京都師管区

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京都師管区(きょうとしかんく)は、大日本帝国陸軍師管区の一つ。第53師団の管轄区域であり、京都滋賀三重福井の一府三県に相当する地域である。第二次世界大戦末期の1945年昭和20年)には第53師団の管轄から切り離され京都師管区司令部が設けられた。

概要[編集]

常設師団の師団長は、天皇に直隷し、徴兵事務を担当する連隊区司令部を管掌し、補充業務などの管轄区域内の軍政についても責任を有していた。しかし師団長は有事の際には外地に出征して部隊の指揮を取ることが多くなり、内地に於ける補充業務などの軍政については留守部隊が担当した。このため留守師団が置かれ、師団長とは別に留守師団長が補されるようになり、常設師団の留守師団司令部が管轄区域を補充地とする特設師団の補充も担当した。

第53師団創設以前は、京都・滋賀・三重・奈良の四県が、第16師団の管轄区域、即ち第十六師管区であったが、第16師団は1940年(昭和15年)7月に満州に永久駐屯することが決まり、同年8月1日から師管区の呼び方がそれまでの師団の名称ではなく地名を用いるようになり、京都師管区と呼ばれるようになった[1]。その翌年の1941年(昭和16年)9月16日に第53師団が創設された。

京都師管区司令部[編集]

第二次世界大戦の末期の1945年(昭和20年)1月20日に、大本営帝国陸海軍作戦計画大綱を決定、本土に於ける軍の編制を根本的に改め、作戦と軍政の分離が推し進められることとなった。その中でそれまで常設師団が管掌していた補充業務などの軍政を切り離し師管区司令部の管掌事項とし、同年4月1日京都師管区司令部が設けられた。

師管区司令官
  • 浜本喜三郎 予備役中将:1945年(昭和20年)4月1日 - 12月1日

脚注[編集]

  1. ^ 陸軍管区表(昭和15年7月24日軍令陸第20号)