京都大学複合原子力科学研究所

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京都大学複合原子力科学研究所
正式名称 京都大学複合原子力科学研究所
英語名称 Kyoto University Institute for Integrated Radiation and Nuclear Science
略称 京大複合研、KURNS
組織形態 大学附置研究所
共同利用・共同研究拠点
所在地 日本の旗 日本
590-0494
大阪府泉南郡熊取町朝代西2丁目1010
北緯34度23分16.7秒
東経135度20分49.2秒
予算 17億3千万円(2014年度決算)[1]
*運営費交付金 12億7千万円[1]
*科研費1億2千万円[1]
*その他外部資金 3億4千万円[1]
人数 教授18人[1]
准教授21人[1]
講師1人[1]
助教33人[1]
事務職員・技術職員51人[1]
院生50人[1]
(2015年10月現在)
所長 川端祐司
設立年月日 1963年4月1日
前身 京都大学原子炉実験所
上位組織 京都大学
保有装置 研究用原子炉 (KUR) など
公式サイト 京都大学複合原子力科学研究所
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京都大学複合原子力科学研究所(きょうとだいがくふくごうげんしりょくかがくけんきゅうしょ、: Kyoto University Institute for Integrated Radiation and Nuclear Science、略称:KURNS)は、京都大学の附置研究所で、「原子炉による実験およびこれに関連する研究」を行うことを目的に全国大学等で共同利用するための施設として1963年に発足した研究所である。共同利用・共同研究拠点に指定されている。大阪府泉南郡熊取町に所在する。 2018年3月までは「京都大学原子炉実験所」(きょうとだいがくげんしろじっけんしょ、: Kyoto University Research Reactor Institute、略称:KURRI)という名称であった。

概要[編集]

1963年に設立。原子力に関する京都大学の共同利用・共同研究拠点であり、設置以来一貫して原子力と放射線の利用に関する研究教育活動が行われている。

保有施設として、研究用原子炉(Kyoto University Research Reactor、略称:KUR)と臨界集合体実験装置(Kyoto University Critical Assembly、略称:KUCA)の2つの原子炉施設を有している。かつては5つの大学が計6つの原子炉施設を有していたが、現在では、立教大原子力研究所の立教大炉 (RUR)、武蔵工大(現東京都市大学)原子力研究所の武蔵工大炉 (MITRR)、東京大学工学系研究科附属原子力工学研究施設の東京大炉(弥生)の運転が終了したため、大学が有する原子炉施設として近畿大学原子力研究所(研究炉UTR-KINKIを所有)とともに貴重な存在となっている。また、原子炉施設だけでなく、FFAG 加速器サイクロトロン加速器等の加速器施設やコバルト60ガンマ線照射装置等のRI使用施設も有しており、これらの施設を活かした複合的な原子力科学分野の研究が行われている。

研究分野は原子力基礎科学から粒子線物質科学や放射線生命医科学まで広範囲に渡っており、中性子捕捉療法 (BNCT) の臨床研究においては、研究炉を用いた臨床研究で世界最多の実施件数を誇り[2]、30MeVサイクロトロン加速器を用いて世界初となる加速器中性子源によるBNCTの治験を開始する[3][4]など、世界をリードしている。

沿革[編集]

概要[編集]

京都大学複合原子力科学研究所の前身である京都大学原子炉実験所の歴史は、1955年9月に研究用原子炉の設置計画案が京都大学工学研究所(現・京都大学エネルギー理工学研究所)から文部省に提出されたことに始まる。同じ頃、大阪大学からも実験用原子炉の設置が文部省に申請されたため、文部省は両者を併合して認可する方針を採り、京大・阪大合同で実験用原子炉の設置をすることとした。また、1956年1月に発足した原子力委員会は、同年9月に原子力開発長期基本計画を策定し、その中で京都大学・大阪大学が共同利用する研究炉を設置することを定めた。こうして、関係機関(関係大学、科学技術庁日本学術会議)と協議の上、1956年11月5日に京都大学に原子炉設置準備委員会が設置され(委員は京都大学、大阪大学からそれぞれ4名、原子力局長、大学学術局長、日本原子力研究所副理事長)、同月30日に文部省で第1回委員会が開かれた。翌1957年1月9日に準備委員会は敷地場所を京都府宇治市に定めたが、淀川を水源とする市町村の猛反対に遭い、湯川委員長が辞任に追い込まれた。このため同年8月の第5回委員会で宇治案の撤回を決定し、大阪府高槻市阿武山付近を候補地としたが、ここでも隣接の茨木市をはじめ周辺市町村の反対を受けた。その後、交野町四条畷町美原町と候補に挙がったものの、思うような成果は得られず、ようやく1960年12月9日に現在の熊取町朝代地区への建設が決定した。1962年には学内に研究用原子炉建設本部(建設本部は工学研究所の中に置かれたが、研究所とは別のものとして運営)が設けられた。工学研究所内に設置予定であった研究用原子炉については、その規模から見て全国共同利用にすることが望ましいという政府見解の下、関係委員会において慎重審議の結果、全国利用の実を上げるには工学研究所とは別個の独立した機関として運営することが望ましいとの結論になり、原子炉実験所が新たに附置されることになった。施設の建設は1961年12月の起工式以来3年計画で進められ、工事期間中の1963年4月1日には原子炉実験所が正式に京都大学に附置された。

原子炉については、1961年9月に研究用原子炉(KUR、1号炉)の原子炉設置承認申請書が京都大学から科学技術庁原子力局へ提出され、翌1962年3月に承認された。1964年6月25日にKURは初臨界に成功し、さらに同年8月には定格出力1,000kWに到達し、1968年7月にKURは熱出力5,000kWへ出力上昇した。臨界集合体実験装置 (KUCA) については1972年度を起点とする2年計画で予算が措置され、1972年5月KUCA増設の原子炉設置変更承認申請を提出し、同年8月に承認された。そして、1974年8月6日にC架台で初臨界に成功した。また、1976年10月、高中性子束炉(Kyoto University High Flux Reactor、略称:KUHFR、2号炉)増設の原子炉設置変更許可申請書が提出され、1978年10月に承認された。しかし、同年12月に反核団体・原水爆禁止全面軍縮大阪府協議会より計画に異議が出され、翌1979年3月には米国スリーマイル島原子力発電所事故が発生、4月には原子炉実験所の排水が流れる小川から放射性同位元素コバルト60が検出されるなど、2号炉計画は大きな打撃を受けた。建設に着工することができないまま、実験所は2号炉計画の撤回を決定し、1990年12月にKUHFR増設撤回の原子炉設置変更承認申請が提出され、翌1991年2月に国に承認された。

福島第一原子力発電所事故を受けて試験研究炉の規制基準も厳格化されたことから、KUR、KUCAとも2014年の定期検査入りから運転を停止していた[5]が、新規制基準に対応する工事を終え、KUCAは2017年6月21日に[6]、KURは同年8月29日に[7]再稼働した。

2018年4月、研究所名を原子炉実験所から複合原子力科学研究所へ改めた[8]

年表[編集]

  • 1955年9月 1MWスイミングプール型研究用原子炉を工学研究所(現エネルギー理工学研究所)に設置する概算要求を文部省に提出。
  • 1956年
    • 4月 工学研究所に原子力研究への部門変換および研究炉新設のための予算付与。
    • 8月 文部省が京都大学に研究用原子炉1基を設置する案を科学技術庁に提出。
    • 9月 原子力委員会が原子力開発利用長期基本計画を発表。大学における基礎研究および教育のための原子炉をさしあたり関西方面に1基建設することを表明。
    • 11月 京都大学に研究用原子炉設置準備委員会設置。
  • 1958年
    • 7月 京都大学が原子力委員会に関西研究用原子炉設置計画資料を提出。
    • 9月 関西研究用原子炉建設委員会発足。
  • 1960年12月 工学研究所に研究用原子炉建設本部設置。
  • 1961年9月 研究用原子炉(KUR、1号炉)の原子炉設置許可申請書提出。
  • 1962年
    • 3月 KURの原子炉設置承認。
    • 4月 京都大学に研究用原子炉建設本部設置(前記原子炉建設本部改組)。
  • 1963年4月 全国大学等の共同利用研究所として原子炉実験所設置。
  • 1964年
    • 6月 KURが初臨界到達。
    • 8月 KURが定格出力1,000kWに到達。
  • 1968年7月 KURが定格出力5,000kWに到達(定格出力上昇)。
  • 1972年
    • 5月 臨界集合体実験装置 (KUCA) 増設の原子炉設置変更許可申請書提出。
    • 8月 KUCAの原子炉設置変更承認。
  • 1974年8月 KUCAが初臨界到達。
  • 1976年10月 高中性子束炉(KUHFR、2号炉)増設の原子炉設置変更許可申請書提出。
  • 1978年10月 KUHFR増設の原子炉設置変更承認。
  • 1990年
    • 2月 医療照射の開始(再開(1974年に1症例)、前年の武蔵工大炉の停止に因る)。
    • 12月 KUHFR増設撤回の原子炉設置変更許可申請書提出。
  • 1991年3月 KUHFR増設撤回の設置変更承認。
  • 2006年2月 KURで高濃縮ウラン燃料を用いた運転を終了。
  • 2010年
  • 2014年9月 KURおよびKUCAの新規制基準に係る適合性の審査の申請。
  • 2016年
    • 5月 KUCAが新規制基準適合性に係る審査に合格(設置変更の承認)[9][10]
    • 9月 KURが新規制基準適合性に係る審査に合格(設置変更の承認)[11][12]
  • 2017年
    • 6月 KUCAが運転再開[6]
    • 8月 KURが運転再開[7]
  • 2018年
    • 4月 京都大学複合原子力科学研究所に改名[8]

組織[編集]

  • 原子力基礎科学研究本部
    • 原子力基礎工学研究部門
    • 附属安全原子力システム研究センター
  • 粒子線物質科学研究本部
    • 粒子線基礎物性研究部門
  • 放射線生命医科学研究本部
    • 放射線生命科学研究部門
    • 附属粒子線腫瘍学研究センター

教育[編集]

大学院理学研究科医学研究科工学研究科農学研究科エネルギー科学研究科における協力講座として講義や研究指導を行っている。また、全学共通科目等の提供や、全国の原子力系大学院生を対象にKUCAを用いて夏期1週間の炉物理実験を実施している[13]

イベント[編集]

毎年4月に研究所の一般公開を行っている[14]。また、学術公開を毎月1回実施している[15]。 その他、毎年10月にアトムサイエンスフェアを開催している[16]

施設および装置[編集]

  • 研究用原子炉 (KUR)
    濃縮ウラン軽水炉(スイミングプールタンク型)、最大熱出力5,000kW。従来は濃縮度93%の高濃縮ウランを使用していたが、高濃縮ウランは核兵器に直接転用可能であるため米国が提供を中止し、濃縮度20%未満の低濃縮ウランに転換した。重水設備ではBNCTの医療照射が行われている。
  • ホットラボラトリ
  • 臨界集合体実験装置 (KUCA)
    固体減速架台2基(A、B架台)、軽水減速架台1基(C架台)、最大熱出力100W。型式の異なる3つの炉心(A-C架台)を1つの駆動装置で運転することができ、1つの炉心で実験している間に他の炉心では次の実験の準備をすることができる。
  • コバルト60 ガンマ線照射装置
  • 電子線型加速器
    46MeV電子ライナック。
  • トレーサラボラトリ
  • イノベーションリサーチラボラトリ

歴代所長[編集]

歴代所長は以下の通り[19]。所長は京都大学の教授をもって充てられ、任期は2年で再任は妨げられない[20]

氏名 在任時期 専門分野 備考
初代 木村毅一 1963年4月01日 - 1968年3月31日 原子核物理学 京都帝国大学理学博士
第2代 岡村誠三 1968年4月01日 - 1972年3月31日 高分子化学 京都帝国大学工学博士
第3代 柴田俊一 1972年4月01日 - 1980年3月31日 原子炉工学 工学博士
第4代 林竹男 1980年4月01日 - 1983年4月01日 原子核物理学 理学博士
第5代 岡本朴 1983年4月02日 - 1989年4月01日 中性子工学 京都大学工学博士
第6代 西原英晃 1989年4月02日 - 1995年4月01日 原子炉工学 ミシガン大学Ph.D.、京都大学工学博士
第7代 前田豊 1995年4月02日 - 1999年3月31日 原子核物理学 京都大学理学博士
第8代 井上信 1999年4月01日 - 2003年3月31日 原子核物理学 理学博士
第9代 代谷誠治 2003年4月01日 - 2009年3月31日 原子炉物理学 工学博士、元原子力安全委員会委員
第10代 森山裕丈 2009年4月01日 - 2015年3月31日 核材料工学 京都大学工学博士
第11代 川端祐司 2015年4月01日 - 現職 中性子物理工学 京都大学工学博士

所員[編集]

現所員[編集]

  • 藤川陽子 - 原子力基礎工学研究部門准教授
  • 谷垣実 - 粒子線基礎物性研究部門助教
  • 藤井紀子 - 放射線生命科学研究部門教授

著名教員(元職)[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g h i j 京都大学原子炉実験所-要覧-日本語版(2015年12月) (PDF)
  2. ^ ホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の現状 (PDF)
  3. ^ a b “世界初の加速器B N C Tによる治験開始について” (PDF) (プレスリリース), ステラケミファ株式会社、ステラファーマ株式会社, (2012年9月6日), http://www.stella-pharma.co.jp/images/business/20120906pressrelease.pdf 
  4. ^ a b “世界初の加速器B N C T(ホウ素中性子捕捉療法)による治験開始について” (PDF) (プレスリリース), 住友重機械工業株式会社, (2012年9月6日), http://www.shi.co.jp/info/2012/6kgpsq0000001f10-att/6kgpsq0000001f1i.pdf 
  5. ^ “研究用原子炉が使えない! 規制強化で14基停止 緊急避難、韓国で実習も 規制委、審査円滑化へ”. 産経ニュース. (2015年5月25日). http://www.sankei.com/affairs/news/150525/afr1505250001-n1.html 2017年5月3日閲覧。 
  6. ^ a b “京大原子炉が運転再開 研究用では2基目 大阪・熊取町”. 産経新聞. (2017年6月21日). http://www.sankei.com/west/news/170621/wst1706210114-n1.html 2017年6月29日閲覧。 
  7. ^ a b “京大原子炉:研究用KUR運転再開”. 毎日新聞. (2017年8月29日). https://mainichi.jp/articles/20170829/ddf/041/040/014000c 2017年9月9日閲覧。 
  8. ^ a b 京都大学原子炉実験所の組織名称変更について(新名称:京都大学複合原子力科学研究所)”. 京都大学複合原子力科学研究所. 2018年4月22日閲覧。
  9. ^ “近大、京大の研究炉に「合格証」 規制委が審査書を正式決定”. 産経新聞. (2016年5月11日). http://www.sankei.com/west/news/160511/wst1605110049-n1.html 2017年3月4日閲覧。 
  10. ^ “京大と近大の原子炉2基、正式に「合格」”. 毎日新聞. (2016年5月11日). http://mainichi.jp/articles/20160511/k00/00e/040/187000c 2017年3月4日閲覧。 
  11. ^ “福井・高浜原発 3、4号機のテロ対策施設「合格」”. 毎日新聞. (2016年9月22日). http://mainichi.jp/articles/20160922/ddp/012/040/014000c 2017年3月4日閲覧。 
  12. ^ “新規制基準審査で高浜3、4号の特定重大事故等対処施設に初の「合格」、京大「KUR」も”. 原子力産業新聞. (2016年9月21日). http://www.jaif.or.jp/160921-1/ 2017年3月4日閲覧。 
  13. ^ 教育”. 京都大学原子炉実験所. 2017年4月2日閲覧。
  14. ^ 一般公開”. 京都大学原子炉実験所. 2018年4月1日閲覧。
  15. ^ 学術公開”. 京都大学原子炉実験所. 2018年4月1日閲覧。
  16. ^ アトムサイエンスフェア”. 京都大学原子炉実験所. 2018年4月1日閲覧。
  17. ^ 世界初の加速器駆動未臨界炉実験が始まりました”. 京都大学原子炉実験所. 2017年4月30日閲覧。
  18. ^ “世界初の加速器によるホウ素中性子捕捉療法の動物実験を開始しました。” (プレスリリース), 京都大学, http://www.kyoto-u.ac.jp/static/ja/news_data/h/h1/news7/2009/090805_1.htm 2017年4月30日閲覧。 
  19. ^ 沿革”. 京都大学原子炉実験所. 2017年4月2日閲覧。
  20. ^ 京都大学原子炉実験所規程”. 2017年4月30日閲覧。

外部リンク[編集]