井手元健一朗

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井手元 健一朗
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 三重県四日市市
生年月日 (1973-10-02) 1973年10月2日(43歳)
身長
体重
176 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1991年 ドラフト5位
初出場 1995年9月23日
最終出場 2000年7月17日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • JR東海

井手元 健一朗(いでもと けんいちろう、1973年10月2日 - )は、三重県四日市市[1]出身の元プロ野球選手・社会人野球選手(投手)、指導者。

経歴[編集]

小学3年から野球を始める[1]四日市工業高校では2年からエースとなり、3年時の1991年夏の甲子園に出場[1]。初戦の2回戦は、エース黒木知宏を擁する延岡学園と対戦、8-4のスコアで競り勝って甲子園初勝利を成し遂げる。次の3回戦、松商学園と対戦した際には、エース上田佳範と延長16回に及ぶ壮絶な投げ合いを展開したが、最後は打席の上田にサヨナラ押し出し死球を与えてしまい3 - 4のスコアで惜しくも敗れている[1]

同年のドラフト5位で中日に入団[1]1995年1A・バイセイリア・オークスに野球留学した。主に左のワンポイント・中継ぎ要員として起用されたが、故障がちで前評判ほどの力は発揮できず、1999年10月戦力外通告を受ける。同年12月テスト入団により西武ライオンズに移籍する[1]。しかし、翌2000年オフに再び戦力外通告を受け退団[1]

2001年から社会人野球JR東海にてアマ復帰[1]三菱自動車岡崎の補強選手として第72回都市対抗野球に出場。準優勝に貢献したが、2002年の都市対抗野球予選敗退をもって引退した。その後約7年間JR東海グループの企業に勤務した後、2009年8月から投手コーチとして復帰。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1995 中日 4 0 0 0 0 2 0 0 -- 1.000 20 4.2 3 0 3 0 0 4 1 0 1 1 1.93 1.29
1996 19 2 0 0 0 1 1 0 -- .500 143 37.0 26 2 12 0 0 29 1 0 9 8 1.95 1.03
1997 28 2 0 0 0 1 2 0 -- .333 138 29.1 33 6 18 0 1 16 0 0 30 22 6.75 1.74
2000 西武 2 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 7 1.1 2 0 0 0 0 2 0 0 2 1 6.75 1.50
通算:4年 53 4 0 0 0 4 3 0 -- .571 308 72.1 64 8 33 0 1 51 2 0 42 32 3.98 1.34

記録[編集]

背番号[編集]

  • 51 (1992年 - 1999年)
  • 48 (2000年)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h プロ野球人名事典 2003(2003年、日外アソシエーツ)、52ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]