井上貴子 (プロレスラー)

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井上 貴子
Takako Inoue
井上 貴子Takako Inoueの画像
プロフィール
リングネーム 井上 貴子
本名 井上 貴子
ニックネーム オーロラプリンセス
スタンガンレディー
元祖アイドルレスラー
身長 163cm
体重 58kg
誕生日 (1969-11-07) 1969年11月7日(47歳)
出身地 茨城県取手市
所属 LLPW-X
スポーツ歴 レスリング
トレーナー 立野記代
デビュー 1988年10月10日
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井上 貴子(いのうえ たかこ、1969年11月7日 - )は、日本の女子プロレスラーLLPW-X所属。

身長163cm、体重63kg、血液型A型。茨城県取手市出身。

所属[編集]

経歴・戦歴[編集]

アマチュアレスリング経験者。県立取手松陽高校在学時から全日本女子プロレスのオーディションを受けるが落選し、その後も全女が運営していたトレーニングジムに通いながらチャンスを待ち(この頃ジムで一緒にトレーニングしていた仲間に尾崎魔弓がいる)高校3年時に合格、卒業と同時に全日本女子プロレス入団する。高校2年生の時、友人が井上の写真でおニャン子クラブのオーディションに応募して2次審査まで合格、全女の2次募集とオーディションのダブルブッキングとなったが、結局全女の2次募集を受けた[1]

なお、当時は尾崎も全女入団を目指していたが、丁度その時にジャパン女子プロレスが旗揚げされ、尾崎はそちらのオーディションを受け合格している。その際に井上貴子に一緒にジャパン女子を受けないかと誘っているが断っている。

若手時代は立野記代の付き人をしていた。井上は練習生として道場に通っていたため全女の厳しさをあらかじめ知っていたが、実際に入団すると想像以上に厳しい奴隷のような扱いを受け、入団2日目で「もう辞める」と言い出しもした。本人は後年「先輩が私の足を踏んでも、そこに足を置いていた私が悪いっていう世界ですから」と語っており、さらに「あいつは酒を飲み歩いている」「男がいる」「タバコ吸ってる」などと、三禁を破っていると噂される目にも遭ったことを明かしている[1][2]。一度本当にやめようと思ったことがあり、その覚悟を持ってバスのゴミ袋の中に自分の荷物を投げ入れて「テメェのせいで辞めんだ、コノヤロー!」と先輩に暴言を吐いたこともあるが、立野記代影かほるの慰留があり、その先輩に直接謝って現役を続投したが、しばらく誰も口を口をきいてくれなくなった[3]

1988年10月10日の全日本女子プロレス後楽園ホール興行での、対井上京子戦でプロレスデビュー。デビュー当時はアイドルレスラーであり[4]写真集も多数出版。全日本女子プロレスが管理したチャンピオンベルトのNo.2の地位であるオールパシフィック王座(通称 白いベルト)にこだわりを見せていた。1992年『奇跡の扉』で歌手としてもデビューを果たす。歌手デビューしたのと同じ時期にハワイでの写真集の撮影があり、そこにはカメラマンからヘアメイク、スタイリストが大御所揃いであり、関係者が碌に寝ずに撮影に取り掛かっていたことから、「私のために大の大人が汗かいてこんなに動くのか」と思い、以来プロ意識を持つようになった[2]

1994年に写真集『ヴェルティージ』でオールヌードを披露した。

団体対抗戦が始まる前の頃、前座に甘んじていることから引退しようと考えて全女に正式に申し出たが、ちょうどJWP女子プロレスとの対抗戦に貸し出す選手として堀田祐美子(堀田もまた当時すでにベテランであるにもかかわらず第2試合への出場が主であった)と共に名前があがっていることから、なし崩し的に引退が立ち消えとなった。団体対抗戦の先兵隊としてJWPの試合に出場した井上は、堀田から「今日はうるさい先輩は誰もいないし、自分のやりたいようにやって良いよ」と言われ、その言葉通り自由にやってみたところプロレスの楽しさに気づき、プロレスを辞めるつもりでいたが辞めたくなくなった。[5]

1997年の全女選手大量離脱の際には全女に残留し「新生全女」をアピール。しかしながら1999年には全女を脱退し、その後しばらくフリーランスで活躍する。

2000年に写真集『MAKE LOVE』でヘアヌードを披露した。

風間ルミイーグル沢井BLACK JOKER(ブラックジョーカー)というヒール軍団を結成。定番である凶器の警棒型スタンガンがトレードマークとなっている。

2004年にはWWEのトライアウトを受けた。2005年2月にLLPWに正式入団。

2008年には、OZアカデミー内のユニット「尾崎軍」の一員としてレギュラー参戦。

2011年、LLPW-Xではアイドルレスラープロジェクトとして井上貴子2世を意味する「VoLume II」をプロデュース。プロジェクトの中から2012年に「ブリバト♡」としてSAKIMIZUKIがデビューした[6]

2013年11月15日、25周年記念興行をTDCホールで開催した。

2014年中森華子と組み、「JWPタッグリーグ・ザ・ベスト」にエントリー。

得意技[編集]

  • バックブロー
  • ハイキック
  • ローリングソバット
  • ダイビングニードロップ
  • トップロープからの延髄ニー
    この技に関しては三つの名前があり、ひとつはそのまま「延髄ニー」、もう一つは「タカコ☆パニック」、さらにもう一つは「ディスティニー・ハンマー」。「タカコ☆パニック」は、初めてこの技を公開した際、週刊プロレスの記事で技を決めた瞬間の写真で下にこの名前が書かれた事と、同名の私設ファンクラブ名に由来し、「ディスティニー・ハンマー」に関しては、この技を見たレジー・ベネットが、井上貴子に向って「ディスティニー・ハンマー!」と名づけた事に由来する。パンフレットや記事でもそれぞれ異なった技名で記載しているが、どの名前でも良い事になっている。
  • オーロラ・スペシャル
    相手を自分の肩に担ぎ上げた状態で、そのまま後ろへバックドロップのような体勢で投げる技。この技のバリエーションに、投げた後にブリッジで固めてそのままフォールする「オーロラ・スペシャルホールド」と、担ぎ上げる際相手の両腕を前にクロスさせた状態でロックし、そのまま投げた後にフォールする「クロスオーロラ・スペシャルホールド」がある。
  • フジヤマ・スノー・スライダー
    相手の背中を自分の背中に付けた状態で両腕をロックし、逆さ押さえ込みのような体勢で前方へ投げ落とした状態でフォールする技。技を仕掛けるタイミングが難しいのと、今のキャラクターに合わないという理由で、現在はほとんど使われていない。
  • 抱え式バックドロップ
    そのまま投げた後にフォールする「抱え式バックドロップ・ホールド」も得意としており、井上のそれは角度がきつく男子選手の小川良成が使用するものとフォームが似ている。
  • テキサス・スープレックス
  • 膝十字固め
    回転しながら相手の膝を決める関節技で、かつて井上京子と対戦した際、膝を痛めていた京子に対しこの技を決め、ギブアップさせた事がある。一時、得意技としていたが、現在はあまり使われていない。
  • スタンガン攻撃

入場テーマ曲[編集]

写真集[編集]

著書[編集]

その他[編集]

  • 1998年太陽とシスコムーン(後のT&Cボンバー)を誕生させた、テレビ東京ASAYAN』(2002年3月迄放送)内で行われた、芸能経験の有る女性を対象にしたオーディションである「つんくプロデュース芸能人新ユニットオーディション」を受けて落選している(落選の理由は同時にオーディションを受験した鈴木早智子同様、『井上貴子』という存在はネームバリューがあり、本当に無名な芸能人を再生させるプロジェクトであるため、プロジェクトの趣旨にそぐわなかったからとの事である)。この時の様子は、番組内でモザイク処理させてあったが放送されている。尚、この件に関しては、当時全女の試合を放送していたフジテレビの了承を取っていなかった為、問題になったそうである。
  • 同世代の選手が体型を大きくしていく中、若手時代より体重を10kg以上落としたとも言われる[7]
  • 団体対抗戦に強く、"対抗戦女"の異名を取った。それを象徴してか、1993年4月2日に横浜アリーナで開催されたオールスター戦では北斗晶vs神取忍を差し置いて井上が『週刊プロレス』増刊号の表紙を飾った。[8]
  • 漫画家の安野モヨコは井上のファンで試合も観戦している。『美人画報ハイパー』にて、安野がダイエット依存症気味になりかけた際に井上のスタイルを見て「ただ痩せるだけでは美しくない」と目覚め、依存症から抜け出した旨が書かれている。
  • 新人時代にキューティー鈴木やハーレー斉藤などの仲の良いジャパン女子プロレスの選手と食事に出かけたが、酒を出す店に行ったため、自分は飲んでいないにもかかわらず「飲んだだろう」と当時一番年上の先輩に疑われ、その先輩から殴られて全女のバスの2階から1回の運転席付近まで階段を転げ落ち、頭蓋骨骨折の重傷を負った。井上の顔が前が見えないほど腫れてしまったため全女で騒ぎになり、その先輩は会社から罰金を科せられたという。ちなみにその先輩は、普段理不尽に怒るような人物でなかったといい、井上も後年「みんなの気持ちを引き締めるためにやったことで、今思えばその方の気持ちもよくわかる」という趣旨のコメントでその先輩に対する理解を示している[9]

出演[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 双葉社スーパームック『俺たちのプロレスVOL.6』(2016年)75ページ
  2. ^ a b 双葉社スーパームック『俺たちのプロレスVOL.6』(2016年)76ページ
  3. ^ 双葉社スーパームック『俺たちのプロレスVOL.6』(2016年)77ページ
  4. ^ 美拳 井上貴子写真集”. 双葉社. 2013年9月15日閲覧。
  5. ^ 双葉社スーパームック『俺たちのプロレスVOL.6』(2016年)80ページ
  6. ^ 12・29赤坂でハーレー斉藤引退試合”. 東京スポーツ (2012年11月4日). 2013年9月15日閲覧。
  7. ^ 女子プロレスにも美熟女旋風 井上貴子は43歳で体重10キロ減 NEWSポストセブン 2013年10月26日
  8. ^ 双葉社スーパームック『俺たちのプロレスVOL.6』(2016年)80ページから81ページ
  9. ^ 双葉社スーパームック『俺たちのプロレスVOL.6』(2016年)77ページから78ページ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]