井山淳

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井山 淳(いやま じゅん 1945年 - )は、日本の元お笑い芸人。お笑いコンビ「マックボンボン」の元メンバー(ボケ)で、ザ・ドリフターズの付き人でもあった。渡辺プロダクションに所属していた。

来歴[編集]

北海道富良野市出身。高校時代は柔道部。高校1年の時、由利徹に「弟子にしてください」と手紙を書く。一人でもこんなお笑いが出来るんだというのが理由。由利徹からの返事は「高校を卒業しなさい。その時考える」だった。高校卒業後、地元信用金庫に就職、22歳の時、お笑いの夢をあきらめきれず、上京。雑誌の付録に載っていた住所を手掛かりに、いかりや長介の自宅に行って、弟子入りを志願。

1969年頃、ザ・ドリフターズの付き人となる。同時期に映画『ドリフターズですよ!全員突撃』に端役で出演。この頃の芸名はいやま淳だった。

1972年に本名に変更し、同じくザ・ドリフターズの付き人だった志村けん(当時・志村健)と「チャーミングコンビ」を結成したが、いかりや長介からの「お前らは絶対チャーミングじゃない」という指摘により改名し、「マックボンボン」としてデビューする。身体を張ったネタが評判になり、徐々に小柳ルミ子天地真理森進一沢田研二などの前座を任されるようになっていった。

同年10月にはさっそく日本テレビ系列の『ぎんぎら!ボンボン!』(後に『シャボン玉ボンボン』にリニューアル)にはじめてレギュラー出演するが、知名度の低さとワンパターンなネタがすぐに飽きられ番組は2本共に3ヶ月で打ち切りとなった(番組開始当初からいかりやはその事を危惧していた)。それにショックを受けた井山は失踪した(同時に脱退)。連絡が取れなくなった渡辺プロダクションは井山を契約解除した。

失踪後は28歳の時、芸能界を引退し、8歳年下の一般女性と結婚。浅草の信用金庫に就職、神奈川県に引越し、タクシー運転手や瓦職人を経て、現在は交通指導員をしている。タクシー運転手時代は、いかりや長介、加藤茶などが指名してくれてタクシーに乗せた事がある。

その後、マックボンボンには元自衛隊員福田正夫が加入するが、福田のやる気の無さと志村のドリフ付き人への復帰で自然消滅した。

2019年7月31日放送、あいつ今何してる?にゲスト、志村けんの放送回にVTR出演した。

主な出演[編集]

コンビでの出演は「マックボンボン」を参照。

関連項目[編集]