京都市右京区の町名

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
右京区の位置

本項京都市右京区の町名(きょうとしうきょうくのちょうめい)では、区内に存在する公称町名を一覧化するとともに、その成立時期・成立過程等について概説する。

区の概要[編集]

区役所のある太秦地区は京都市街地の西方に位置する。区の領域はその北方、高雄山愛宕山などの山間部、さらに北の旧・京北町の区域も含む。

東から南は京都市左京区北区中京区下京区南区西京区に接し、西から北は京都府亀岡市南丹市に接する。面積291.95平方キロメートル。2009年3月現在の推計人口は約204,000人。京都市11区の中で面積は最大である。

区内には観光地として名高い嵯峨野、「三尾」(さんび)と称される高雄・槇尾(まきのお)・栂尾地区がある。著名な社寺には妙心寺仁和寺龍安寺広隆寺天龍寺大覚寺神護寺高山寺愛宕神社などがある。

京都市は昭和6年(1931年)に周辺の多くの町村を編入し、市域を拡大したが、右京区もこの時に成立した。葛野郡の嵯峨町・京極村・西院村・太秦村・梅津村・花園村・梅ケ畑村・松尾村・桂村・川岡村の旧1町9村の地域をもって右京区が新設された。この時の区の領域は、現・右京区のうち旧・京北町域を除いた地域と、現・西京区の北部に相当する。

昭和51年(1976年)に桂川右岸の地域(旧松尾村・桂村・川岡村を含む)が分区して西京区となった。平成17年(2005年)、いわゆる「平成の大合併」で、北桑田郡京北町を合併した。

町名の概要[編集]

京都市内の町名には「大原来迎院町」のように旧村名、旧大字名に由来する地名(上記例の場合は「大原」)を冠称するものと、「亀屋町」・「菊屋町」のような単独町名とがあるが、右京区内の町名は例外なく、旧大字名などの地区名を冠した複合町名である。

区内の公称町名の数は、『角川日本地名大辞典 26 京都府』下巻によれば1980年現在608町であった。これらの町は2009年現在も存続している。なお、2005年に京北町が編入され、その区域に1,232町が新設されているため、2009年現在の町数は1,840町である。

区内には「鳴滝宇多野谷」・「梅ケ畑向井山」のように、末尾に「町」字を付さない町名が一部に存在する。これらは、山間部などで、昭和6年の町名成立時において当該区域内に人家が存在しなかったものである。

公称町名の一覧[編集]

旧京極村[編集]

公称町名 町数
西京極堤町、西京極東大丸町、西京極西大丸町、西京極畔勝町、西京極町ノ坪町、西京極豆田町、西京極北庄境町、西京極南庄境町、西京極三反田町、西京極中溝町、西京極大門町、西京極宮ノ東町、西京極東町、西京極佃田町、西京極下沢町、西京極中沢町、西京極畑田町、西京極前田町、西京極中町、西京極北裏町、西京極南方町、西京極芝ノ下町、西京極東向河原町、西京極堤外町、西京極橋詰町、西京極殿田町、西京極東側町、西京極薮開町、西京極火打畑町、西京極走上リ町、西京極長町、西京極樋ノ詰町、西京極西向河原町、西京極薮ノ下町、西京極末広町、西京極堤下町、西京極中島町、西京極河原町、西京極東中島町、西京極西中島町、西京極河原町裏町、西京極西団子田町、西京極古浜町、西京極東池田町、西京極西池田町、西京極西川町、西京極徳大寺団子田町、西京極午塚町、西京極北衣手町、西京極南衣手町、西京極東衣手町、西京極西衣手町、西京極郡町、西京極新明町、西京極郡附洲町、西京極浜ノ本町、西京極郡沢町、西京極郡醍醐田町、西京極郡猪馬場町、西京極新田町、西京極北大入町、西京極南大入町、西京極葛野町、西京極野田町、西京極徳大寺西団子田町 65

旧葛野郡京極村は、昭和6年京都市に編入され、右京区の一部となった。京極村には川勝寺(せんじょうじ)・郡(こおり)・徳大寺の3つの大字があった。これらはそれぞれ「西京極」を冠する46町、「西京極郡」を冠する34町、「西京極徳大寺」を冠する2町、計82町に編成された。これら82町は、以下のような変遷を経て、現在は65町となっている。

  • (昭和41年成立)橋詰町
  • (昭和41年廃止)下河原町・四ツ池町
  • (昭和44年成立)(東・西・南・北)衣手町・新明町・(東・西)大丸町・葛野町・郡町・(東・西)池田町、浜ノ本町・(北・南)庄境町
  • (昭和44年、冠を「西京極郡」から「西京極」に変更)(北・南)大入町・午塚町・新田町・野田町
  • (昭和44年廃止)池田町・掛落町・庄境町・溝端町・六条町・郡浅代町・郡大宮田町・郡構エ町・郡北裏町・郡北堂ノ後町・郡南堂ノ後町・郡五反田町・郡衣手町・郡三反田町・郡四条縄手町・郡七反田町・郡芝土井町・郡下河原町・郡新上坊町・郡隅明町(ごおり すみあけちょう)・郡大波町(ごおり だいはちょう)・郡佃町・郡辻堂町・郡鍋淵町・郡二反田町・郡浜ノ本町・郡樋渡町・郡平尻町(ごおり へいじりちょう)・郡宮ノ後町・郡六条町

旧西院村[編集]

公称町名 町数
山ノ内苗町、山ノ内養老町、山ノ内赤山町、山ノ内御堂殿町、山ノ内宮脇町、山ノ内宮前町、山ノ内中畑町、山ノ内瀬戸畑町、山ノ内山ノ下町、山ノ内大町、山ノ内北ノ口町、山ノ内西裏町、山ノ内池尻町、山ノ内五反田町、山ノ内西八反田町、山ノ内荒木町、 16
西院小米町、西院日照町、西院安塚町、西院東貝川町、西院西貝川町、西院四条畑町、西院笠目町、西院春栄町、西院乾町、西院坤町、西院北井御料町、西院南井御料町、西院太田町、西院久田町、西院清水町、西院月双町、西院西田町、西院金槌町、西院上今田町、西院東今田町、西院西今田町、西院東淳和院町、西院西淳和院町、西院春日町、西院上花田町、西院下花田町、西院巽町、西院高山寺町、西院三蔵町、西院平町、西院高田町、西院東中水町、西院西三蔵町、西院西平町、西院西高田町、西院南高田町、西院中水町、西院矢掛町、西院西矢掛町、西院北矢掛町、西院寿町、西院西寿町、西院南寿町、西院西中水町、西院溝崎町、西院西溝崎町、西院追分町、西院六反田町、西院久保田町、西院松井町 50

旧葛野郡西院村には山ノ内・西院の2つの大字があった。このうち、大字山ノ内の区域は「山ノ内」を冠する15町と、西院を冠する2町(金槌町・四条畑町)となった。

大字西院は一部が大正7年(1918年)に当時の下京区に編入された(当該区域は現在の中京区)。大字西院の大部分は昭和6年京都市に編入されて右京区の一部となり、「西院」を冠称する38町と山ノ内苗町となった。

「山ノ内」を冠する計16町は現在も存続している。「西院」を冠する計40町は、以下のような変遷を経て現在は50町となっている。

  • (昭和14年成立)高山寺町・松井町・西三蔵町・西平町・(北・西)矢掛町・(西・南)高田町・寿町・(西・南)寿町・中水町・(東・西)中水町・西溝崎町
  • (昭和14年廃止)五条町・中溝町
  • (昭和29年成立)(上・東・西)今田町・(上・下)花田町・(東・西)淳和院町・春日町
  • (昭和29年廃止)今田町・艮町・花田町・淳和院町
  • (昭和44年成立)(北・南)井御料町
  • (昭和44年廃止)井御料町・馬塚町・桂町・(東・西・中)大丸町・羽根田町・馬場町・東田町

旧太秦村[編集]

公称町名 町数
太秦一ノ井町、太秦和泉式部町、太秦森ケ東町、太秦森ケ西町、太秦垣内町、太秦辻ケ本町、太秦井戸ケ尻町、太秦森ケ前町、太秦上刑部町、太秦下刑部町、太秦下角田町、太秦門田町、太秦海正寺町、太秦藤ケ森町、太秦松本町、太秦野元町、太秦木ノ下町、太秦巽町、太秦東唐渡町、太秦唐渡町、太秦中堤町、太秦荒木町、太秦小手角町、太秦滝ケ花町、太秦朱雀町、太秦組石町、太秦桂ケ原町、太秦奥殿町、太秦椙ケ本町、太秦棚森町、太秦樋ノ内町、太秦川所町、太秦土本町、太秦前ノ田町、太秦百合ケ本町、太秦八反田町、太秦袴田町、太秦皆正寺町、太秦西野町、太秦面影町、太秦石垣町、太秦多薮町、太秦青木元町、太秦西蜂岡町、太秦蜂岡町、太秦東蜂岡町、太秦桂木町、太秦御所ノ内町、太秦一丁芝町、太秦乾町、太秦馬塚町、太秦青木ケ原町、太秦宮ノ前町、太秦京ノ道町、太秦北路町、太秦中筋町、太秦開日町、太秦堀池町、太秦御領田町、太秦中山町、太秦三尾町、太秦帷子ケ辻町、太秦上ノ段町、太秦垂箕山町、太秦堀ケ内町 65
太秦安井小山町、太秦安井車道町、太秦安井西裏町、太秦安井北御所町、太秦安井東裏町、太秦安井春日町、太秦安井藤ノ木町、太秦安井馬塚町、太秦安井辻ノ内町、太秦安井池田町、太秦安井一町田町、太秦安井奥畑町、太秦安井柳通町、太秦安井辰己町、太秦安井水戸田町、太秦安井二条裏町、太秦安井西沢町、太秦安井松本町 18
常盤段ノ上町、常盤草木町、常盤馬塚町、常盤窪町、常盤西町、常盤北裏町、常盤下田町、常盤仲之町、常盤村ノ内町、常盤柏ノ木町、常盤出口町、常盤東ノ町、常盤一ノ井町、常盤森町、常盤古御所町、常盤神田町、常盤御池町、常盤山下町、常盤音戸町 19
嵯峨野嵯峨ノ段町、嵯峨野清水町、嵯峨野有栖川町、嵯峨野神ノ木町、嵯峨野開町、嵯峨野宮ノ元町、嵯峨野秋街道町、嵯峨野千代ノ道町、嵯峨野高田町、嵯峨野南浦町、嵯峨野西ノ藤町、嵯峨野東田町、嵯峨野芝野町、嵯峨野六反田町、嵯峨野投淵町、嵯峨野北野町、嵯峨野内田町 17

旧葛野郡太秦村は、昭和6年京都市に編入され、右京区の一部となった。太秦村には太秦・安井・中野・常盤谷・嵯峨野の5つの大字があった。このうち、大字太秦と大字中野は「太秦」を冠する65町、大字安井は「太秦安井」を冠する18町、大字常盤谷は「常盤」を冠する19町、大字嵯峨野は「嵯峨野」を冠称する17町に編成された。「太秦」を冠する65町のうち、大字中野に属していたのは宮ノ前町・京ノ道町・北路町・中筋町・開日町・堀池町・御領田町・中山町・三尾町の9町である。上記の「嵯峨野」を冠する地区は、観光名所としての「嵯峨野」とは別個の地区である。

旧梅津村[編集]

公称町名 町数
梅津構口町、梅津東構口町、梅津南町、梅津北町、梅津中村町、梅津堤上町、梅津堤下町、梅津石灘町、梅津神田町、梅津高畝町、梅津南広町、梅津北広町、梅津段町、梅津上田町、梅津南上田町、梅津後藤町、梅津北浦町、梅津西浦町、梅津徳丸町、梅津開キ町、梅津林口町、梅津北川町、梅津坂本町、梅津前田町、梅津罧原町、梅津フケノ川町、梅津中倉町、梅津尻溝町、梅津大繩場町、東梅津前子町 29+1

旧葛野郡梅津村は昭和6年京都市に編入され、右京区の一部となった。梅津村には東梅津・西梅津の2つの大字があった。このうち、大字東梅津の区域は大部分が「梅津」を冠する24町に編成され、残りは「大字東梅津」となった。大字西梅津の区域は「梅津」を冠称する6町(罧原町・フケノ川町・前田町・中倉町・尻溝町・大縄場町)となった。その後、昭和44年に東構口町・南上田町が成立し、長通町・畑田町・六竹町が廃止され、「梅津」を冠する町名は現在は29町となっている。

昭和40年(1965年)、当時の京都市内各所に残存していた「大字○○字XX」の区域はすべて「町」に統一され、「○○XX町」と改称された。これに伴い、「大字東梅津」として存続していた区域は東梅津前子町となった。

旧嵯峨町(下嵯峨、上嵯峨、天龍寺)[編集]

旧大字 公称町名 町数
上嵯峨 嵯峨広沢南下馬野町、嵯峨広沢北下馬野町、嵯峨広沢町、嵯峨広沢池下町、嵯峨広沢南野町、嵯峨広沢西裏町、嵯峨広沢御所ノ内町、嵯峨新宮町、嵯峨一本木町、嵯峨大覚寺門前堂ノ前町、嵯峨大覚寺門前八軒町、嵯峨大覚寺門前宮ノ下町、嵯峨釈迦堂門前瀬戸川町、嵯峨大覚寺門前井頭町、嵯峨釈迦堂大門町、嵯峨釈迦堂門前裏柳町、嵯峨釈迦堂門前南中院町、嵯峨二尊院門前北中院町、嵯峨二尊院門前長神町、嵯峨二尊院門前往生院町、嵯峨二尊院門前善光寺山町、嵯峨鳥居本小坂町、嵯峨鳥居本六反町、嵯峨鳥居本仙翁町、嵯峨鳥居本仏餉田町、嵯峨小倉山町、嵯峨鳥居本化野町、嵯峨鳥居本中筋町、嵯峨釈迦堂藤ノ木町、嵯峨大覚寺門前六道町、嵯峨観空寺久保殿町、嵯峨観空寺岡崎町、嵯峨観空寺明水町、嵯峨大覚寺門前登リ町、嵯峨大沢町、嵯峨大沢柳井手町、嵯峨大沢落久保町、嵯峨釣殿町、北嵯峨六代芝町、北嵯峨洞ノ内町、北嵯峨名古曾町、北嵯峨赤阪町、北嵯峨山王町、北嵯峨八丈町、北嵯峨北ノ段町、北嵯峨気比社町、嵯峨鳥居本北代町、北嵯峨朝原山町、北嵯峨長刀坂町、嵯峨観空寺谷町、嵯峨鳥居本一華表町、嵯峨鳥居本深谷町、嵯峨清滝一華表町、嵯峨清滝観喜山町、嵯峨清滝田鶴原町、嵯峨清滝町、嵯峨清滝八講檀町、嵯峨愛宕町、嵯峨清滝堂尻町、嵯峨清滝北谷町、嵯峨清滝月ノ輪町、嵯峨清滝空也滝町、嵯峨清滝大谷町、嵯峨清滝深谷町、嵯峨清滝八丁山町、嵯峨清滝亀ケ首町 66
下嵯峨 嵯峨明星町、嵯峨朝日町、嵯峨中通町、嵯峨苅分町、嵯峨中又町、嵯峨折戸町、嵯峨梅ノ木町、嵯峨伊勢ノ上町、嵯峨中山町、嵯峨柳田町、嵯峨五島町、嵯峨蜻蛉尻町、嵯峨石ケ坪町、嵯峨罧原町、嵯峨甲塚町、嵯峨北堀町 16
天龍寺 嵯峨天龍寺広道町、嵯峨天龍寺今堀町、嵯峨天龍寺角倉町、嵯峨天龍寺竜門町、嵯峨天龍寺車道町、嵯峨天龍寺北造路町、嵯峨天龍寺造路町、嵯峨天龍寺芒ノ馬場町、嵯峨天龍寺立石町、嵯峨野々宮町、嵯峨中ノ島町、嵯峨亀ノ尾町、嵯峨亀山町、嵯峨天龍寺若宮町、嵯峨天龍寺瀬戸川町、嵯峨天龍寺油掛町、嵯峨天龍寺中島町、嵯峨天龍寺椎野町、嵯峨小倉山堂ノ前町、嵯峨小倉山緋明神町、嵯峨小倉山小倉町、嵯峨小倉山山本町、嵯峨小倉山田淵山町 23

旧葛野郡嵯峨町は、昭和6年京都市に編入され、右京区の一部となった。嵯峨町は明治22年(1889年)の市制町村制施行時には嵯峨村であった。明治36年(1903年)に下嵯峨村を編入、大正12年に町制を施行している。嵯峨町には上嵯峨・下嵯峨・天龍寺・水尾・原・越畑の6つの大字があった。このうち、大字上嵯峨は「嵯峨」を冠する56町と「北嵯峨」を冠する10町に、大字下嵯峨は「嵯峨」を冠する16町に、大字天龍寺は「嵯峨」を冠する23町に、それぞれ編成された。旧・大字上嵯峨には清滝地区、愛宕山頂の愛宕神社などが含まれる。

旧嵯峨町(水尾、原、越畑)[編集]

公称町名 町数
嵯峨水尾神明、嵯峨水尾下神明、嵯峨水尾奥、嵯峨水尾北垣内町、嵯峨水尾北ノ谷、嵯峨水尾宮ノ脇町、嵯峨水尾武蔵嶋町、嵯峨水尾ユリ、嵯峨水尾向、嵯峨水尾竹ノ尻町、嵯峨水尾平尾、嵯峨水尾深谷、嵯峨水尾東、嵯峨水尾阿多古、嵯峨水尾岩ノ谷、嵯峨水尾滝ノ谷、嵯峨水尾大岩、嵯峨水尾大迫、嵯峨水尾中頃、嵯峨水尾下深谷、嵯峨水尾岡ノ窪町、嵯峨水尾松尾垣内、嵯峨水尾シメボシ、嵯峨水尾清和、嵯峨水尾鳩ケ巣、嵯峨水尾奥中尾、 26
嵯峨樒原蓮台、嵯峨樒原稲荷元町、嵯峨樒原岡ケ鼻、嵯峨樒原若宮下町、嵯峨樒原清水町、嵯峨樒原高見町、嵯峨樒原橋子、嵯峨樒原宮ノ上町、嵯峨樒原甲北町、嵯峨樒原岩ノ上、嵯峨樒原大水口、嵯峨樒原辻田、嵯峨樒原鎧田、嵯峨樒原西ノ百合、嵯峨樒原大久保、嵯峨樒原繩手下、嵯峨樒原神宝岩、嵯峨樒原東桃原、嵯峨樒原西桃原、嵯峨樒原手取垣内、嵯峨樒原池ノ谷、嵯峨樒原千福田、嵯峨樒原大水上、嵯峨樒原甲脇、嵯峨樒原蓮台脇、嵯峨樒原小山、 26
嵯峨越畑手取垣内、嵯峨越畑正権谷、嵯峨越畑正権条、嵯峨越畑上正権条、嵯峨越畑上新開、嵯峨越畑南下条、嵯峨越畑下新開、嵯峨越畑上中溝町、嵯峨越畑下中溝、嵯峨越畑兵庫前町、嵯峨越畑筋違、嵯峨越畑竹ノ尻、嵯峨越畑荒堀、嵯峨越畑南ノ町、嵯峨越畑中ノ町、嵯峨越畑北ノ町、嵯峨越畑大円、嵯峨越畑大根谷、嵯峨越畑北ノ谷、嵯峨越畑中条、嵯峨越畑鍋浦、嵯峨越畑尻谷、嵯峨越畑中畑、嵯峨越畑向山、嵯峨越畑桃原、嵯峨越畑桃原垣内、嵯峨越畑天慶、嵯峨越畑上大谷、嵯峨越畑下大谷 29

旧葛野郡嵯峨町のうち、大字水尾は「嵯峨水尾」を冠する26町に、大字原は「嵯峨樒原」(さがしきみがはら)を冠する26町に、大字越畑は「嵯峨越畑」を冠する29町に、それぞれ編成された。

旧花園村[編集]

公称町名 町数
花園寺ノ内町、花園馬代町、花園艮北町、花園猪ノ毛町、花園木辻南町、花園木辻北町、花園巽南町、花園薮ノ下町、花園中御門町、花園春日町、花園八ツ口町、花園坤南町、花園車道町、花園寺ノ前町、花園伊町、花園扇野町、花園宮ノ上町、花園大薮町、花園寺ノ中町、花園妙心寺町、花園鷹司町、花園岡ノ本町、花園一条田町、花園圓成寺町、花園天授ケ岡町、花園内畑町、花園段ノ岡町、花園土堂町 28
宇多野柴橋町、宇多野北ノ院町、宇多野芝町、宇多野馬場町、宇多野御池町、宇多野長尾町、宇多野福王子町、宇多野法安寺町、宇多野上ノ谷、宇多野御屋敷町 10
鳴滝泉谷町、鳴滝蓮池町、鳴滝宅間町、鳴滝川西町、鳴滝松本町、鳴滝般若寺町、鳴滝音戸山町、音戸山山ノ茶屋町、鳴滝本町、鳴滝嵯峨園町、鳴滝西嵯峨園町、鳴滝藤ノ木町、鳴滝中道町、鳴滝瑞穂町、鳴滝桐ケ淵町、鳴滝蓮花寺町、鳴滝白砂、鳴滝吉兆谷、鳴滝沢、鳴滝三本松、鳴滝池ノ谷、鳴滝宇多野谷、鳴滝春木町、鳴滝安井殿町、鳴滝泉殿町、 24+1
山越乾町、山越巽町、山越東町、山越中町、山越西町 5
谷口唐田ノ内町、谷口梅津間町、谷口園町、谷口圓成寺町、谷口垣ノ内町 5
龍安寺五反田町、龍安寺住吉町、龍安寺池ノ下町、龍安寺衣笠下町、龍安寺斎宮町、龍安寺御陵ノ下町、龍安寺西ノ川町、龍安寺玉津芝町、龍安寺朱山、龍安寺山田町、龍安寺塔ノ下町、 11
御室芝橋町、御室岡ノ裾町、御室小松野町、御室堅町、御室大内、御室住吉山町、御室双岡町、 7

旧葛野郡花園村は、1931年京都市に編入され、右京区の一部となった。花園村には花園・宇多野・谷口・御室の4つの大字があった。このうち、大字花園は「花園」を冠する28町に編成された。大字宇多野は「宇多野」を冠する10町、「鳴滝」を冠する24町、「山越」を冠する5町と音戸山山ノ茶屋町に編成された。大字谷口は「谷口」を冠する5町と「龍安寺」を冠する11町に編成された。大字御室は大部分が「御室」を冠する5町に編成され、残余は「大字御室」になった。

昭和40年(1965年)、当時の京都市内各所に残存していた「大字○○字XX」の区域はすべて「町」に統一され、「○○XX町」と改称された。これに伴い、「大字御室」として存続していた区域は、御室住吉山町・御室双岡町となった。

旧梅ケ畑村[編集]

公称町名 町数
梅ケ畑高鼻町、梅ケ畑向ノ地町、梅ケ畑薮ノ下町、梅ケ畑畑ノ下町、梅ケ畑畑町、梅ケ畑中田町、梅ケ畑山崎町、梅ケ畑古田町、梅ケ畑猪ノ尻町、梅ケ畑宮ノ口町、梅ケ畑中繩手町、梅ケ畑上ノ町、梅ケ畑篝町、梅ケ畑清水町、梅ケ畑広芝町、梅ケ畑上砥町、梅ケ畑奥殿町、梅ケ畑久保谷町、梅ケ畑御経坂町、梅ケ畑蓮華谷、梅ケ畑桧社町、梅ケ畑御所ノ口町、梅ケ畑中嶋町、梅ケ畑鳥坂谷、梅ケ畑谷山、梅ケ畑西ノ畑町、梅ケ畑殿畑町、梅ケ畑引地町、梅ケ畑槙尾町、梅ケ畑栂尾町、梅ケ畑高雄町、梅ケ畑笹江辺町、梅ケ畑川東、梅ケ畑亀石町、梅ケ畑向井山、梅ケ畑川西町、梅ケ畑谷山川西、梅ケ畑行衛谷、梅ケ畑燧岩谷、梅ケ畑増井西平、梅ケ畑真野ケ百合、梅ケ畑冷水、梅ケ畑風吹、梅ケ畑雲心寺西平、梅ケ畑雲心寺東平、梅ケ畑馬谷西平、梅ケ畑馬谷東平、梅ケ畑寺尾、梅ケ畑高雄西谷、梅ケ畑増井東平、梅ケ畑菖蒲谷、梅ケ畑水谷 52

旧葛野郡梅ケ畑村は、昭和6年京都市に編入され、右京区の一部となった。梅ケ畑村には大字はなく、旧村域は「梅ケ畑」を冠称する52町に編成された。

旧京北町[編集]

右京区の京北地区は、もとの北桑田郡京北町で、平成17年(2005年)にいわゆる「平成の大合併」で京都市右京区に編入された。他自治体の京都市への編入は、昭和34年(1959年)の久世村(現・南区)、大原野村(現・西京区)の編入以来46年ぶりであった。

この地区は、明治22年(1889年)の市制町村制施行の時点では、北桑田郡の6つの村であった。周山村は昭和18年(1943年)に町制を施行し、周山町となった。周山町を含む1町5村は昭和30年(1955年)に合併し、京北町となった。これら1町5村とそれらが含んでいた大字の名称は次のとおりである。

  • 黒田村 7大字(芹生・灰屋・片波・上黒田・宮・下黒田・広河原)
  • 山国村 10大字(小塩・初川・井戸・大野・比賀江・中江・塔・辻・鳥居・下)
  • 弓削村 9大字(上中・下中・下弓削・塩田・井崎・赤石・田貫・室谷・上弓削)
  • 周山町 9大字(宇野・浅江・西・矢代中・漆谷・熊田・下熊田・五本松・周山)
  • 細野村 大字なし
  • 宇津村 6大字(柏原・弓槻・栃本・中地・明石・下宇津)

旧細野村の区域は京北町大字細野となり、残りの1町4村の計41の大字は引き続き京北町の大字となり、発足当初の京北町は42の大字で構成されていた。ただし、地理的に京都市方面との関係が強い大字広河原は昭和32年(1957年)京都市左京区に編入されたため、以後は41大字となった。

平成17年(2005年)、京北町は京都市右京区に編入され、41大字は「京北」を冠する1,232町に編成された。町名は下の例のように、従前の「京北町大字A小字B」を「右京区京北A町B」と改称する原則によって命名されている。

  • 京都府北桑田郡京北町大字周山小字上寺田 → 京都府京都市右京区京北周山町上寺田

「京北A町B」をもって一町名であり、「京北A町(字)B」ではない(郵便番号は通常一町に対し付番されるが、旧京北町は旧大字単位で付番されている。)。

以下には旧・大字ごとの町名の数のみを記し、個々の町名の列挙は割愛する(町名リストは、外部リンクの「京都市区の所管区域条例」を参照)。

  • 京北芹生町 13町
  • 京北灰屋町 17町
  • 京北片波町 8町
  • 京北上黒田町 29町
  • 京北宮町 16町
  • 京北下黒田町 19町
  • 京北小塩町 19町
  • 京北初川町 6町
  • 京北井戸町 35町
  • 京北大野町 32町
  • 京北比賀江町 32町
  • 京北中江町 21町
  • 京北塔町 17町
  • 京北辻町 24町
  • 京北鳥居町 29町
  • 京北下町 35町
  • 京北上中町 24町
  • 京北下中町 39町
  • 京北下弓削町 47町
  • 京北塩田町 22町
  • 京北井崎町 21町
  • 京北赤石町 11町
  • 京北田貫町 36町
  • 京北室谷町 7町
  • 京北上弓削町 148町
  • 京北宇野町 23町
  • 京北浅江町 21町
  • 京北西町 20町
  • 京北矢代中町 14町
  • 京北漆谷町 14町
  • 京北熊田町 30町
  • 京北下熊田町 52町
  • 京北五本松町 27町
  • 京北周山町 60町
  • 京北細野町 153町
  • 京北柏原町 17町
  • 京北弓槻町 12町
  • 京北栃本町 15町
  • 京北中地町 20町
  • 京北明石町 12町
  • 京北下宇津町 35町
  • (計1,232町)

備考[編集]

  • 西京極樋ノ詰町 - 地図にみえないが、『角川日本地名大辞典 26 京都府』(以下「角川」)には水路のみの無人町とある。
  • 東梅津前子町 - 地図にみえないが、「角川」には道路用地のみの無人町とある。
  • 鳴滝池ノ谷 - 地図にみえないが、「角川」には山間部に位置する無人町とある。
  • 梅ケ畑高雄西谷 - 地図にみえないが、「角川」には山間部に位置する無人町とある。
  • 西京極郡附洲町(こおりつきすちょう) - 郵便番号一覧表には当町が収録されているが、「角川」では昭和44年(1969年)に廃止された旧町とする。京都市の各区に属する公称町名を列挙した「京都市区の所管区域条例」(昭和24年4月1日京都市条例第7号)にも西京極郡附洲町の名はみえない。本項「京都市右京区の町名」における現行町名数は便宜上「角川」の説に準じる。

参考文献[編集]

  • 『角川日本地名大辞典 26 京都府』、角川書店、1982
  • 『日本歴史地名大系 27巻 京都市の地名』、平凡社、1979
  • 水谷憲司『京都 もう一つの町名史』、永田書房、1995

外部リンク[編集]