京都府道61号京都京北線

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主要地方道
Japanese Route Sign Number 6.svgJapanese Route Sign Number 1.svg
京都府道61号標識
京都府道61号 京都京北線
主要地方道 京都京北線
起点 京都市北区上賀茂御薗口町【地図
終点 京都市右京区京北上弓削町【地図
接続する
主な道路
記法
Japanese Route Sign Number 3.svgJapanese Route Sign Number 8.svg
都道府県道38号標識
京都府道38号京都広河原美山線
Japanese National Route Sign 0477.svg 国道477号
Japanese National Route Sign 0162.svg 国道162号
テンプレート(ノート 使い方) PJ道路

京都府道61号京都京北線(きょうとふどう61ごう きょうとけいほくせん)は、京都市北区上賀茂御薗口町を起点に、京都市右京区京北上弓削町に至る府道主要地方道)である。

概要[編集]

京都府道61号 弁ヶ淵カーブ
京都府道61号 柊野別れ交差点
京都府道61号 大岩
京都府道61号 岩屋橋、府道は直進する
京都府道61号 京北井戸町

南側(北区・左京区)

雲ケ畑街道大岩街道とも呼ばれる。御薗橋東詰から坂を下り、上賀茂神社前ロータリーを経て北に伸びる。柊野を縦断する区間は、田畑に混じって新旧の民家が立ち並ぶ生活道路である。概ね一直線に伸び、庄田橋の北で2車線道路、京都府道38号京都広河原美山線加茂街道)と合流する。

鴨川(賀茂川)に架かる高橋(たかばし)以北は、東海自然歩道とも重なる。家並みが途絶え、やや勾配のある長い坂に差し掛かる。この区間は、車坂(くるまざか)と呼ばれる。惟喬(これたか)親王が小野郷へ向かう折に険阻な坂なので、この地で車を乗り捨てたという伝承があり[1]、高貴な姫君が岩屋山志明院に参拝するにあたり、都から車坂まで牛車に揺られ、車坂からは輿に乗って参拝したともいう[2]

山幸橋の南で三叉路に差し掛かり、東方向に伸びる府道(市原バイパス)と分岐する。車両通行帯のない道路となり、道路幅員が狭くなる。かつてはここで道が途絶えていた。そのため、雲ケ畑へは車坂から山に入り、峠を越えたという。この先の川沿いの街道は江戸時代に開かれたとされるが、詳細は不明である[3]

川沿いに道が続くが、幅員は狭く蛇行続きである。「弁ヶ淵カーブ」と呼ばれるこの区間は、かつて1976年(昭和51年)に大雨で寸断され、雲ケ畑地域の住民に被害を与えた[4]。現在は部分的に拡幅工事が行われている[5]。途中に大岩と呼ばれる、その名の通りの大きな岩が東側に現れる[6]。東海自然歩道とも分岐し、やがて市ノ瀬、出合橋を経て雲ケ畑の集落に至る。

真弓、杉阪集落へ向かう持越峠との三叉路を経て、賀茂川の源流、岩屋橋へ着く。ここで岩屋不動尊で知られる志明院へ向かう道と分岐する。岩屋橋を過ぎると民家も途絶え、鬱蒼とした杉木立の中を1車線分の狭い道が伸びるのみである。ハイカーやツーリングで峠に向かう人を除き、交通量はないに等しい。北区と右京区の境界の祖父谷峠附近は、府道が途絶えており、自動車・バイクでの通行は不可能となっている。木を運ぶための林道があり、徒歩で進むことは可能である。

北側(右京区)

桟敷ヶ岳によりいったん途切れた61号線は、右京区の桟敷ヶ岳北麓から再開する。井戸祖父谷川の渓流沿いに道は下り、京北井戸町の集落を抜け桂川を渡り国道477号に合流。常照皇寺門前の山陵橋で国道から分岐し、井戸谷沿いを走り、井戸峠を越えると筒江谷に入る。京北上中町の筒江橋で国道162号に合流して区間は終わる。

山陵橋〜筒江橋間は京都一周トレイルの京北ルートにもなっており、徒歩で井戸峠を越えるハイカーも多い。

路線データ[編集]

歴史[編集]

1977年昭和52年)3月16日に主要地方道へ昇格された。

路線状況[編集]

重複区間[編集]

地理[編集]

通過する自治体[編集]

交差する道路[編集]

南側(北区・左京区)

北側(右京区)

通過する峠[編集]

沿線にある施設など[編集]

南側(北区・左京区)

北側(右京区)

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • 『探訪 京都・上賀茂と二つの鞍馬街道 - その今昔』(西村勁一郎)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]