人道の丘公園

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メモリアルゾーン

人道の丘公園(じんどうのおかこうえん)は、岐阜県加茂郡八百津町にある公園。 命名は梶原拓岐阜県知事(当時)による。「命のビザ」で知られる元外交官の杉原千畝の人道的功績を讃えるため、3年間で総事業費6億5千万円[1]をかけて造られた。

概要[編集]

1992年8月12日に開園。公園は「メモリアルゾーン」、「アクセスゾーン」、「カルチャーゾーン」、「アミューズゾーン」の4つの区域と「杉原千畝記念館」からなる。

沿革[編集]

  • 1992年8月12日 - 開園。
  • 2000年7月15日 - 早稲田大学(杉原の母校)により園内に顕彰碑建立。
  • 2000年7月30日 - 杉原千畝記念館開館。名誉館長に鈴木宗男 (2002年に記念館側から一方的に解任)[2]
  • 2016年7月14日 - 杉原千畝ルート協議会発足[3]
  • 2017年4月27日 - 杉原千畝ルート協議会に名古屋市が参加[4]
  • 2017年5月8日 - リトアニア外相が八百津・千畝記念館を視察[5]

施設[編集]

杉原千畝記念館[編集]

2006年撮影

建物は檜材を使用した伝統構法で造られ、岐阜県21世紀ふるさとづくり芸術賞を受賞した。ナチスドイツから逃亡してきたユダヤ人を救出するためにビザ発行を行った当時のカウナス領事館における杉原千畝による仕事を再現した様子などが展示されている。

休館日[編集]

  • 毎週月曜日(祝日または振替休日の場合は翌日)
  • 年末年始(千畝の誕生日である1月1日も含む)[6]
館長[編集]

 國枝大索

名誉館長[編集]

 鈴木宗男が当初、町長から名誉館長を引き受けたが、2002年に宗男バッシングが始まると、町は連絡もなくクビにし、名誉館長・鈴木宗男の額が倉庫にぶん投げてあったと鈴木宗男氏は語っている。

知事題字による園銘板石碑[編集]

公園名の命名者である梶原拓岐阜県知事(当時)による題字の園銘板がある 

シンボルモニュメント[編集]

平和を奏でるモニュメントと呼ばれ、160本のパイプからなるパイプオルガンをイメージしたモニュメント。デザインは伊井伸。最大高さは6.85m。

命のビザモニュメント[編集]

モニュメント

園内の八百津一望の丘にあるモニュメントで、積み重ねたビザをイメージした形となっている。

その他

第一駐車場にトイレあり

第二駐車場にEV(電気自動車)急速充電器あり

所在地・アクセス[編集]

  • 所在地:加茂郡八百津町八百津1088-2
国道418号(丸山トンネルより)

出生地と公園建設についての報道[編集]

杉原千畝の自筆のメモ

近年、千畝の出生地が八百津町ではないことが、千畝の戸籍[7]や同公園建設当時の事業計画書から改めて明らかになっており、八百津町出生の根拠とされた千畝自筆のメモに別人が手を加えて「武儀郡上有知町」を「加茂郡八百津町」に書きかえられていた疑惑などがマスコミ各社[脚注 1][脚注 2][脚注 3]から報じられてきた。

岐阜県武儀郡上有知町地図(明治44年)

建設当時には千畝の出生地は「美濃市」との認識[編集]

2016年に、千畝の戸籍を千畝の親族が取り寄せたところ、出生地の記載は武儀郡上有知町(現在の美濃市[8]、現在の美濃市2625-1-1であり、あらためて千畝の出生地は八百津町ではないことが明らかになった 。また 最近になり公開された同公園建設当時の事業計画書にも、父好水(よしみ)は税務官吏で、千畝出生の当時、上有知町の税務署に勤めており、一家は、近くの仏教寺である教泉寺の借間に住んでおり、千畝はそこで生を受けたのである旨の記載が見つかり、八百津町は建設当時から千畝の出生地は美濃市との認識を持っていたことが明らかになった[9]

資金調達方法[編集]

建設当時次のように資金調達を計画していたことが事業計画書により明らかになっている[10]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「徹底取材」と称して中部日本放送が夕方ニュース番組イッポウで4回報道
    • イッポウ徹底取材第1弾 「父の出生地はどこ?杉原千畝の四男が巡る」 中部日本放送 2016年08月08日
    • イッポウ徹底取材第2弾 「岐阜の八百津町が反論「我が町こそ千畝の出生地」 中部日本放送 2016年08月29日
    • イッポウ徹底取材第3弾 「疑念~杉原千畝の出生地は?」 中部日本放送 2016年09月29日
    • イッポウ徹底取材第4弾 「徹底取材~杉原千畝の出生地は八百津なの?」 中部日本放送 2016年11月04日
  2. ^ 週刊新潮“「世界記憶遺産」に申請された命のビザ「杉原千畝」手記の改竄疑惑”. 週刊新潮. (2016年11月10日). http://www.dailyshincho.jp/article/2016/11130558/?all=1 2016年1月2日閲覧。 
  3. ^ 既に1999年にも週刊朝日が出生地疑惑を報じていた。
    • 疑惑 出生地違った?「日本のシンドラー」 週刊朝日 1999年9月17日号

出典[編集]

  1. ^ 八百津町杉原千畝記念館 http://sugihara-museum.jp/trend/
  2. ^ 原野城治 (2015年8月15日). “名誉回復に44年間かかった「日本のシンドラー」杉原千畝”. nippon.com. 2016年12月30日閲覧。
  3. ^ 朝日新聞 (2016年7月14日). “岐阜)3県で「杉原千畝ルート」協議会 観光客にPRへ”. 朝日新聞. 2017年5月10日閲覧。
  4. ^ 中日新聞 (2017年4月29日). “名古屋市が新たに加盟 杉原千畝ルート推進協総会”. 中日新聞. 2017年5月10日閲覧。
  5. ^ 中日新聞 (2017年5月9日). “リトアニア外相が八百津・千畝記念館を視察(平井一敏、磯部旭弘署名記事)”. 中日新聞. 2017年5月10日閲覧。
  6. ^ “ご利用案内”. 千畝記念館. http://sugihara-museum.jp/memorialhall/ 2016年1月2日閲覧。 
  7. ^ “千畝氏の出生たどる 戸籍記載の美濃市の寺 四男が訪問”. 岐阜新聞. (2016年7月12日). http://www.gifu-np.co.jp/news/kennai/20160712/201607120921_27638.shtml 2017年5月10日閲覧。 
  8. ^ 岐阜県加茂郡八百津町の原戸籍に生誕地として武儀郡上有知町との記載あり
  9. ^ 人道の丘公園事業計画書 岐阜県および八百津町
  10. ^ イッポウ徹底取材第3弾 疑念~杉原千畝の出生地は? 中部日本放送 2016年09月29日

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度28分22.4秒 東経137度10分5.9秒 / 北緯35.472889度 東経137.168306度 / 35.472889; 137.168306