京都府立鴨沂高等学校
| 京都府立鴨沂高等学校 | |
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| 過去の名称 |
新英学級及女紅場 英女学校及女紅場 女学校及女紅場 京都府女学校 京都府高等女学校 京都府立第一高等女学校 京都府立京都第一高等女学校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
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| 学区 | 京都市・乙訓通学圏 |
| 併合学校 | 京都府立嵯峨野高等女学校 |
| 理念 | 世界平和を希求し、すべての人々が幸福になりうる社会をめざして、事実に基づいて真理を追究し、それに従って実践しようと努力する人間をつくる。 |
| 設立年月日 | 1872年 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 |
全日制課程 |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 | 普通科 |
| 高校コード | 26102F |
| 所在地 | 〒602-0867 |
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京都府京都市上京区寺町通荒神口下ル松蔭町131 北緯35度1分14.8秒 東経135度46分5秒 / 北緯35.020778度 東経135.76806度座標: 北緯35度1分14.8秒 東経135度46分5秒 / 北緯35.020778度 東経135.76806度 | |
| 外部リンク | 公式サイト |
京都府立鴨沂高等学校(きょうとふりつ おうきこうとうがっこう)は、京都府京都市上京区寺町通荒神口下ル松蔭町に所在する府立高等学校。
目次
概要[編集]
1872年に日本最古の官公立の女学校(後の高等女学校)として創立された京一女(京都一女)を前身とする伝統校である[1]。 名前の由来は鴨沂の鴨(おう)は鴨川の鴨、沂(き)は水のほとりという意味があり、鴨川のほとりにある学校ということから来ている。
設置学科[編集]
- 全日制普通科
- 定時制普通科(2019年閉制)
理念[編集]
- 教育方針
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- 自発的・積極的に学習する態度を養い、基礎学力を培い、思考力を養成する。
- 自治活動に進んで参加し、相互の人格を尊重し、正しい方法で討論して、その結果に基づき、責任をもって行動する習慣を養う。
- 社会に対する関心を高め、批判的精神を養成する。
- 勤労の誇りと喜びをもち、社会的活動に耐えうる体力を増進する。
- 芸術的関心を深め、豊かな情操を養う。
- 人間の尊厳という観点から、基本的人権についての科学的な認識を培う。
沿革[編集]
- 1872年(明治5年)4月 - 前身「新英学級及女紅場」が、日本最初の公立女学校として旧九条殿河原町邸に設立された
- 新英学級(新英学校)では英語の、女紅場では技芸の授業が行われていた。
- 1874年(明治7年)- 英女学校及女紅場と改称
- 1876年(明治9年)5月 - 女学校及女紅場と改称
- 1882年(明治15年) - 女紅場の名を廃して京都府女学校と改称
- 1887年(明治20年) - 京都府高等女学校と改称
- 同窓会組織の京都鴨沂会が発足
- 1900年(明治33年)8月 - 九条殿河原町邸より現校地に移転及び、茶室と正門の同邸よりの移築
- 1904年(明治37年)4月 - 京都府立第一高等女学校と改称
- 同様に京都府立第二高等女学校創立
- 1923年(大正12年) - 京都府立京都第一高等女学校と改称
- 1933年(昭和8年)3月 - 本館・体育館及び北運動場の完成
- 1938年(昭和13年)3月 - 図書館完成
- 1948年(昭和23年)4月 - 戦後の学制改革により京都府立嵯峨野高等女学校と合併。京都府立洛北高等学校を同居学習として迎え入れて京都府立鴨沂高等学校に改称
- 1948年(昭和23年)10月 - 高等学校再編成が行われ、洛北高等学校、嵯峨野高等女学校が閉校。高校三原則に基づく新制高校「京都府立鴨沂高等学校」となり、普通科・商業科を置く
- 1968年(昭和43年)9月 - 新体育館・食堂完成
- 1985年(昭和60年)4月 - 新教育制度により普通科にI類・II類(人文系・理数系)を置く
- 1997年(平成9年)4月 - 普通科II類理数系・商業科の生徒募集停止
- 2005年(平成17年)4月 - 普通科II類人文系の生徒募集を停止し、新たに普通科II類文理系を置く
- 2009年(平成21年)4月 - 学区の統合により、京都市東通学圏から京都市北通学圏へ変更
- 2012年(平成24年)10月 - 校舎の改築方針が決定
- 2013年(平成25年)8月 - 京都市上京区今出川通烏丸東入相国寺門前町の京都産業大学附属中学校・高等学校旧校舎に仮移転。
- 2014年(平成26年)4月 - 類型制度と総合選抜を廃止。京都市・乙訓通学圏へ変更
- 2016年(平成28年)4月 - 定時制の募集を停止。
- 2018年(平成30年)夏 - 新校舎完成
- 2019年(平成31年)3月 - 夜間定時制を閉制
年間行事[編集]
- 4月 入学式・新入生歓迎会
- 5月 遠足(全学年)
- 6月 東京研修旅行(2年)
- 9月 文化祭
- 10月 体育祭
- 3月 卒業式
特色・逸話[編集]
- かつては京都府立洛北高等学校とともに京都大学進学者数が全国1位だったこともある(1960年は49人)が[2]、高校進学率の上昇や学校間格差をなくす総合選抜制度の影響で1970年代には進学実績が目立たないものになっていった。
- 京都市内公立高校で4校ある私服通学校の1つであったが、2013年度から制服が導入された。制服導入にあたっては、生徒会が独自に制服の希望や意見を求めるアンケートを行っている[3]。
- ミックスホームルーム制で講座ごとに授業を行い、HRはクラスで行う制度があった。現在は廃止されている。
- アジア初[要出典]の温水プールがあり、敗戦直後はGHQに接収[4] されたこともある。
- 絵画などの美術品を数多く所有している。
- 図書館の蔵書は、開架書庫に2万冊、閉架書庫に4万冊ある。
- ヘレン・ケラーが演説した講堂がある。
- 門は常時開放され、生徒が昼休みに自由に外出することができたが、2013年度から禁止されている。
- 水球部は60年の歴史がある。特に近年は女子水球が強く、JOCジュニアオリンピック夏季大会では2006年から3連覇している。
最寄りのバス停・駅[編集]
- 移転前(2013年8月24日以前)
- 移転後(2013年8月25日以降)
著名な出身者[編集]
卒業生[編集]
- 井上秀 <旧制> - 家政学者、日本女子大学第4代校長。
- 寿岳章子 - 国語学者、エッセイスト
- 山本富士子<旧制> - 女優
- 田宮二郎 - 俳優
- 団令子 - 女優
- 加茂さくら - 女優
- 河田悌一 - 関西大学 元学長(第38・39代)、日本私立学校振興・共済事業団 理事長(2010年~現在)
- 大信田礼子 - 女優
- 森乃福郎(初代) - 落語家、タレント
- 湯浅憲明 - 映画監督
- 李良枝 - 作家
- 塚本能交 - ワコール社長
- 梅棹エリオ - 元冒険家
- 大谷智子 - 東本願寺裏方、元皇族
- 山崎正和 - 評論家、劇作家、大阪大学名誉教授 / 文化功労者
- 一和洋輔 - 俳優。劇団四季所属
- 潮匡人 - 軍事評論家
- 山添寛 - お笑い芸人
- 村上晃一 - スポーツジャーナリスト
- ヒロミ・ヒロヒロ - tricot、ベース
- 山崎泰孝 - 建築家[5]
- 福島紳 - 地球物理学者
- 森口祐一-東京大学教授
- 種田弘 - プロ野球選手
中途退学者[編集]
教職員[編集]
校舎の建替え問題[編集]
2012年10月、校舎の老朽化や耐震化を理由に、全面的な建替えが決定された[6]。
これに対し、卒業生を中心とした「鴨沂高校の校舎を考える会」が、耐震強度不足はごく一部で、全面解体の必要は無いとして、校舎解体の反対運動をおこなっている一方、「京都府立鴨沂高校同窓会」が、全面改築による校舎整備を求めている。「鴨沂高校の校舎を考える会」は、専門家による校舎耐震診断の検証(京都の近代建築を考える会)として、「解体しなくても補強改修で十分耐震化可能」と主張している[7]。
これらの主張に対し、京都府教育委員会は、耐震改修では耐震性と教育環境の確保が両立できないとの見解を示し[8]、京都大学防災研究所の中島正愛教授など防災・地震工学の専門家の所見として「耐震診断等は適切なものであり改築は妥当」と主張している[9]。
2012年6月に、京都府立大学の大場修教授らが、京都府教育委員会の依頼で調査を行い、「木造校舎共々、昭和戦前期に建てられた鉄筋コンクリート造の校舎建築群についても、その全体が保全されることが望まれる。」とした上で、「建替えを前提とした部分的保存の考え方」を報告している[10]。新聞報道では、教育委員会の会合や府議会に報告されておらず、手続き面での問題があるとしている[11]。
- 主要な要望書
- 紫野グラウンドの廃止
- 体育授業や部活動で使用していた紫野グラウンドが、新設学校(京都府立清明高等学校)[15]の建設地となった。
- 計画の発表後に、これまで行ってきた体育授業や体育祭、部活動が充分に行えるとは言えないとして、同等のグラウンドの確保を求める署名運動が行われた。[16]。
- 土壌汚染
京都府教育委員会は2015年12月に改築工事中の敷地内から環境基準を上回るヒ素を検出したと発表。土壌入れ替えなどの対策が必要となるため、完成時期は当初予定した2016年8月末から約1年半延び、2018年ごろになる見込み。
脚注[編集]
- ^ 三 明治初期の女子教育 文部科学省
- ^ 『プレジデントFamily 中学受験大百科 2017完全保存版』プレジデント社、2017年
- ^ “鴨沂高、制服導入へ 来春から”. 京都新聞 (2012年12月7日). 2012年12月8日閲覧。
- ^ http://coboon.jp/memory.of.ouki/archives/category/file-sousou/page/2
- ^ “卒業生インタビュー/建築家・山崎泰孝氏”. 鴨沂高校の校舎を考える会 (2013年8月13日). 2017年10月18日閲覧。
- ^ “昭和モダニズム象徴 鴨沂高 学びや惜別 建て替えへ”. 京都新聞 (2012年10月25日). 2013年10月5日閲覧。
- ^ “鴨沂高校の校舎耐震診断結果資料の見解を専門家に聞きました” (2013年7月6日). 2013年10月5日閲覧。
- ^ “広報資料 府立鴨沂高校の施設整備について” (2013年7月10日). 2013年10月5日閲覧。
- ^ “府立鴨沂高等学校校舎等整備に係る意見聴取会議” (2013年8月13日). 2013年10月5日閲覧。
- ^ “『京都府立鴨沂高等学校既存建築調査報告書』”. 建築まちなみ研究会 (2012年6月1日). 2013年10月5日閲覧。
- ^ “鴨沂高校舎 専門家「文化財的価値、保存を」 府教委、公表せず”. 京都新聞 (2013年7月6日). 2013年10月8日閲覧。
- ^ “京都府立鴨沂高等学校の保存活用に関する要望書”. 一般社団法人日本建築学会近畿支部 (2013年7月6日). 2013年10月5日閲覧。
- ^ “京都府立鴨沂高等学校校舎改築に向けた要望書”. 京都府立鴨沂高等学校同窓会 (2013年7月31日). 2013年10月5日閲覧。
- ^ “京都府立鴨沂高等学校の保存活用整備に関する要望書”. 公益社団法人 日本建築家協会近畿支部保存再生部会 (2013年7月6日). 2013年10月5日閲覧。
- ^ “京都フレックス学園構想”. 京都府教育庁指導部高等教育課. 2013年10月5日閲覧。
- ^ “鴨沂高校の専用グランドを奪わないで下さい!”. 鴨沂高校の校舎を考える会. 2013年10月5日閲覧。