五所神社 (山武市)

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五所神社
五所神社(山武市)拝殿
所在地 千葉県山武市蓮沼イ2222
位置 北緯35度36分44秒
東経140度30分16秒
座標: 北緯35度36分44秒 東経140度30分16秒
主祭神 天照大神・誉田別尊・天児屋根命・表筒男命・素登織姫命
社格 郷社
創建 承安元年(1171年
本殿の様式 入母屋造
例祭 8月1日
主な神事 十二面神楽
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五所神社(ごしょじんじゃ)は、千葉県山武市蓮沼(上総国武射郡)にある神社。旧社格郷社

天照大神を主祭神とし、誉田別尊天児屋根命表筒男命素登織姫命、の5神を祀る。

歴史[編集]

承安元年(1171年)の創建と伝えられ、治承4年(1180年)には石橋山の戦いに敗れた源頼朝がしばらくこの地にとどまり武運長久国土安泰を祈願したといわれ[1]中世以降は上総国山辺荘山辺郡)の総社であった。

天正年間(1573年~1592年)に社殿を造営、下総芦戸に封じられた木曾氏と当社の神官に縁故があったことから造営資金の提供を受けたといわれている。その後台風で倒壊し、現在の本殿は正徳元年(1711年)12月の再建である。桃山時代の遺風を残す建造物で、唐破風・千鳥破風、入母屋造、屋根は栩葺き、多くの平面的な彫刻を配している点は他に類例が少なく千葉県の有形文化財に指定されている。拝殿には宝暦11年(1761年)の棟札が残る。

享保2年(1717年神祇官より正一位神階を贈られ、明治5年(1872年)旧称の「五所大権現」を五所神社と改め、大正11年(1922年)郷社に列した。

行事[編集]

毎年2月の第3日曜日に奉納される「十二面神楽」が有名である。この神楽は、出羽山形藩主だった堀田正亮が、延享3年(1746年)に曽祖父堀田正盛の旧領佐倉に戻れた喜びとして五所神社へご供米40俵を奉納し、その返礼として近隣の神官堀田氏の武運長久と氏子の安全を祈願し、五所神社神前で神楽を奉納したのが始まりといわれている。

その他[編集]

九十九里浜の中央とされる「箭挿(やさし)神社」(神社とはいっても実際は祠である)は五所神社が管理している。

また、北東側に約2キロメートル離れて四社神社があり、南西側には約3キロメートル離れて大宮神社がある。

交通[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 千葉常胤の孫の成胤が、千葉荘に侵入した皇嘉門院判官代藤原親政を生虜にするという殊勲を上げたことで勢いを得て、様子見していた上総広常も参陣し、その後天下平定を成し遂げた。

参考文献[編集]

  • 『千葉県の地名(日本歴史地名大系 12)』平凡社、1996年。ISBN 978-4-582-49012-1
  • 『全国神社名鑑 上巻』全国神社名鑑刊行会史学センター、昭和52年。

外部リンク[編集]