二宮町 (千葉県)

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にのみやまち
二宮町
廃止日 1953年8月1日
廃止理由 編入合併
二宮町船橋市
現在の自治体 船橋市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 千葉県
千葉郡
面積 18.15km2
総人口 12,844
国勢調査1950年
隣接自治体 船橋市
千葉郡津田沼町幕張町大和田町豊富村
二宮町役場
所在地 千葉県千葉郡二宮町滝台新田
外部リンク 船橋市の公式サイト
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二宮村時代の役場の写真
二宮町域図


二宮町(にのみやまち)とは、千葉県千葉郡にかつて存在した町である。現在の船橋市の東部地域にあたる。

概要[編集]

1889年(明治22年)千葉郡滝台新田、薬園台新田、三山村、多喜野井村、前原新田、上飯山満村、下飯山満村の7村が合併して二宮村が成立した。「二宮」の名称の由来は、広い信仰圏を持つ二宮神社 (旧称寒川神社)を因み、取ったものである。

なお、七林は二宮町の中にある八栄村飛地であった(三咲)。

役場は滝台新田(現在の二宮出張所)に置かれ、1928年(昭和3年)には、町制を施行して二宮町となった。その後、本町と津田沼町幕張町犢橋村大和田町睦村豊富村の7町村が合併した大習志野市建設構想も持ち上がったが、実現しなかった。

二宮町は1953年(昭和28年)8月1日船橋市へ編入され、事実上消滅した。地域の属性としては、地理的・歴史的にも現在の習志野市八千代市に近い。なお、「習志野地名発祥の地」が二宮町域にあることは特筆される。

沿革[編集]

  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により下記の7村が合併して千葉郡二宮村が発足。
  • 1928年(昭和3年)11月10日 - 二宮村が町制を施行し二宮町となる。
  • 1953年(昭和28年)8月1日 - 船橋市に編入。同日二宮町廃止。

二宮村(町)成立の合併村[編集]

人物[編集]

歴代村長・町長[編集]

村長・町長
  • 初代 三山安左衛門-明治22年~明治26年3月(薬園台村)
  • 第2代 近藤多喜司-明治26年3月~明治28年4月(飯山満村)
  • 第3代 三山安左衛門-明治28年5月~明治31年11月
  • 第4代 近藤五兵衛-明治31年11月~明治33年10月
  • 第5代 三山安左衛門-明治33年10月~明治41年10月
  • 第6代林流之助-明治41年10月~大正13年11月(滝台村)
  • 第7代 近藤多喜司-大正13年11月~大正15年4月
  • 第8代 森田榮吉-大正15年5月~昭和5年5月
  • 第9代 近藤諒司-昭和5年5月~昭和6年10月
  • 第10代 助役-昭和6年11月~昭和6年12月
  • 第11代 高橋勝五郎-昭和7年1月~昭和8年7月
  • 第12代 仲村信蔵-昭和8年8月~昭和8年9月
  • 第13代 助役-昭和8年10月~昭和9年10月
  • 第14代 高橋益次郎-昭和9年11月~昭和10年10月
  • 第15代 助役-昭和10年10月~昭和12年3月
  • 第16代 林隆則-昭和12年4月~昭和21年10月
  • 第17代 助役-昭和21年11月~昭和22年3月
  • 第18代 高橋豊信-昭和22年4月~昭和26年4月(警察予備隊を誘致した際の町長)
  • 第19代 佐野秋蔵-昭和26年4月~昭和28年7月

助役[編集]

村会・町会議員[編集]

交通[編集]

鉄道路線[編集]

  • 日本国有鉄道(後のJR東日本) - 1895年開通
  • 陸軍鉄道連隊演習線 - 1945年廃線
    • 津田沼 - 千葉(習志野線)三山9丁目に停車場があった。→陸上自衛隊第101建設隊演習線→廃止
    • 津田沼 - 習志野原・松戸(松戸線)

道路[編集]

町(村)内の主な施設・機関[編集]

町村役場[編集]

宗教施設[編集]

神社

寺院

教育施設[編集]

主な国の施設[編集]

旧二宮町(村)域内にある文化財[編集]

国の登録文化財[編集]

県の指定文化財[編集]

船橋市の指定文化財[編集]

その他[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]