して仁摩町が成立した。町名は仁万町と邇摩郡の合成地名である。当時の人口は9,983人だったが、過疎化が進んでいる。1991年に世界最大の巨大1年砂時計が作られた。
沿革[編集]
- 1954年(昭和29年)4月1日 - 仁万町・宅野村・馬路村・大国村が合併して発足。
- 2005年(平成17年)10月1日 - 大田市・温泉津町と合併し、改めて大田市が発足。同日仁摩町は廃止し、同時に邇摩郡も消滅した。
経済[編集]
産業[編集]
漁業[編集]
- 仁万漁港
- 友漁港
教育[編集]
- 島根県立邇摩高等学校
- 町立仁摩中学校
- 町立仁摩小学校(1976年に町立大国小学校、宅野小学校、仁万小学校、馬路小学校を統合)