五十嵐勉

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五十嵐 勉(いがらし つとむ、1949年昭和24年) - )は日本の作家編集者

経歴[編集]

  • 1949年 - 山梨県甲府市生まれ
  • 1968年 - 山梨県立甲府第一高等学校卒業
  • 1974年 - 早稲田大学文学部文芸科卒業
  • 1979年 - 小説「流謫の島」587枚で群像新人長編小説賞受賞。
  • 1982年2月 - フリージャーナリスト野中章弘の案内でタイ・カンボジア国境の難民キャンプを取材。ベトナム軍の砲撃で、17人が死亡する事件に遭遇、衝撃を受ける。
  • 1984年4月 - 渡タイ朝日新聞現地顧問・瀬戸正夫宅に居住し、カンボジア難民取材を中心に、広く東南アジアを取材。タイ仏教テラワーダ僧侶、農業、タマサート大学日本語教師など経験。ベトナムマレーシアシンガポールビルマなど取材。
  • 1987年 - 瀬戸正夫、野中章弘などジャーナリスト・カメラマンの協力を得て、『東南アジア通信』をタイで創刊。ビルマの民主化運動で、ビルマの学生達を取材。カンボジア、ラオス取材。
  • 1991年 - 日本に帰国。日本の太平洋戦争、また広島長崎の原爆の取材も進め、現代の問題をテーマに創作を展開。
  • 1993年 - 『東南アジア通信』のボランティアを中心に『アジアウェーブ』を創刊。 小説「ノンチャン、NONGCHAN」『群像』に掲載
  • 1995年 - 『微笑みの国タイ』出版
  • 1997年 - 作家/飯田章河林満大高雅博小浜清志森本等八覚正大小沢美智恵らと作家集団「塊KAI」結成、のち都築隆広高橋三千綱も加わる
  • 1998年 - 小説「緑の手紙」で第1回読売新聞・NTTプリンテック主催「インターネット文芸」新人賞最優秀賞受賞。翌年アジア文化社より上梓。
  • 2002年 - 小説「鉄の光」で第7回健友館文学賞大賞受賞。短編「耳の印象」「人形を抱いて」を含めて上梓。この年、『アジアウェーブ』終刊。
  • 2005年 - 文芸誌『文芸思潮』創刊。作家集団「塊」の協力を得て、銀華文学賞(45歳以上)創設。
  • 2006年 - 同郷の作家・三神弘の助言を受けて、「文芸思潮エッセイ賞」創設。河林満と「現代詩賞」創設。新しい文学潮流をめざす。「ノンチャン、NONGCHAN」(改稿)、「聖丘寺院へ」などを『文芸思潮』に発表。
  • 2013年 - 中篇小説集「ノンチャン、NONGCHAN/聖丘寺院へ」をアジア文化社より上梓。

著作[編集]

小説[編集]

  • 『流謫の島』(長編小説/講談社1980)
  • 『緑の手紙』(長編小説/アジア文化社1999)
  • 『鉄の光』(短編・中編小説集/健友館2002)
  • 『ノンチャン、NONGCHAN/聖丘寺院(ワット・プノム)へ』(中編小説集/アジア文化社2013)
  • 「破壊者たち」400枚長編小説/文芸思潮31号2009年秋号

戯曲[編集]

  • 「核の信託」文芸思潮2005創刊号
  • 「ポツダム原爆投下命令」文芸思潮37号2013秋号

[編集]

  • 『小説の書き方 -作家を志す人々のために-』(アジア文化社2003年)

編集誌・編集本[編集]

  • 『東南アジア通信』1-20号
  • 『アジアウェーブ』1-105号
  • 『アジア文学』1-6号
  • 『文芸思潮』1-現在51号
  • 『微笑みの国タイ』1995

外部リンク[編集]